第39話 : snow
3月中旬、ファミレスのバイト仲間である神城、凛、翠、環奈そして石田の5人は、新潟のスキー場へスノボ旅行に向かっていた。
車内はすでに賑やかだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!なんでまた環奈さんがいるんすか!」
神城のツッコミは、もはや日常のお約束である。
「えー、だって、人数は多い方が楽しいでしょ?しかも今回、私が運転手!」
環奈は「お酒は抜いています!」と叫びながら、運転席でハンドルを握る。大学生時代に合宿で禁酒を強いられ、気合いで取得したという運転免許と、その運転技術に、一同は不安を覚えていた。
そして、神城はふと、助手席のクールな石田を見て口を開きかけた。
「ていうか前から思ってたけど、石田さんって意外とノリがいいんすね。おとなしいキャラで行事大体くるし」
凛が慌てて口を挟む。
「だめだよ、神城くん!そこはツッコまない約束だよ!」
「バカヤンキー、石田さんが参加する背景は、我々の領域を超えているのよ!」
翠も鋭い言葉で神城を制する。神城は慌てて口を閉じた。石田はいつもの無表情のまま、窓の外の遠くの雪山を見つめている。彼の参加の理由は、神城たちにとって永遠のミステリーなのだ。
スキー場に到着。早速スノボウェアに着替えた神城は、生まれて初めてのスノボに挑む。運動神経はいいはずだが、結果は壊滅的なまでの下手さだった。
翠と環奈は、そんな神城を見て腹を抱えて大笑いしている。
「なにこれ!神城くん、"木の葉"しかやってないじゃん!アハハハ!」
「神城の運動能力、ゼロよ!滑るんじゃなくて、転ぶことを専門としているわ!」
神城が情けない姿を晒していると、たまたま華麗なターンで滑り降りてきた凛が、神城の横にピタリと止まった。
「神城くん、私が教えてあげるね!」
「え!い、いいんすか!凛ちゃ...井出さんが個人レッスンなんて!」
神城の胸は高鳴り、顔が赤くなるのを必死で隠した。ついに、この恋のチャンスが!
凛は、初心者用の斜面から神城に丁寧に教え始めた。そして、いよいよ二人っきりでリフトに乗る。
「リフトは初めて?高いところ、怖くない?」
神城は必死に虚勢を張る。
「へ、へい!全然怖くないっす!」(凛ちゃんがいれば、どこだって天国っすから!)
(ヤベェ、ドキドキが止まらねぇ!)
神城は、凛が隣にいるという状況と、個人レッスンを受けているという事実に、興奮と緊張が頂点に達していた。
その熱が、物理的な現象を引き起こす。
神城のウェアについていた雪が、神城の体温で溶け始め、リフトの座面に水がジワリと広がる。
「あれ?神城くん、雪溶けてるよ。すごい汗だね。本当は怖いんじゃない?」
凛が心配そうな目を向ける。
「い、いや!これは!」
二人の間には、一瞬、甘く、ロマンチックな雰囲気が流れた。まるで、神城の恋の熱意が雪を溶かしたかのように。
頂上に着き、リフトから降りる時が来た。凛はスムーズにスノボ板を雪面につけ、降りた。
「神城くん、次は立って降りるよ!せーの!」
神城は、個人レッスンの緊張と高揚感で気が緩んでいた。
「任せてください! ウオオオッ!」
そして、リフトから降りる最後の段差で、派手に足を絡ませて転倒した。
ドッシャーン!
同時に、神城の足から外れたスノーボード板が、てっぺんから滑り落ちていった。
「あ!俺のボードがー!」
ボードは加速し、まるで高速の流しそうめんのように雪面を滑り落ちていく。
「ヤンキーのバカ!ボードが時速80kmで滑落中よ!追いつけるわけがないわ!」
「マジか!みんな、ボードを捕まえてくれー!」
神城、凛、翠、環奈、そして石田(いつの間にかリフトに乗っていた)は、猛スピードで滑り落ちるボードを追いかけるという、シュールな追走劇を繰り広げた。
追走の結果、ボードは誰にも捕まることなく、他のスキー客が恐怖で避ける中、
スキー場のふもとにある旅館の壁に、見事なまでに突き刺さっていた。
その旅館こそ、神城たちが今夜泊まるはずの宿だった。
後日、ボードが突き刺さった壁の修繕費として、神城の元に請求書が届いた。レッカー代(2万円)に続き、修繕費(2万円)が上乗せされ、神城の財布はますます寒くなったのだった。




