第32話 : switch
翌朝、凛と翠は同時に叫び声を上げて目を覚ました。
二人が互いの姿を見て驚愕するのも無理はない。凛と翠の中身(人格)が、一夜にして入れ替わっていたのだ。凛の心は翠の体に、翠の心は凛の体に入っている。
凛(中身:翠)「何がどうなってるのよ!今日、店長との面談があるのに!」
翠(中身:凛)「ええ〜!?バイト今日もあるのに!どうしよう!」
二人は緊急家族会議を開き、とりあえず「今日一日、互いのフリをして過ごす」ことを決意した。
その日のバイト中。
まず、妹の翠(中身:凛)が、神城に皿を渡しながら、満面の笑みで言った。
翠(中身:凛)「あのね、神城くん! 昨日ね…」
神城は、思わず持っていた皿を取り落としそうになった。翠が、自分を「ヤンキー」ではなく「神城くん」と呼んだ上に、顔いっぱいに花を咲かせたような笑顔を見せている。
神城「な、なんだ?翠…。お前、なんか変なもんでも食べたのか?」
翠(中身:凛)はハッとした。
翠(中身:凛)「あ、い、いけない、うっかり!えっと、ヤンキー!皿を早く洗ってよね。あなた、仕事が遅いんじゃないの?」
翠(中身:凛)は慌てて冷たい口調に切り替えたが、神城は頭を抱えた。
(なんだ、今の天使のような翠は!?そして、『ヤンキー』って呼び方が、なんか優しく聞こえるぞ!)
次に、今度は凛(中身:翠)が神城に近づいてきた。
凛(中身:翠)「ねえ、ヤンキー」
神城は、普段の凛(中身:翠)が使わない「ヤンキー」という単語にビクッとした。
神城「な、なんすか、井出さん!」
凛(中身:翠)は、慣れない体で腕を組み、冷たい目つきを頑張って作る。
凛(中身:翠)「あなたの持っているレジの打ち方、私に言わせれば間違っているわ。もう少し効率的に…」
神城「え?井出さんが、そんなに厳しいことを言うなんて珍しいっすね!」
凛(中身:翠)はイラッとした。
凛(中身:翠)「うるさいわね!あなたの脳筋じゃ理解できないかもしれないけど、これが論理ってものよ!」
そして、イライラが頂点に達したのか、凛(中身:翠)は神城の弁慶の泣き所に、いつもの翠が放つような正確で重い蹴りを本気で一発入れた。
ドゴッ!
神城「ぐあっ!い、井出さん!?まさか、蹴り!?」
神城はうずくまりながらも、最愛の凛から蹴りを入れられたという事実に、心の片隅で少し喜んでいた。
凛(中身:翠)はハッとした。
凛(中身:翠)「あ、い、いけない、うっかり!えっと、神城くん!ごめんね、つい熱血指導が入っちゃった!うふっ!」
凛(中身:翠)は慌てて優しい声に切り替えたが、蹴りの威力は本物だった。神城はうずくまりながら、冷たい蹴りと優しい声のギャップにパニックになった。
翌朝、神城が恐る恐るバイトに向かうと、そこにはいつもの冷たい翠と、いつもの優しい凛がいた。神城は凛に恐る恐る尋ねた。「い、井出さん、昨日は…?」
凛は不思議そうに首を傾げる。「昨日?昨日がどうしたの?」
神城の記憶にある、優しすぎる翠と蹴ってくる凛の姿は、完全に消えていた。
神城「そっすか…。気のせいっすね…」
(一夜の夢だったのか…。でも、凛ちゃんが俺に蹴りを入れる姿、結構よかったかも…!)
神城は、顔を赤くし、新たな妄想を膨らませ始めた。




