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派遣、恋に落ちる  作者: 竹子


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第5話:past

(チクショウ……あんなヤツに、凛ちゃんを渡すかよ)

事務所で石田に投げ倒された衝撃と、その冷たい眼差しが、神城の脳裏に焼き付いて離れない。彼の心は屈辱と、凛への熱い想いで煮えたぎっていた。あの完璧で感情のない男とは違い、自分には「守り抜く強さ」がある。

神城の「強さ」への異常なまでの執着は、たった一人の女性との、忘れられない出会いから始まった。

あれは、中学二年生の晩秋。

制服のまま帰宅途中だった神城は、高校一年生の不良二人組に校門前で絡まれていた。まだひ弱で、喧嘩なんて経験もなかった神城は、言いなりになるしかなかった。

「おい、財布出せよ。聞こえてんだろ、クソガキ」

「…持ってません」

身体は震え、心臓は潰れそうだった。ただ地面を見て、この屈辱が終わるのを待つことしかできなかった。

その時、一人の女性が声を上げた。

「あの!すみません、ちょっとやめてもらえませんか!」

井出の声は少し震えていたが、不良たちに向かって真っ直ぐに立っていた。不良たちは一瞬怯んだが、すぐに嘲笑う。

「なんだ、オバサン。関係ねぇだろ」

「関係なくないです」

彼女は、怒鳴りつけるのではなく、決意をもって声を張り上げた。

「私なんか全然ダメダメで、仕事もできなくて、すぐに泣いちゃうような人間だけど、こういう弱いものいじめをする人は許せないです!」

その真っ直ぐすぎる言葉と、純粋な怒りを込めた瞳に、不良たちは気圧された。自分たちの悪行を、こんなにも正面から批判されたことに、居心地の悪さを感じたのだ。彼らは舌打ちをして、「覚えとけよ」と捨て台詞を吐き、逃げるように去っていった。

静寂が戻り、神城は顔を上げた。屈辱を紛らわすように、強がる。

「俺は弱くなんかない!弱くなんかない!」

彼女は、目を腫らした神城を見て、優しく微笑んだ。その微笑みは、世界で一番温かい太陽のように見えた。

「そっかそっか」

彼女はそう言うと、神城の少し伸びた髪を、大きな手で、まるで弟をあやすように優しく撫でた。

その瞬間に、神城の心は完全に射抜かれた。初めて感じた、温かい、守ってくれるような優しさ。同時に、彼女の腕に見えた青紫のあざが目に入った。

「あ、このあざって…」

「あ、これねー、彼氏にやられちゃったの。あはは」

彼女は、隠すこともなく、明るく笑い飛ばした。その笑顔が、神城には泣いているように見えた。

「そんな人とつきあわなければいいんじゃ…」

「別れようと思ったんだけど、そんな決断もできないんだよねえ。って、中学生にするような話じゃないか。ごめんね」

彼女は自分のカバンから絆創膏を取り出し、神城が擦りむいた手の甲に優しく貼ってくれた。

「またね。今度はあんなのに絡まれないように気をつけるんだよ!」

その言葉を最後に、彼女は立ち去った。


あの日から、神城の人生は一変した。

「強くなって、あの優しさを守りたい」

彼はキックボクシングを始め、毎日身体を鍛え上げた。弱かった自分とは決別し、中三の頃には誰もが恐れる存在になった。強さが、優しさを守るための唯一の正義だと信じて。

そして、まさかあの憧れの女性と、ファミレスのバイトで再会するとは。向こうは覚えていなかったが、神城はすぐに気づいた。あの時の、不器用だけど、誰よりも優しい心を持った「井出 凛」だと。


(石田の野郎は凛ちゃんの好意を無下にしてやがる。)

神城は事務所を出て、バイトのロッカー室に向かった。拳を握りしめる。

石田のような「冷たい理性」に支えられた完璧さではない。自分は、あの時、自分を助けてくれた凛の優しさに報いるための、熱い血が通った「強さ」を持っている。

「待ってろよ、凛ちゃん」

神城は誓う。今度こそ、過去の弱さ、石田の冷たさ、そして彼女自身の不器用さが生む苦しみから、自分のこの熱い強さで、凛を守り抜くと。

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