第55話 : ice
神城は、凛と翠と一緒に、井出家のリビングにいた。凛は、神城をソファーに座らせ、温かいお茶を出してくれた。
「神城くん、わざわざ寄ってくれてありがとうね。」
「い、いえ!とんでもないっす!俺が来たのは、井出さんとお話したいからっす!」神城は、必死に自分の存在意義を主張した。
凛は、隣でブランケットにくるまって横になっている翠に目をやり、神城に向き直った。その目は、興味津々といった様子だ。
「それでね、聞きたかったんだけど、環奈とはどこまで進んだの?」
凛はそう言って、キラキラした瞳で神城に尋ねた。
神城は、凛を「環奈との仲を応援する人」として見なければならない現実に、再び心がきしんだ。隣にいる翠は、その様子を気の毒そうに見つめた。
翠は、神城の苦痛を察し、フォローに入った。
「お姉ちゃん、違うのよ。神城は環奈さんのこと別に恋愛的に好きって言うわけじゃないらしいわ」
凛は、目を丸くして、信じられないといった様子で言った。
「え?嘘でしょ?だって、この間、二人とも愛を深めたって公認したばっかりじゃない!」
神城は、その誤解をどう解けばいいのか分からず、ただただ項垂れるしかなかった。
その時、凛のスマホが鳴った。店長からの電話だった。
「ごめん、神城くん!すぐ戻らなきゃ!」
凛は慌てて立ち上がりながらも、優しい笑顔で神城に言った。
「仕事が終わって帰ってきたら、絶対にご飯作るから待っててね!」
凛がバタバタと出ていくその瞬間、翠がバツの悪そうな顔をした。
凛が仕事に戻って行った後、リビングには神城と翠だけが残された。神城は、床に寝転び凛の帰りを待った。翠は、テーブルに向かって黙々と勉強を始めた。
18時を過ぎた頃、翠が突然立ち上がった。
「あんた、ずっと床にいないでテーブルに来なさい。どうせお腹空いてるんでしょ」
翠は、そう言って台所へ向かい、しばらくすると、湯気の立つ夕食をテーブルに並べた。
神城は、いつの間に翠が夕飯を作っていたのかと、驚きを隠せなかった。
ゴン!
玄関のドアが勢いよく開き、凛と.....環奈がスーツ姿のまま酔っ払って入ってきた。
「ただいまー!ごめんね神城くーん!って、わー!翠、ご飯作ってくれたんだ!」凛は顔を赤くして笑う。
そして、環奈は、入るなり井出家のお酒(凛の隠し酒)を見つけ出し、勝手に飲み始めていた。ここから地獄の宅飲みが始まった。
「あー、彼氏欲しい。ねぇ、誰かいい人いないー?」
酔っ払った環奈の言葉に、酔っている凛が素朴な疑問を浮かべた。
「え?環奈ちゃん、神城くんと付き合ってるんじゃないの?」
翠は、テーブルに顔を伏せていたが、ガバッと顔を上げ、少し強い口調で言った。
「だから言ってるじゃん!神城と環奈さんは付き合ってるわけじゃないって!」
凛は、納得したように頷いた。
「ほんとだったんだ。てっきり、神城くんの照れ隠しかと思っちゃった」
その時、さらに酔っ払った環奈が、最悪の一言を口にした。
「まあ、一週間以上、一夜を共にしたけどね」
神城は、涙を流しながら、テーブルを叩いて叫んだ。
「もうあんたは黙っててください!」
神城が一週間以上環奈の家に泊まっていたという事実は、凛と翠の間に再びの誤解を生むには十分すぎる一撃だった。




