第6話 : cross
派遣を始めて二週間。週5で働き、10回目のシフトを終えた凛は、ようやく職場の雰囲気に馴染み始めていた。以前フッた石田に対する気まずさはもうなく、今はごく普通に、同僚として話ができる間柄になっている。
その日、休憩室で二人きりになったとき、凛は何気なく石田に話しかけた。
「ねえ、石田くんって大学でどんなこと勉強してるの?」
質問を遮るように、石田はマグカップをデスクに静かに置いた。表情はいつも通り淡々としている。
「法律について勉強しています」
凛は目を丸くした。「へぇー、法律か。かっこいいな!じゃあ将来、弁護士とか目指してるの?」
凛の純粋な憧れを含んだ問いかけに対し、石田は一拍おいてから答えた。
「いえ。弁護士ではなく、一般企業に就職するつもりです」
「そうなんだー」と凛は少し意外そうに頷く。「じゃあ、再来年とかはもう就活だね。大変そう」
石田は表情を変えず、静かにコーヒーを一口飲んだ。
「そうなります」
その沈黙を破り、休憩室のドアが開いた。そこに神城が入ってくる。
「神城くん、お疲れー」凛が明るく声をかけると、途端に神城の顔が赤く染まった。普段は職場で強気で通っている神城だが、凛の前ではめっぽう弱い。
「お、お疲れ様、です……」
「そろそろ私戻るね!またね、二人とも」
凛が颯爽と休憩室からいなくなった後、石田と神城は二人きりになった。石田はぼんやりとコーヒーを見つめており、神城もまた、凛が去ったドアの方を見ていた。特に話すこともなく、休憩室には重い沈黙が流れる。
神城がドリンクディスペンサーで炭酸水を入れようとしたその時、奥のテーブルから話声が漏れてきた。
「凛ちゃん、可愛いよなー」
「わかる。ちょっとどんくさいところがたまらないんだよな」
神城の動きがピタリと止まった。
カチッ。彼のスイッチが入る音がした。
神城はディスペンサーから手を離すと、まっすぐ奥のテーブルへ向かい、一人のバイトの胸ぐらを有無を言わさず掴んだ。
「おい。お前ら、凛ちゃ...井出さんのことを狙ってるんじゃねえだろうな」
掴まれたバイトは苦し紛れに言葉を絞り出す。
「ひっ…狙ってないです。っていうか…井出さん、好きな人がいるとか言ってました……」
「なん……だと……」
神城の顔から血の気が引いた。彼は脱力し、掴んでいた胸ぐらからゆっくりと手を離した。神城は呆然と立ち尽くしていた。




