第19話 : route
「おい!井出!まだこの仕事終わらないのか!」
耳の奥で、上司の厳しい声が響く。それは、今いるファミレスの上司の声ではない。
凛には、かつてOL時代があった。高校を卒業してすぐ、新卒で某銀行の事務職に就いたのだ。
しかし、要領が悪く、ミスばかりの凛は、いつも上司に厳しく怒鳴られていた。現実に押しつぶされそうになった凛は、毎日、帰宅後に大量のお酒を飲んで、現実逃避を繰り返した。
「翠さぁ、きいてよー。上司ったらさぁー、またね…」
妹の翠は、当時中学一年生。まだ幼い妹は、ぐでんぐでんに酔った姉の愚痴を、いつも優しく、ただ黙って聞いてくれた。
井出家は、両親が既に他界していた。父は肺ガンで凛が高校入学前に、母は生活費と凛の学費を稼ぐために無理をしてパートを始めたが、過労で倒れ、父の後を追うように亡くなってしまった。幼い翠の面倒を見られるのは、姉である凛だけだった。
凛は、本当は大学に行きたかった。高校ではそこそこ勉強を頑張っていた。だが、両親を亡くした状況では、とてもそんな選択はできない。彼女は、妹のために、自分の夢を諦め、働くことを選んだのだ。
ある日、酔いが覚めた朝、翠が凛に言った。
「そんなに辛いんなら、辞めてもいいんだよ。私は公立の高校に行くし、私のことは心配いらないよ」
その言葉は、凛の胸を深く、深く抉った。自分よりずっと幼い妹が、自分の苦悩を理解し、その未来まで犠牲にして自分を気遣ってくれている。その優しさが、痛かった。
凛はOL生活を終わらせた。妹の負担にならないよう、自分にできるアルバイトを転々とするようになった。そして今、このファミレスに辿り着いたのだ。
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凛は目を開けた。
「……夢か...懐かしいな」
頬には、一筋の涙が伝っていた。
石田や他の学生がテスト期間で抜ける時期。その埋め合わせとして、凛は連勤を強いられていた。肉体的にも精神的にも疲れ切った凛は、自宅のソファで眠り込んでいた。




