第26話 : reach
神城が通う高校は、偏差値66を誇るれっきとした進学校だ。神城は中学時代、成績がいい方ではなかったが、ある一件(凛との出会い)で一念発起。中学三年生の10月から、平日は6時間、休日は14時間という血の滲むような猛勉強とキックボクシングを両立させ、奇跡的に合格を掴み取った驚異の努力家の一面を持つ。
だが、目標達成後はすっかり燃え尽き、高校に入ってからは全く勉強しなくなった。その結果、いつも赤点ギリギリを漂っている。
しかも今回は、担任から「あと一つでも赤点を取れば留年決定」という最終通告を受けていた。期末は9科目。自力で突破できそうなのは英語、古典、現代文、地理の4科目のみ。残りの数学X、数学Y、物理、化学といった理系科目は、神城にとって完全に「ちんぷんかんぷん」である。
まさに、彼の恋の命運がかかった危機的状況だった。
この日、神城は廊下の掲示板に張り出されている前回の定期テストの順位を、ぼんやりと眺めていた。
神城「あーあ、この上に名前載ってるやつとか、ほとんど誰も知らねぇもん。別にいいけどよ…」
彼は順位表の下の方、自分の名前を通り過ぎ、なんとなく上位の氏名に目をやった。
神城「…って、あれ?井出 翠? どっかで聞いたことあるような…」
翠の名前が、上位群に燦然と輝いていた。その名前に意識を奪われた瞬間、後ろから聞き覚えのある話し声が聞こえてきた。
「今回はもっと順位上げたい」
「翠は今でも十分高いでしょ」
神城は心臓が跳ね上がった。この声と口調は間違いない。
彼は弾かれたように振り返った。そこには、凛の妹の井出 翠が、友達らしき女子生徒と立っていた。
神城「お、おい!お前、一緒の学校だったのか!」
神城は校舎中に響き渡る大声を出す。
翠は、神城の存在など最初から視界に入っていないかのように、完全無視を決めた。そのまま友人とともに、神城の横を通り過ぎていく。
(ちくしょう、無視かよ!だが…!)
神城はあることを思いついた。この頭のいい高校[※神城も合格している]で上位にいるということは、まさしく天才だ。
(そうだ!俺の赤点を救えるのは、この天才的な妹しかいねぇ!)
神城は、「凛に惚れてもらうための第一歩として、留年を回避しなければならない」という、極めてまっとうな使命を思い出した。留年すれば、凛と同じ職場にもいられなくなる。[※そんなことはない]
彼は慌てて翠を追いかけ、廊下で翠の前に回り込んだ。
神城「おい、待て!翠!」
翠は冷たい目で神城を見上げる。「何ですか、ヤンキー。通る邪魔」
神城は、意を決した。彼は、屈辱に涙を流した中学時代の自分とは違う。愛のためなら、自尊心さえ投げ捨てられる!
神城は、ゴンッ!と体育館裏のような重い音を立てて、床に膝をついた。
神城「た、頼む!翠!勉強を教えてくれ!」
誰もが見る廊下の真ん中で、神城は人生初の土下座を決行した。彼の顔は、悔しさよりも、「留年」という恐怖と「凛への恋」という切実な願いで歪んでいた。
翠は、その場でピタリと足を止め、呆然と神城を見下ろした。




