第68話 : yearning
中学3年生の秋。麻奈は、男絡みで学校で一番目立つ女子に目をつけられ、陰湿な嫌がらせといういじめを受けていた。麻奈は、自分の居場所を失い、毎日、泣きながら家に帰る日々を過ごしていた。
当時、神城は、中2で凛と出会って以来、「まともな人間」になることを決意していた。そして、キックボクシングで力を得た今の自分には、過去の弱い自分のように、弱いものを見捨てることは許されないという使命感に駆られていた。
神城は、暴力を振るうことなく、しかし圧倒的な威圧感と論理で事態を収束させた。
彼は、まずいじめの主犯格の女子の弱みを徹底的にリサーチした。それは、家庭内で隠蔽されている深刻な問題、彼女が過去に関与した、学校側が把握していない金銭的なトラブルといった、将来の推薦や進学に決定的な悪影響を及ぼしうる秘密だった。
神城は、キックボクシングで鍛え上げた体と、強い眼力で主犯格を圧倒しつつ、感情的にならず、淡々と告げた。
「お前のやってることが、これからお前が高校に進学したり、将来に響いたりする可能性を、俺は全て把握している。損得で考えろ。今ここで麻奈から手を引けば、お前の弱みは俺が墓場まで持って行く。これ以上続ければ、お前の人生を『割に合わない』状況にしてやれるぞ」
神城の無言の圧力と、論理的かつ冷徹な交渉に、主犯格の女子は完全に戦意を喪失した。暴力を振るうことなく、いじめの根を断ち切ったのだ。
麻奈は、卒業してから初めて、誰もが恐れるボス的な女子の態度が急変した理由が、神城の、見返りを求めない、裏での献身だったことに気づいたのだった。
麻奈は、その誰にも見せない、不器用で、深い優しさを胸に、神城の前に現れたのだ。彼女は膝から立ち上がり、神城のまっすぐな目を見つめたまま、切なさと安堵の混ざった声で、そっとつぶやいた。
「ねぇ、快……やっと会えたのに、また追い出すの?」
その言葉には、長年の寂しさと、あなたに会うためにここまで来たという純粋な想いが凝縮されていた。




