第29話 : gratitude
その日のバイト中、神城はそわそわしていた。留年を回避し、心置きなく凛にアタックできるようになった彼は、まさに気分は最高潮だった。
そんな神城に、凛が近づいてきた。
凛「神城くんって、頭いいんだね」
神城は、洗い物をしていた手を止め、驚いたように凛を見た。
神城「え、そ、そんなことないっすよ」
(やべぇ、なんでバレたんだ!?でも、否定しなきゃダメだ。謙虚さも大事!)
凛は目を細め、可愛らしく微笑んだ。
凛「だって、妹から聞いたよ?神城くん、学年で4位だってね」
神城は心臓が飛び跳ねた。翠が、凛に、俺が頭がいいと伝えた!?
神城の脳内では、一瞬で最高に都合のいい妄想が展開された。
神城妄想中
翠「お姉ちゃん、知ってる?あのヤンキー、実は天才なのよ。見てこれ、学年4位よ!」
凛「えー!神城くん、すごーい。強いだけじゃなくて頭もいいなんて、ギャップ萌えよ!私、神城くんのこと、好きよ!」
神城は凛に抱きしめられる。
(終)
神城は、完全に顔を赤くし、「翠は俺の味方だったんだ!」と感動に打ち震えた。
神城はいても立ってもいられず、休憩室でジュースを飲んでいた翠に、感謝を伝えに行った。
神城「翠!お、お前、凛ちゃんに俺が頭良いって言ってくれたんだな! ありがとな!お前は最高の妹…」
神城の肩を掴もうとする手を、翠はすっと避けた。そして、氷のように冷たい視線を向けた。
翠「は?何言ってんのよ、ヤンキー。私、そんなこと言った覚えはないけど」
神城「え?」
翠「順位表?ああ、あれならカバンから無造作に出して、テーブルに置いてただけよ。お姉ちゃんが勝手に見たんでしょ。私、わざわざヤンキーの順位なんかPRしないわよ」
神城「……………」
翠は、神城の勘違いを全く理解できないという表情だ。
翠「ああ、でも、たまたま4位になった程度のバカという事実は伝えておいたわ」
翠は、神城の弁慶の泣き所に、容赦なく蹴りを一発お見舞いした。
翠「感情の起伏がうるさいわね。さっさと消えて、バカ」
神城は「ぐぇっ」という情けない声を上げ、うずくまった。
神城が痛みに耐えながら、事務所の入り口から戻ってきた時、凛が笑顔で彼に駆け寄ってきた。
凛「あ、神城くん!来週の体育祭、私、お休みもらって見に行くからね!」
神城は痛みで顔を歪ませながら、凛を見上げた。
凛「神城くん、キックボクシングやってるんでしょ? 足速いだろうから、リレーとか期待してるよー!」
神城の胸の中で、何かが爆発した。
(凛ちゃんが俺の体育祭を見に来るだと!? しかも、俺の『強さ』に期待してる…!)
神城は、弁慶の泣き所の痛みも忘れ、全身に熱い血が駆け巡るのを感じた。
神城「う、うっす! 井出さん!俺、絶対に全種目優勝して、一番目立ってみせますから!」
神城は、その場で拳を握りしめ、顔を紅潮させた。彼の熱血バカな恋の炎は、凛の期待という最高の燃料を得て、再び爆発的に燃え上がるのだった。




