第47話 : hell
凛と翠からの「環奈との熱愛応援」という公認宣言を受け、神城の心は完全に打ち砕かれていた。
(俺は凛ちゃんを一途に思い続けてるだけなのに…)
疲れと絶望でフラフラになりながら、神城は制服を脱ぎ、私服に着替えた。時刻は深夜。
その時、更衣室の前の廊下、照明が少し落とされた場所に、凛が立っているのを見つけた。
「俺は、俺は環奈さんじゃなくて、あんたのことが好きなんす!」
神城は、一週間の寝不足と絶望、そして凛への一途な想いに支配され、勢いに任せてストレートな告白をぶちまけた。
「俺がバイトを掛け持ちしたのも、辛い夜を乗り越えられたのも、全部あんたの笑顔があったからっす!だから…俺と、その、付き合ってほしいっす!」
神城の意識では、目の前にいるのは想い人の凛、そして告白は今度こそ誤解を解く唯一のチャンスだった。
神城は、顔を真っ赤にして、"翠"の腕を力強く掴んでいた。今日の翠は、髪型を姉の凛に似せて一つにゆるく結わえていた。その柔らかなシルエットは、疲労と恋心に囚われた神城の目には、完全に凛にしか見えなかった。
翠は、一瞬の沈黙の後、自分の顔が沸騰するのを感じた。
神城の目を見つめ、彼女の顔はみるみるうちに真っ赤に染まり上がった。
翠は、神城の腕を振り払い、氷のように冷たい声で言い放った。
「…冗談も大概にしなさい」
「え?ち、ちがう!俺は本気で...」
神城は、この言葉を口にして、ようやく目の前にいるのが凛ではなく、翠であることに気づいた。
「あなたはね、『環奈さんのために三万円のウィスキーを用意した!』と宣言したばかりよ!その少し前までは『お姉ちゃんのことが好きだ』って言ってたし!一体どうなってるの!?」
翠は、真っ赤な顔で一歩神城に詰め寄り、叫んだ。
「その舌の根も乾かないうちに、私に向かって『好きだ!付き合え!』?あなた、頭がおかしいんじゃないの?」
そして、翠は神城の恋と誠実さのすべてを打ち砕く、究極の一言を吐き出した。
「お姉ちゃんだったり、環奈さんだったり、そして、今度は私だったり、好きな人がコロコロ変わりすぎよ。あなた、正直に答えなさい。女の子だったら、誰でもいいの?」
「ち、ちがう!それは誤解で、ちがう!俺は、俺は翠でも環奈さんでもなくて、凛ちゃんに...」
彼の弁解は、「翠は凛の代用品だった」という意味に変換され、最悪の屈辱となった。
翠の怒りの炎は、もはや理性を完全に失っていた。
「絶対に許さない!あなたは、お姉ちゃんの善意を裏切り、お姉ちゃんの友人を愚弄し、そして私を道具のように扱った!この女たらし!」
翠は、休憩室にあったテーブルをひっくり返し、モップを振り回し、そして、神城めがけて全力で飛びかかった。
神城は、過労、蝉の味噌汁の記憶、そして想い人への誤爆告白という、多重のダメージに耐えきれず、
「うわあああああああああ!」
絶叫と共に、二度目の気絶を遂げた。
神城の心身は、ファミレスの女性陣の誤解と怒りによって、人生で最も不憫な形で破壊された。




