第12話 : groove
バイト内で衝撃が走った。淡々とした男、石田が突然バイトを辞めた。
店長は「消息不明」と仰々しく宣言し、謎を突き止めるという名目で、神城と凛を石田の大学の学園祭へと派遣することにした。
「これは緊急事態だ!今日2人はバイトを休んでいいぞ!」
こうして、石田捜索隊として任命された二人は、石田の通う大学の学園祭へと向かった。
大学に足を踏み入れた途端、二人の雰囲気は一変した。凛が主導権を握る。
「お姉さんに任せなさい。この一万で何でも奢ってあげる!」
「そんな、悪いっすよ……」神城は終始、遠慮と緊張でガチガチだ。
「気にすんなって!」凛はまるでベテランのように神城の肩をポン!と叩いた。
凛はクレープを買い、半分に分けて食べ始めた。
神城の脳内は瞬時に演算を開始した。
(これって……デートじゃねぇか……?)
店を出るやいなや、凛は神城の思考を代弁するように、無邪気に尋ねた。
「ねぇ、神城くん。これってデートみたいだね」
神城の顔は、茹で上がったカニのように真っ赤になっていた。彼は目を泳がせることしかできない。
凛はそんな神城を見て、ニヤリと笑う。
「ふふ、そんな照れるなよー神城くんー!このこのー!」
凛は神城の頬を軽く突いた。
「い、一旦トイレ行ってきます!」
神城は絶叫寸前で逃げ出し、近くの鏡で自分の真っ赤な顔を見て、なんとか理性を保とうと試みた。
「さて、石田のクラスってどこかな?」
「どこっすかねぇ……」
二人は高校と同じように、教室にホームルームのクラスがあり、そこで何か出し物をしていると信じて疑わなかった。大学にはクラスという概念がほぼないこと、学園祭への参加が任意であることを、彼らは知る由もなかった。
18時近くまで模擬店でひたすら食べ続けたが、石田の気配は全くない。
「石田って食べ物屋じゃなくて、きっともっと知的な出し物だよな」「法律とか?『法律相談室』とか?」などと的外れな推理をしながら、二人はなんとなく人が集まっている体育館へ向かった。
体育館の扉を開けた瞬間、爆音の嵐が二人の鼓膜を揺らした。
中央のステージには、サイリウムとレーザーライトが飛び交う中、無表情でヘッドホンを装着した石田が立っていた。彼はDJブースで、周囲の熱狂とは無関係に、淡々とミキサーを操作している。
凛「え??あれって石田くん?」
神城「....っぽいっすね.....」
神城が叫んだ。「俺、そんな音楽知らないっすけど、この曲はわかります!」
凛も耳元で叫び返す。「そうだよねー!私たちにもわかりやすい曲をチョイスしてくれてるのかなー!」
それから二時間。
神城:「うぉーーーーーーー!イェイ!イェイ!イェイイェーーー!」
凛:「キャーーーーー!楽しーーーーーい!」
二人は完全にノリに乗り、当初の目的どころか、石田がバイトを辞めたこと自体をすっかり忘れていた。石田は一人で3時間連続のDJを任されていたらしい。
石田の出番が終わり、汗だくになった二人が楽屋に駆け寄る。
凛:「石田くんやるねー!そんな才能もあったなんて!」
神城:「石田さん!なんか気が合いそうっすね!」神城は興奮のあまり、石田の肩をグッと抱き寄せた。
石田は淡々とタオルで汗を拭きながら、二人に会えたことに何の驚きも見せず答えた。
「ありがとうございます」
そして、三人は特に深く話すこともなく、普通のトーンで「じゃあまた明日」と別れ、解散した。
後日、二人は店長からある事実を聞かされた。
凛:「完全に忘れてたんだけど、石田くん辞めるの?」
石田:「....辞めないです」
店長が石田は消息不明だと嘘をついていたらしい。石田は単に「学園祭でDJをする予定が入ったのでシフトをキャンセルしたい」と連絡しただけだった。店長はそれを面白がり、「視察」と称して二人を学園祭デートに行かせたのだという。
「楽しめたならよかった! 俺も若い頃を思い出したよ!」と店長は笑っていた。
学園祭の日は予定より3人稼働が少なく、お店は地獄のように大変だったという。
「ちくしょう!神城ばっかいい思いしやがってー!」「俺も凛ちゃんとデートしたいよー!」
彼らの叫び声が、閑散とした事務所に虚しく響き渡った。




