第36話 : fish
キャンプ場所は、神奈川県の自然豊かな、釣りも楽しめる渓流沿いに決まった。移動は、頼れる店長が自家用車を出してくれた。
現地に到着し、早速の班分け。
凛、翠、環奈の女性陣は、テントの設営や食材の準備もろもろを担当。神城と店長は、夕飯のメインディッシュとなるニジマスを調達しに釣りに行くことになった。
神城は、環奈がすでに紙パック日本酒を開けているのを見て、既に疲弊していた。
神城「頼むから、今回はテント設営が終わるまで飲まないでくださいね…」
環奈「わかってるってー!私だって、大人だもーん!」
環奈の言葉は、既に少し怪しい。
神城と店長は、渓流へ向かった。普段、ファミレスの制服姿でしか顔を合わせない二人は、そんなに喋る方ではない。しかし、今日は釣りということもあり、いつもと空気が違った。
店長は静かに竿を垂らし、やがて口を開いた。
店長「おい……神城。お前って、好きな人とかいるのか」
意外な質問に、少し照れながらも正直に答える。
神城「い、いるっすよ……」
店長は表情を変えずに、竿の動きに集中している。
店長「魚釣りと一緒だ。ただじっと待つだけじゃ、食いつかない。なぁ、神城」
神城「へい…」
店長「エサをこうやって細かく揺らして、生きているかのように見せるんだ。時にはグッと引いて、魚にエサの存在を意識させる。積極的に動かないと、何も起こらないんだよ」
神城「…………」
(何言ってんだこのおっさん)
神城は店長の言葉を一ミリも恋愛アドバイスとして受け取らず、純粋に「店長は釣りに関して熱心な人なんだな」と、いつも通り思考停止していた。
しかし、店長の指導は的確で、結局神城と店長は協力して、合計4匹のニジマスを釣ることができた。
神城は、凛の喜ぶ顔を楽しみに、意気揚々と女性陣の設営場所に戻った。
神城「戻ってきたぞー!でっかいの釣れたっすよ!」
しかし、そこには予想だにしない光景が広がっていた。
テントの横のシートの上で、凛と環奈が顔を真っ赤にして、寄り添うようにして酔い潰れていた。足元には、空になった紙パック日本酒が大量に転がっている。
神城「ええっ!?まだ、夕方6時なんすけど!?」
そして、メインのテントの中を覗くと、翠がイヤホンをしながら、完全にスルーして寝ていた。
翠は、「設営が終わったら2人は飲むだろう」という予感がし、先に仮眠を選んだようだ。
その後も、凛と環奈と翠は、誰一人として目を覚ますことなく、そのまま夜中まで爆睡を決め込んだ。
結局、神城と店長は、二人っきりで焚き火を囲み、ニジマスを焼いて食べるという、なんとも侘しい「お魚パーティー」をすることになった。
神城「あーあ……せっかく頑張って釣ったのになぁ…」
ニジマスを塩焼きにしながら話す。
店長「神城……まあ、これはこれで楽しいだろ」
神城は焼き魚を噛みしめ、苦笑いを浮かべた。
神城「そっすね……」
神城の甘い恋のバカンスは、初日の夜にして、渋い男二人組のキャンプへと変貌したのだった。




