第13話 : drill
バイトが終わり、夜道を歩く凛は、背後から誰かにつけられている気配を感じていた。
振り返っても誰もいないが、その気配は確実に存在する。不安がピークに達した瞬間、背後からガシッと肩を掴まれた。
「おい。凛」
振り返った先にいたのは、まさしく過去の悪夢、元カレの庄司だった。
凛は驚きを押し殺し、「……やあ、庄司。久しぶりね」と声を絞り出す。
庄司はニヤリと笑うと、いきなり凛の肩を乱暴に抱き寄せた。
「お前がいなくなってから、こっちは大変だよー。毎日カップ麺でさあ。同じフリーターだろ?なんでわざわざ店を移る必要があるんだよ。なあ」
庄司が肩を組む腕に力を込め、その手はすこしずつ首を絞める域に達し始めていた。
「前みたいに一緒に暮らそうや。楽しかったじゃん」
凛は恐怖に震えながらも、庄司の言葉に耳を傾けるしかなかった。
「っていうか、ここの飲食、クズしかいないだろ。さっきもバイク乗ってガラ悪そうなやつもいたし。俺、ここで働いている知り合いいるけど、ブラックらしいじゃん。平気で人いないのに店を回そうとしてさ」
庄司がバイト先を罵倒する言葉を聞いた瞬間、恐怖で満たされていた凛の心に、静かで冷たい怒りが湧き上がった。
(クズ……?神城くんも、一生懸命働いてるのに。石田くんや、みんなも……)
庄司の傲慢な態度と、大切な仲間を侮辱する言葉に、凛は一瞬、恐怖を忘れた。
庄司はさらに力を込め、凛の首を強く締めつけた。
ヒュー……ッ。 呼吸ができない。酸素が遮断され、視界が急速に暗転していく。
(……助けて。誰か....)
意識が遠のく中、凛は本能的に最後の力を振り絞り、かすれた声で叫んだ。
「助けて!!石田くん!!」
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その時、ブォォォォン!!!という地鳴りのような音がした。
深く帽子を被った男がバイクに乗って猛スピードで二人に一直線に向かってきた。
男はバイクを急停車させると、降りる間もなく、そのまま庄司の胴体に蹴りを叩き込んだ。
「ぐあッ!」
庄司はバランスを崩して地面に倒れ伏す。男はバイクを捨てて庄司に馬乗りになり、一言も発さずに容赦なく殴りつけた。庄司は抵抗する間もなく、プロのボクサーに殴られるように簡単にボコボコにされた。
やがて、男は遠くのサイレンの音を聞きつけ、庄司から離れ、地面に横たわる凛の身体を抱き上げた。男は凛をしっかりと胸に抱え込むと、バイクには戻らず、そのまま最寄りの大病院へ向かって、全力で走り出した。




