第49話 : door
神城と環奈はついに井出家に到着した。環奈は、真剣な顔のまま、インターフォンを強く押した。
ピンポーン... ピンポーン...
応答はない。
「あれ?留守か?」環奈が首を傾げたが、すぐに違和感を覚えた。
なぜか室内の電気は点いたままだ。そして、中からはテレビかラジオの大音量が漏れ聞こえてくる。さらに奇妙なことに、部屋の明かりが不規則にパチパチと点滅していた。まるで、家自体が混乱しているかのような、不気味な光景だ。
「おかしいっす…電気はついてるのに」神城は不安に駆られた。
神城は、犯罪にでも巻き込まれたのではないかと思い、そっと窓に近づき、隙間から中を覗いた。
すると、室内の奥で、翠が部屋着に着替えようとしているところが見えた。どうやら、大音量のせいで、凛も翠もインターフォンに全く気づかなかったらしい。
神城が窓に顔を近づけた次の瞬間、翠は神城のボロボロで憔悴しきった顔に気づいた。
翠の表情は、いつものような「激しい怒り」でも「猛烈な嫌悪」でもなかった。ただ、心底から呆れ果てたような、諦めにも似た視線を神城に向けた。
バタン!
翠は、何も言わずにカーテンを素早く閉め、窓の鍵を内側からガチャリと閉めた。救いを求める神城の顔を、文字通りシャットアウトしたのだ。
最後の希望の扉が、目の前で静かに、そして完全に閉じられた。
神城は、もはや悲鳴を上げる気力さえ残っていなかった。彼の恋路と名誉は、今、井出家の窓とカーテンによって完全に封印された。
「…神城くん」
環奈は、神城の背中と、閉じられた窓を見て、すべてを察した。この状況で、いくら大声を出しても、インターフォンを鳴らしても、事態は悪化するだけだと理解したのだ。
環奈は、何も言わなかった。アルコールを断っている環奈の理性が、最も効率的な判断を下した。
「…帰ろう」
神城も、力なく頷くしかなかった。
二人は、再び夜の街を歩き始めた。環奈は一切酒を買わず、神城も「不憫な自分」を誰にもぶつけることなく、ただ環奈の家へと無言で戻った。




