第43話 : event
神城の隣家の火事騒動は長引き、アパートへの立ち入り規制が解除されないまま、神城はなんだかんだで環奈の家に3日連続で泊まることになってしまった。
毎日深夜まで続く環奈の爆音DJと酔っ払いカラオケのせいで、神城の睡眠時間は平均して3時間。体力の限界はとうに超え、彼はゾンビのような形相でファミレスのバイトに出ていた。
(このままじゃ、俺の体が先に燃え尽きる)
しかし、連日迷惑をかけ、泊めてもらった負い目から、神城は環奈に「家賃代わり」の何かをプレゼントしようと決意した。
「あの人が好きなのはー、やっぱり酒しかないな」
アパートへの帰り道、神城はふと目に入った高級酒屋の前で立ち止まった。ガラス越しに、いかにも高価そうなウィスキーのボトルが並んでいる。
「これだ!あの人、あんなに疲れてるのに毎日頑張ってるから。最高の酒を飲ませてやりたい!」
特に目を引いたのは、棚の最上段に置かれた三万円もするウィスキーだった。
「よっしゃ、あの三万のやつ買ってあげるか!…あ、でもあの人、これガブガブ飲んじゃいそうだな」
一瞬の躊躇を飲み込み、神城は目標を決めた。三万円のウィスキー代を稼ぐ!そのための短期決戦として、彼は会場設営の日雇いバイトに登録した。
翌日、朝早く。神城は慣れない作業着に身を包み、会場設営の現場に立っていた。
現場のリーダーが指示を出すため集めた人数は大体30人ほど。その大半は、30代後半から50代くらいのたくましい体格のおじさんたちだ。
神城の他にもう一人だけ、場違いなほど若い女性がいた。
「ん?どこかで見たことある気が...」
神城が目を凝らした次の瞬間、彼は心の中で叫んだ。
「って、翠じゃねえか!」
そこにいたのは、ファミレスの制服ではなく、少し大きめの作業着を着た、井出凛の妹、翠だった。
(なんでこんなところに翠が!?あいつ、受験勉強してるんじゃなかったのか!?)
神城は直感した。ファミレスならまだしも、プライベートなバイトでこいつと関わると、ロクなことがない!
彼は現場を抜け出し、近くのコンビニへ一目散に駆け込んだ。そして、戻ってきた神城は、マスクとサングラスを着用した不審者になっていた。神城はネームプレートを外し、ポケットに隠した。さらに、翠の近くを通るたびに、ユニフォームの帽子を深く被り、顔を隠した。
どうやら、翠にはまだバレていないみたいだ。
現場のリーダーが指示を始めた。
「よし、四部隊に分かれてもらうぞ!」
リーダーはテキパキとメンバーを割り振っていく。神城は、翠のいる位置と対角線上の遠い場所に陣取り、同じグループにならないよう祈っていた。
(よっしゃ!翠と同じグループにならなくて済んだ)
神城が心底安堵した瞬間、リーダーは翠の方を見て言った。
「おっと、待て待て。四部隊のこのブロック、ちょっとキツい作業があるな。若い子だとこの部隊はきついから、君はあっちの部隊と入れ替えだー」
リーダーは、神城がいる部隊へと指差した。
神城の心臓が止まる音がした。
「え、ちょっ…まじっすか!?
そして、運命は容赦なく神城に牙を剥いた。
神城と翠は、会場設営現場で、同じグループになってしまったのだった。
翠は、神城の奇妙な変装には気づかないまま、満面の笑みを浮かべ、神城に向かって歩み寄ってきた。
「あはは、若そうな人が私以外にもいて安心しました。よろしくお願いしますね!」
翠は、普段の冷徹な毒舌キャラとはかけ離れた、愛想の良い笑顔を神城に向けた。
神城は、予想外の翠の態度に動揺しまくった。




