第24話 : period
今日は1月4日。松の内も過ぎ、世間は日常を取り戻したが、神城にとって今日は、凛の派遣社員契約終了という最終宣告の日だった。
神城の心は、極限の焦燥に支配されていた。クリスマスの夜から、彼は残りの日数を指折り数え、毎日夜一人で泣いていた。
(ちくしょう、もう今日が最後なのか…)
凛の契約期間が過ぎれば、もう二度と会えなくなるかもしれない。彼の人生の全ての道は、あの日の恩人との再会に繋がっていたのだ。
(今日こそ、告白するしかない)神城は完全に覚悟を決めていた。
バイト中も、神城はそわそわしていた。皿を割りそうになり、注文を間違え、その度に翠に三度弁慶の泣き所を蹴られたが、彼の魂は上の空だった。
(今だ。凛ちゃんが一人になった。行くぞ、俺…!)
バイトのシフトが終わり、店の通用口。凛がコートを着てカバンを持った、まさに「去る人」の姿になっている。その背中が、神城には永遠の別れを告げているように見えた。
神城は意を決し、震える声で彼女に歩み寄った。
神城「凛ちゃ…井出さん…。いなくなる前に、言いたいことがあって……」
神城の視線は地面に落ち、彼の脳裏には「好き」というたった二文字を言うために組み立ててきた、壮大な告白のプロットが高速で再生されていた。彼の顔は紅潮し、決死の覚悟が全身から滲み出ている。
凛は、そんな神城の様子を見て、
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不思議そうに首を傾げた。
凛「え?ああ、私、契約更新したから、もう一年いるよー?」
そして、極めてあっさりとした、まるで世間話のような口調で言った。
神城の全身から、全ての力が、一瞬で蒸発した。
神城「……………は?」
喉の奥で、「好き」の二文字が、音速で霧散した。
凛「なんかさ、店長が派遣じゃなくて社員として雇ってくれることになって!翠もこれで安心して高校行けるって喜んでくれてて!」
凛は、屈託のない、輝くような笑顔を見せる。その笑顔は、彼が命をかけて守りたいと願った、あの日の太陽そのものだった。
神城は、その笑顔と「もう一年いるよ」というあっさりとした現実の挟み撃ちに遭い、まるで背骨を抜かれたかのように全身から力が抜けた。
神城「そっすか……。あ、よかったっすね……」
凛は「ありがと!」と笑い、神城の肩をポンと叩き、さっさと通用口から出ていった。その足取りは軽く、明日からの「生活の安定」という希望に満ちている。
神城は、その場に崩れ落ちた。彼の恋は、期限切れどころか、一年間の猶予を与えられた。そして、凛は「社員」という、神城のような高校生には手の届かない「大人の安定」という壁を築いた。しかし、地面にうずくまった彼の目に、一筋の闘志が戻ってきた。
(……待てよ?)
(もう一年、いる。社員として、ほぼ毎日、堂々と会える。これ以上のチャンスがあるか!)
神城は、急に顔を上げ、まるで迷いが晴れたかのようにニヤリと笑った。彼の焦燥感は、一瞬で根拠のない自信へと塗り替えられた。
神城「ラッキーじゃねーか!」
彼は勢いよく立ち上がると、誰もいない通用口で、思い切りガッツポーズを決めた。
「もう一年?くれてやるよ! この一年で、俺のこの熱い強さで、凛ちゃんのその安定ごと、全部俺のものにしてやる!すぐにでも惚れさせてやる!」
長引く戦いは、神城の前向きすぎる情熱によって、一気に勝利への確信へと変わった。彼の恋の物語は、これから本格的に始まるのであった。
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あ.....2期もあります(by 竹子)




