3話 マイナス質量に到達?マジか。
頭くらくーら
目が回り 立ってーない
そーれがどうした いやどこがだよ
炎天下の中 立ち進み
熱中症なり 落書きするなー
物理の世 物理の世
熱中しすぎて 熱中症なる 物語
「計測、計測~。」
物理法則教の男は、汗だくになりながらもストップウォッチを握りしめていた。五時間が経過し、珊瑚の龍はついにタツノオトシゴを吐き出し尽くし、その質量はマイナスに突入。しかし、龍は消滅しない。
「……マジか。」
俺が呟くと、物理法則教徒は恍惚とした表情で叫んだ。
「これこそが反物質の安定性の存在証明! 場合によっては反物質も安定して存在できるのだ。タツノオトシゴは物質、龍は反物質。しかしなぜだ? 対消滅が起きない……ふむ、なぜだ!」
「虚数×無限小メートルの薄いかすらよくわかんないバリアが貼ってあるんだよ。つまり、物理法則を破ってる。しかし、見えるはずがない。よって虚数×無限小のバリアは存在しない!原理は不明だ!」
マスコットンが淡々と解説すると、俺のイライラは頂点に達する。物理法則教徒は、羽ひとつないのに空を飛ぶ原理の矛盾に気づかないくせに、変なところばかり指摘しているのだ。熱中症で倒れそうな彼を見て、俺のイライラはさらに加速した。
「マジか」
そう呟くと、再びバリアが展開し、物理法則教徒を包み込んだ。
「おっ、今回は物理法則教徒にバリアを張ったね。体温上昇と対消滅から守る、二重のバリアだ。どういうことなんだろう……」
マスコットンが首を傾げる。
「暑い、熱い! 頭がクラクラする……!」
男が叫ぶ。そのバリアの内側では、男の顔が赤くなり、湯気が出ている。
「なんでこんなに熱いんだ!」
「だって、お前熱中症だっただろ?」
俺が冷たい視線を送ると、マスコットンの耳がへなへなと垂れた。
「あ……、うん。このバリア、その時の状態を固定するから、熱中症が治らないんだよね」
その時、地面からモゾモゾと何かが這い出てきた。ヘビのような胴体に、胴回りだけが太い奇妙な生き物だ。
「ツチノコだ……」
馬路子が呆然と呟く。
「ナンデナンダイの仕業だよ。『ツチノコがいないのはナンデナンダイ?』って言い出したから、ツチノコがそこらから湧き出したんだ。存在しない生き物なのに、一気に大増殖だよ。環境破壊だ!」
マスコットンが叫ぶ。地面から、次々とツチノコが湧き出て、地面を這いずり回っている。
「マジか」
俺が淡々と現実を受け止めると、目の前のツチノコが泥に変わって消えていく。
「お兄ちゃんの能力、ツチノコと相性良すぎない?」
馬路子が笑う。
「マジだ。だが…」
別のツチノコが泥に変わる。
「……イライラが収まらないな」
俺のフリルが激しく揺れた。
「だって、そこのナンデナンダイがまた言ったんだもん。『ツチノコが土の子なのはナンデナンダイ?』ってさ。だから、ツチノコは泥クズに帰る運命を背負った」
マスコットンが悲しげに呟いた。ツチノコが湧いては泥になる光景が、まるで無限ループのように繰り返される。
「マジか」
俺が現実を受け止めるたびに、ツチノコが泥に変わる。そして俺のイライラがまた加速する。
その時、空から影が落ちてきた。
見上げると、巨大な魚影が二つ、仲良く空を泳いでいる。一つはリヴァイアサンのような巨大なイワシ、もう一つはマグロだ。
イワシの背には、黒いマントを翻したクロマクアが、マグロの背には、小さな冠を被った奇妙な魚のようなものが乗っている。
「クロマクア……マグロ? どういうことだ?」
馬路子が混乱した。
「あいつら、リヴァイアサンイワシの保護に取り組み始めたんだよ。鰯を弱い魚と書くのが気に食わなかったからね。そして今は、マグロに逆襲しているらしい」
マスコットンが説明する。
「マジか。そこまでやったのか…」
俺が呆れて呟くと、クロマクアは俺たちに向かって手を振った。
「久しぶりだな、“自称”誤契約者! 鰯を弱い魚などとは言わせん! こいつはイワシのリヴァイアイワシだ!」
クロマクアの背に乗ったナンデナンダイが、甲高い声で叫んだ。
「なんで鰯が弱い魚なんだぁー!?」
その声に反応して、イワシが鱗を光らせ、マグロに体当たりした。マグロは悲鳴を上げて、鱗を散らす。これではまるでマグロの拷問ショーだ。
「マジか」
俺が呟くと、巨大なマグロが肉片に変わって消えていく。
「えっ、今のはお兄ちゃんの『マジナンダイ☆バリア』じゃなくて、『マジナンダイ☆パルス』だったよね? 何が起きたの!?」
馬路子が混乱する。
「…たぶん、現実を受け止めた衝撃を、この場の『ナンデナンダイ』の主張にぶつけたんだ。そうすると、その主張が崩壊して、その主張で成り立っていた存在もごく一部崩壊する。空飛ぶマグロなんているわけないんだ」
マスコットンが、顔を青くして解説した。
「マジか」
俺はバリアを展開し、クロマクアとイワシの突進を受け止めた。
「…どういうことだ。なぜ、今回は受け止めるだけなんだ?」
クロマクアが叫ぶ。
「もう飽きたからだ」
俺は冷静に答える。
マスコットンが慌てて飛び出した。
「いや、飽きるな! 今飽きたら、また全部やり直しだ!」
俺の言葉を聞き、クロマクアとイワシは、あっけなく静かに海へ帰っていった。
「なんか……、だんだん面倒くさくなってきたな」
俺はそう呟き、フリルを直した。