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残酷な深夜の悪行

作者: 西順

 人の趣味と言うのは千差万別だ。読書と言う名のマンガ読みに、バー通いと言う名の単なる呑兵衛、映画鑑賞と言う名の酷評レビュー書き。数え上げたらそれこそ切りがない。僕の趣味も、アートと言う名を借りたアニメ風イラスト描きである。


 絵を描くのは昔から好きで、中高と美術部に入部していた。まあ、公立の美術部で本格的な美術部なんてない。うちの美術部も例に漏れず、マンガやアニメの話をするのが部活内容と言っても良いクラブで、絵を描く事はそのついでのようなクラブだった。


 それでも絵を描く事は続けており、大学に入学して一人暮らしをするようになってからは、時間に融通が利くようになったので、大学の課題は脇に退け、イラスト三昧の毎日を送っている。


「……ああ、五月蝿いなあ」


 集中力が切れて、思わず心の声が口から漏れる。はあ、潮時か。と一旦休憩を挟む事にした。理由は隣人による騒音だ。


 騒音と言うと、流行りの音楽を四六時中爆音で流しているかと思うかも知れないが、そこまで大袈裟ではない。大袈裟ではないから悩まされていると言っても良い。


 秋となり涼しい季節となったからか、隣人は窓を開けてテレビを観ているようで、その音声が僕の部屋まで漏れ聞こえてくるのだ。防音のしっかりしたマンションならともかく、大学生が親元を離れて暮らせる集合住宅となると、安いアパート一択だ。そのせいで窓を開けただけの隣室から、テレビの音声が聞こえるか聞こえないかの耳をくすぐる程度の音量で流れてくるので、どうにも気が散る。


 大家に頼んで隣人に窓を閉めて貰うように頼むのも手だが、隣人は窓を開けて普通に暮らしているだけだ。聞こえてくる音量も、そんな今すぐに怒鳴り込みたい程の音量ではない。ではないから、解決策が思い浮かばず、この状態を改善出来ず、手をこまねいている状況から抜け出せない。それが泥に足を取られて動けないようで、地味にストレスだった。


「もう11時!?」


 イラスト描きの集中から無理矢理解き放たれ、時間を確認すると、既に夜11時を過ぎていた。時間を確認したからか、僕のお腹がグーと鳴る。


「しかし11時か」


 液タブの電源を落とし、どうしたものか考える。お腹も鳴っているし、夜食も考えには入るが時間も時間だ。もういっそこのまま寝るか?


「…………」


 そんな考えが頭を過ぎったところで、隣室から笑い声が聞こえてきた。う〜ん、この状況ではまだまだ寝れそうにない。夜食にしよ。


 キッチンに向かい、電気ケトルでお湯を沸かしつつ、シンクの上の戸棚から、醤油味の袋麺を一つ取り出す。フライパンに袋麺の麺が半分浸かる程度に水を張り、沸騰させるとそこへ袋麺を浸す。浸るのは半分だが、それを表裏1分ずつ交互に繰り返しながら、麺を解していくと、麺がフライパン内の水分を吸って、麺が解れた頃には殆ど水分が無くなっている。


 そこへ取りい出したるは、袋麺のスープの素。水分を飛ばした分、全部掛けると味が濃くなってしまうので、ここで使うのは3分の2だ。これで味付けして、水分を完全に飛ばせば、何と言う事でしょう。袋麺が焼きそばに早変わり。


 これを皿に移してテーブルまで持って行くと、これで「いただきます」ではない。キッチンに戻ると戸棚から乾燥加薬を取り出し、味噌汁用の茶碗にスプーン一杯入れて、そこに先程残った袋麺のスープの素を加えて、電気ケトルから沸騰したお湯を注げば、即席中華スープの完成だ。


 これと箸を持ってテーブルに戻り、「ふう」と一息吐くと、「いただきます」と両手を合わせてこのなんちゃって焼きそばと即席中華スープを食べ始める。


 ああ、このジャンクな味が、脳からセロトニンを大量分泌してくれるお陰で、さっきまでのストレスが嘘のように溶けていく。これで今夜は快適に眠れそうだ。


 などと言うのは寸暇の出来事だった。また隣室から笑い声が漏れてきて、ストレス値が上がる。くっ、これでもまだ僕の安寧な生活を阻害するか。ならばこうだ!


 と僕はキッチンに戻ると冷蔵庫からあるものを取ってきた。禁断のそれの名は、そう! マヨネーズだ! 夜食と言うだけでも罪深いと言うのに、そこへマヨネーズまで掛けてしまう。これはもうセロトニン爆上がりでしょ!


 などとルンルンでなんちゃって焼きそばにマヨネーズを掛けると、それをガッと持ち上げて口いっぱいにバクリ。う〜〜〜〜ん。醤油とマヨネーズが合わさった濃厚な味が口の中に広がって、咀嚼する度に脳が「美味い! 美味い! 美味いぞ〜!!」と幸福に打ち震えている。


「はあ……。ごちそうさまでした」


 両手を合わせながら、この幸福に感謝する。でももう脳は逆に覚醒してお目々パッチリだ。これは寝るなんて勿体ない。この勢いのまま、さっきのイラストの続きだ!


 と言う事で、食器諸々を洗うのを後回しにして液タブの前に陣取ると、電源を入れる。ああ、さっきの続きを描くの楽しみだなあ。と液タブを操作する。


「…………? あれ? え? さっき僕が描いたイラスト……は?」


 どこを探してもさっきのイラストが見当たらない。え? ええ? 意味が飲み込めず、マウスを操作して液タブ内をくまなく探すも、やはりイラストは見付からなかった。そう、これはデータセーブをせずに電源を切ってしまったと言う証左。


 あれ? 早めに夕飯食べて、その流れでイラスト描き始めたから、あれ? え? ちょっと待って、6時から描き始めて11時までの僕の5時間が、え? え?


「ええ〜〜〜〜〜!!!!?? ウソでしょ〜〜〜〜〜!!!!??」


 思わず絶叫して頭を抱えると、ドンッと隣室から壁を叩く音にビクッとなる。


「うるっせえぞ!!」


 こちらを怒鳴る隣人。…………納得いかない。何でこうなるんだよ。何で僕が怒られなくちゃいけないんだよ。この世に神はいないのか!? さっきまでの幸福感から、一気に絶望への急転直下。人生ままならない事は分かっていたつもりだけど、その不幸が自分に降り掛かるなんて。


「もう、ムリ〜」


 僕は何もかもする気力を失い、涙目になりながら、枕を被って周囲の音を遮断して、不貞寝を決め込むのだった。明日の1限? 行く訳ない。


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