第66話 : scene
男が帰った後に神城は、父親が前回訪れた際に着ていた作業服のロゴにわずかに残されていた社名を頼りに、バイクで街中を探し回った。
そして、ようやく見つけ出したのは、工事現場の片隅で、汗だくになりながら黙々と肉体労働
神城は、ヘルメットを脱ぎ捨て、作業中の父親に向かって一直線に駆け寄り、渾身の力を込めて、その背中に拳を叩き込んだ。
「てめえ!」
父親は、突然の衝撃にもかかわらず、一瞬でそれが息子だと理解した。
しかし、神城の次の拳が襲いかかると、父親もまた、息子への言葉にできない想いを込めて、無言で拳をやり返した。それは、言葉を失った親子による、感情をぶつけ合うための、唯一の方法だった。
周りの作業員たちが慌てて二人に駆け寄り、二人を羽交締めにして、辛うじて喧嘩は止められた。
神城は、羽交締めにされながら、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、父親に向かって叫んだ。
「後輩、一人を守れねえって、何やってんだよ!!」
神城の本当の怒りは、父親の犯してしまった過ちではなく、後輩と痛みを共有できなかったということに対して向けられていた。
その「守る」という言葉を聞いた瞬間、父親は抵抗することを完全にやめた。
彼は、息子が自分の犯した罪の重さではなく「大事な人を守ることの大切さ」主張をしていることに、何も言えなくなっていた。父親の目には、息子への深い愛情と、誇りが浮かんでいた。
神城は、作業員にこっぴどく怒られ、そのまま父親の仕事が終わるまで、バイクにもたれて待っていた。
作業服の埃を払い終えた父親が、さっきより傷の箇所が増えている神城のそばに来た。
神城は前を向き、ただ一言、言った。
「親父。帰るぞ」
その日は、二人が暮らしたことのない、何の飾り気もない回転寿司屋に行った。
二人は、事件のこと、母のこと、将来のこと、何も言葉を交わさなかった。
ただ、無言のまま、二人で100円ちょっとの寿司を、たくさん食べた。




