第52話 : betray
神城は、深く被ったマスクとサングラスの下で、瞳を冷酷に閉ざした。
(俺は、もうあの頃の俺じゃねえ。恋に絶望し、真面目さを捨てた、このグループの幹部だ。ここで役割を全うしなければ、俺の居場所はどこにもない…)
翠は恐怖と絶望を覚え、強く抵抗した。
「やめなさい!あなたたち、本当に最低よ!」
その時、拘束されながらも、翠の瞳が、変装した神城を真っすぐ見据えた。
その瞬間、神城の脳裏に、つい先日、このファミレスの休憩室の前の廊下で起きた、人生最大の屈辱が鮮烈にフラッシュバックした。
—「お姉ちゃんだったり、環奈さんだったり、そして、今度は私だったり、好きな人がコロコロ変わりすぎよ。あなた、正直に答えなさい。女の子だったら、誰でもいいの?」
(俺は、この女の理不尽な一言によって、真っ当に生きていた自分を捨てるハメになっちまった。俺が必死に生きていた日々、お世話になった環奈さんのためのウィスキー、凛ちゃんへ一途な想いは、紛れもなくら「一生懸命積み重ねた努力」の上に成り立っていたはずだ!)
神城は、心の中で咆哮した。
(この元凶女に、「理不尽な現実から逃げて、不良に成り下がった」俺の姿を見られてたまるか!)
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「…やめろ」
神城の声が、低い、しかし確固たる意思を帯びた唸りとなって響き渡った。
リーダーが呆れたように神城を見た。
「あ?神城、何言ってんだ」
神城は、翠の体を掴んでいるリーダーに、渾身のストレートを叩き込んだ。
「うわあああああああああああ!」
リーダーが大きく吹っ飛び、翠の体が解放される。
「逃げろ、翠!」
神城は、翠の腕を掴み、叫んだ。その声は、かつてないほど熱く、感情に満ちていた。
翠は、突然の展開に唖然としたが、すぐに状況を理解し、その場から懸命に走り去った。
神城は、逃げ道を塞ごうとする残りのメンバーに、たった一人で立ち向かった。
神城は、元仲間たちから、徹底的にボコボコにされた。殴られ、蹴られ、視界が滲む。夜の街に、神城の絶望と、献身が入り混じった悲鳴が響き渡った。
(これで、ようやく…俺は俺に戻れたな…)
神城は、全身の激しい痛みに耐えながら、自分の意志でボコボコにされたことに、微かな、しかし確かな達成感を感じていた。
その瞬間、走り去ったはずの翠が、なぜか立ち止まり、血まみれで倒れ伏す神城に向かって、まっすぐ訴えかけた。
「.....ヤンキー。何を思ったのかはわからないけど」
翠はいつもの冷徹な女王のトーンで、だが深い優しさが滲む声で言った。
「.......不良に舞い戻るなんて勿体無いわよ」
神城の体が、ピクリと震えた。翠は続けた。
「あなた、勉強もやればできるし、誰かのために一生懸命になれるし」
翠の言葉は、神城の心を激しく揺さぶった。
翠は、神城のマスクとサングラスを外した。そして、その傷だらけで、血が滲む、無残な素顔を見た。
翠は、怒りではなく、深い悲しみと後悔の念を込めて、神城を優しく抱き起こした。
「......バカ。本当にバカね、"神城"」
翠は、神城の背中を優しくさすりながら、涙声で諭した。




