第14話 : hero
意識を失ってから数時間後、凛は病院の白い天井の下で目を覚ました。
体が鉛のように重い。まだ少し意識がぼんやりとしている。
視線を動かすと、ベッドのすぐ横の椅子に、見慣れた人物が座っていた。
「……石田くん?」
凛の声に、石田は静かに立ち上がった。その手には読みかけの文庫本が握られている。
「やっと起きましたか。 では、僕はもうこの辺で」
石田は淡々とした口調でそう言うと、こちらに背を向け、すぐに歩き出した。
「ちょっ……ちょっと待って、石田くん!」
凛は慌てて引き留める。石田は足を止め、後ろを向いたまま静かに答える。
「何でしょうか」
凛はまだかすれる声に力を込めた。
「あの時、私を助けてくれたのって……石田くんだよね?」
石田はゆっくりと振り返った。その無表情の奥に、一瞬だけわずかな感情の揺らぎが見えた気がした。
「そうですね。井出さんを助けたのは、僕です」
彼はそれ以上何も言わず、再び背を向け、出口の扉に手をかけた。
「石田くん!……」
「まだ何かありますか?」
「あの……石田くんって、強いんだね! ありがとう!」
凛の素直な言葉に、石田は一瞬だけ立ち止まったが、やはり何も返さず、そのまま扉の向こうへと去っていった。
「……って、これでいいんですか?神城さん」
その声は、凛と話していた時よりもわずかに感情を含んでいた。
「おうっ」
外に出て扉の影に立っていたのは、髪がいつもよりまとまっている、神城だった。
石田は神城を鋭く見つめ返したが、すぐに諦めたように息を吐いた。
「……そうですか」
石田は一度、開いていたドアの隙間から凛の寝顔を一瞥し、静かに扉を閉めた。




