第75話 : childhood
「ま、な……」
神城は、意識が覚醒しきらないまま、微かな音で呼んだ。ハッと目を開けると、彼の横には、顔を真っ赤にした麻奈が座っていた。
「……夢、か」
神城は、遊園地での罪悪感から、自分を救ってくれた幼馴染の夢を見ていたのだと悟った。今回も麻奈は勝手に神城の部屋に不法侵入していたが、神城は咎めることができなかった。
神城はなんとなく起き上がると、麻奈の存在を無視するかのように、台所に向かった。
その間、麻奈はずっとそわそわしていた。神城が動くたびに肩を震わせ、自分の両手をもぞもぞと動かし、床の模様を熱心に見つめていた。
神城は、お湯を沸かし、カップラーメンを二つ作った。麻奈とラーメンを食べている時、神城は昨日のことを謝った。
「昨日はごめん。誤解させるようなことをして申し訳なかった」
すると麻奈も、熱いラーメンの湯気越しに、素直に謝った。
「私もごめん。状況をよく知りもしないで、理不尽に怒っちゃった。快のバイト仲間の翠さんにも、初対面なのにも関わらず、巻き込んじゃったし……」
和解が成立し、神城は一つの疑問を投げかけた。
「全然責めるつもりはないんだが、俺が仮に翠が好きだったら、お前は気に食わないのか?」
麻奈は、ラーメンを啜りながら、答える。
「そんなことはないけど」
心の中でそう呟いた麻奈の顔に、一瞬だけ寂しさが影を落とした。彼女はすぐにそれを隠し、ラーメンの器を見つめた。
麻奈はラーメンを食べ終わると、「ごちそうさま!」と勢いよく立ち上がり、帰ろうとする。
神城は、見送りのため扉を開けた。
「あのさ、麻奈……いつでも、来いよな」
神城は少しだけ顔を赤くして、照れくさそうに言った。その言葉は、不器用ながらも、彼からの心からの歓迎だった。
麻奈は、一瞬体が固まった。
神城が続けて、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「おい、麻奈。そう言えば今日も不法侵入したよな」
その言葉を聞いた瞬間、麻奈は何も言わずに扉から猛スピードで走り去って逃げていった。
「おい、待て!」
神城は、問い詰めることができなかったが、どこか楽しそうな、少しだけ優しい笑みを浮かべていた。
日の当たる静かな住宅街に、彼女の荒い息遣いだけが響く。
彼女の顔は、火がついたように真っ赤だった。
(…………こんな顔、快に見せられないよ)




