第17話 : fresh
神城の自室は、未だ朝焼けが差し込む薄暗さの中、異様な熱気に包まれていた。
「うぉーーーーー!!!」
神城は涙と鼻水を拭いながら、家の中で暴れていた。壁を軽く叩き、布団を蹴り上げ、喜びを爆発させる。昨夜、酔った凛に告げられた言葉が、彼の頭の中をエンドレスで再生されている。
「つよくなったんだねぇー、かみしろくん。あのとき、わんわん泣いてたのにねぇ」
「凛ちゃん!俺のこと、全部覚えていてくれたのか!」
記憶を失ったふりをしていたのは、照れ隠しだったのではないかと神城は思った。
「くそっ、最高だ!もう迷わねぇ!」
神城は立ち上がり、決意を新たにした。
「よし!近いうちに凛ちゃんをデートに誘って、ちゃんと告白してやるぞー!」
バイトへ行く準備をする神城は、いつもに増して気合が入っていた。停学中だが、彼の心は朝日のように晴れやかだった。
神城は、愛用のバイクに跨り、いつものようにバイト先へ向かっていた。今日のシフトは凛と一緒だ。
(今日は何て話しかけようか)
考えていると、少し前方の歩道に、見覚えのある女性の姿が見えた。
「おーい!井出さーん!」
神城は気合の入った、しかし爽やかな声(実際は野太い声)で、凛を呼んだ。
すると、凛ちゃんだけじゃなく、もう一人、そっくりな顔立ちの女性が振り返った。神城は驚きすぎて、ハンドル操作を誤り、軽く電柱にぶつかった。
ドンッ!「いったぁ!」
慌ててバイクを立て直し、二人の方へ向かう。
神城「え?井出さんが二人?」
凛は笑って、神城の驚きを受け流した。
凛「おー、神城くんおはよー。あー、この子はねえ。私の妹の翠だよー」
顔立ちは凛と瓜二つだが、どこか凛より気が強そうな、クールな表情で、背は凛よりも少し低い。
凛「あ!そういえば翠と神城くん同い年じゃない?高二だし!」
凛は無邪気に言うが、妹の翠は、腕を組み、最初から最後まで神城をじっと睨んでいる。
神城はなんとか平静を装おうと、ニッと笑って挨拶した。
神城「よろしくな。翠ちゃん」
翠は鼻で笑うように吐き捨てた。
翠「私、この人苦手。なんか馴れ馴れしいし、ヤンキーっぽいし」
凛「そんな!失礼でしょ翠!」
神城は、翠の真っ直ぐな苦手宣言に、グサリと胸を刺された。
神城「お、おう。俺は先に行ってますね!」
これ以上いるのは心がもたないと判断した神城は、ブォーンとバイクのエンジンを空吹かしし、猛スピードで出勤していった。
(初対面で、しかも凛ちゃんそっくりの妹に『苦手宣言』される俺って....)
別人とはいえ、凛に顔が似ている妹からの『苦手宣言』はさすがに応えたようだ。神城はヘルメットの中でため息をついた。
(そういえば今日、凛ちゃんシフトのはずなんだけど、何で妹連れなんだ?学校は…あ、停学中だから今日は平日でも午前中からバイトに出てるのか)
神城の頭は、憧れの凛の優しさと、妹・翠の厳しい視線との間で、激しく揺れ動いていた。




