第10話 : remind
神城はヘルメットの中で口元を緩めた。
(一ヶ月... 今日でちょうど一ヶ月か)
派遣として働き始めた凛の日数を、彼は律儀にカウントしていた。誰に言われたわけでもなく、ただ自然と日々の業務の中で凛の姿を追っているうちに、彼女がここにいる時間そのものが、神城にとって大切な「出来事」になっていた。
今日がその一ヶ月記念日。
(凛ちゃんは多分、全然気にしてないだろうな)
そう思うと少し寂しいが、同時に、彼だけが知っている秘密の記念日という事実に、妙な優越感と甘い特別感を覚える。
「気持ち悪い」
口に出したら、確実に凛にそう言われてしまうだろう。彼女の顔が目に浮かび、神城はそっと笑みを消した。表立って「おめでとう」など言えるはずもない。今日は土曜日。学校が休みだった神城は、出勤に間に合うかギリギリのタイミングで飛び起きた。彼は急いでバイクにまたがり、走行していた。
事務所に着き、猛スピードで着替えて更衣室から飛び出すと、そこに凛がいた。
「お!神城くんじゃん。おはよー」
「お、お、おはようございます……」
神城は心臓をバクバクさせながら、照れ隠しで妙に丁寧な挨拶をした。
「神城くん、寝癖すごいよー」
凛はそう言って、躊躇なく神城に近づいた。そして、自分のカバンから自前の櫛を取り出し、神城の爆発した髪の毛を直してあげ始めた。
シャッ、シャッ……。
凛の指先が自分の髪に触れる。至近距離から香るシャンプーの匂い。神城の顔は、湯気が出るほどの真っ赤になっていた。
「よし、これでよしっと!」
神城が、感謝の言葉と、胸の高鳴りを込めた愛の告白を口にする、まさにその瞬間。
凛はハッとしたように、神城の顔を覗き込んだ。
「あれ?神城君。ここ以外にも、どこかで会ったような気がするんだけど」
キタ!ついに、神城の強引な告白リベンジのチャンス!
「そうです、凛さん!俺は以前に――」
バッ。
神城のセリフは、横から伸びてきた店長の鋼のような腕によって遮られた。
「おい神城、遅刻だぞ!早くフロアに出ろ!」
店長は神城の襟首を掴み、雑巾のように引きずり出した。
「ちくしょーーっ!!」
神城の「運命的な再会」と「告白」のチャンスは、店長の容赦ないパワーによって、またも一瞬で握りつぶされた。凛は、櫛を持ったまま、呆然とその様子を見送るのだった。




