第61話 : encounter
休日の昼下がり、神城は特に目的もなく街を歩いていた。最近は受験勉強に集中していたが、やはり気分転換は必要だった。
しかし、その目の前に現れたのは、神城にとって最も見たくない光景だった。
凛が、知らない男性と、腕を組んで楽しそうに歩いているではないか。
(凛ちゃんに彼氏がいる…。しかも、あんなに楽しそうに喋って…。そして、あんなにイケメン…。終わった)
神城の心臓は、氷の破片で貫かれたかのように凍りついた。彼の恋の炎は、今度こそ完全に消滅したかと思われた。
絶望に打ちひしがれた神城だったが、前回翠と行った居酒屋尾行の経験が、彼の体を動かした。
「くそっ、何者だ!」
神城は、瞬時に尾行モードに切り替えた。電柱、建物の角、そして人の波を利用し、前回翠から学んだステルス技術を駆使して、二人の後を追った。
凛とその「彼氏」は、街一番のショッピングモールに入って行った。二人は服屋で楽しそうに服を選び合い、映画館で仲良くポップコーンを分け合っていた。
神城は、彼らのデートのリア充っぷりを、建物の陰や階段の踊り場からすべて目撃した。その一つ一つの光景が、神城の心に深く、鋭い傷をつけていく。
(くっ…楽しそうだ…。俺には絶対に見せることのない、恋人同士の顔…)
神城は、これ以上尾行を続ける気力もなくなり、絶望の涙を流しながら、近くの牛丼屋へと逃げ込んだ。
彼は、牛丼に大根おろしが乗ったものを注文した。神城は牛丼を口に運んだが、絶望で喉を通らなかった。
「…俺の恋の物語は、ここで終わったのか…」
その時、最悪のタイミングで、牛丼屋の自動ドアが開き、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あ、神城くんだ!」
声の主は、他でもない凛だった。そして、隣にはイケメンがいる。
神城は、涙を流しているところを見られたという、二重の屈辱に襲われた。彼は、すぐに両手で目を覆い、泣いているのをバレないように、か細い声で答えた。
「.....奇遇っすね」
凛とイケメンは、そのまま神城の席まで近づいてきた。
「神城くん、紹介するね!」凛が、優しい声で言った。
神城は、処刑を待つ罪人のように、目を手で隠したまま、震えてその言葉を聞いた。
「私の従兄弟の、井出 大地って言うんだ」
従兄弟。
その一言が、神城の頭の中に雷鳴のように響き渡った。
彼氏ではなかった。血縁者。
神城の心の中で、絶望の地獄から歓喜の天国へと、猛烈なジェットコースターが走った。
神城の目から溢れる大量の涙は、もはや絶望の涙ではなく、安堵と嬉しさの涙に変わっていた。
「どうしたの、神城くん!涙なんか流して!」凛が心配そうに尋ねた。
神城は、涙でぐしゃぐしゃの顔を見られないように、大根おろしの牛丼をかき込みながら、震える声で答えるのが精一杯だった。
「な、何でもないっすよ…!ちょっと大根おろしが沁みただけっす…!」
「え、それって沁みるの!? 」
凛は、その言葉を聞いて、純粋に驚いたように目を丸くした。




