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2話 物理法則で怪異を討伐?マジか。

人面犬 「ワンっ。ワンっ。って、インコロの声出すのちれーな。うおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおーー」

ホエザル「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおー」

 静けさを割って、電話のベルが甲高く鳴った。受話器を取ると、矢のような女性の声が飛び込んできた。

「私、メリーさんの羊。今、あなたのところに向かっているわ」

「マジか」

「まじ……か? あなた、メリーさんの羊から電話が来て『マジか』で流すの!?」

「マジだ」

 ——ガッシャン。通話が切れた。ツーツーという機械音だけが残る。俺は、いつの間にか目の前に現れたマスコットンを見た。

「おっ、これは……?『マジナンダイ☆パルス』らしいよ。『マジか』で受けた衝撃を現実に吐き出す能力」

 窓の外には、割れた黒電話と焦げた植木鉢。電話はやけに長い延長コードに繋がれ、「メリーさんの羊」の楽譜が風に煽られている。庭がめちゃくちゃだ。


「マジか」

「これ、どうするの?」馬路子が窓から顔を出す。遠くで、近所の学校が七色に光っているのが見えた。

「ナンデナンダイの仕業だ。都市伝説を具現化してる」俺は淡々と言う。

「……マジか」

 マスコットンが得意げに胸を張った。

「七不思議が暴走して、学校はチタニウム製になって七色に光り、八尺様が『ぽっぽー』って鳩みたいな声で交通指導してたり、人面犬がなぜかアマゾンでホエザルと喧嘩してるらしい」

「うん、そこは聞き流す」馬路子が頭を振る。空を見上げると、珊瑚の龍が悠々と飛び、その腹からタツノオトシゴがぽこぽこ落ちてきた。

「ナンデナンダイ、勘違いしすぎだろ」俺は苦笑した。マスコットンは得意顔だが、植木鉢の破片がまた一つ砕ける。

「飽きた」俺が呟くと、マスコットンが必死に手を振る。

「いや、飽きないでよ! メリーさんの羊は黒電話一つで済まないよ。次は来るよ!」

 その言葉に合わせて、家のドアが律儀にトントンと鳴った。俺は一瞬迷ったが、ドアノブに手をかける。

「どうするの、お兄ちゃん!」馬路子が叫ぶ。

「マジか」俺は答え、息を整えてからドアを開けた。

「これも現実だ」

ガチャっ

ドアを開けた瞬間、そこには――黒電話の受話器を肩に担ぎ、もこもこの羊毛をまとった怪人が立っていた。

バックにはなぜか哀愁漂う一方、派手なドラムがアクセントに入った「メリーさんの羊」がBGMとして流れている。

胸のプレートにはこう書かれていた。

「黒電話50% + 大人だからラム100% = 100%」


「……足し算から、破綻してるな」俺が指摘すると、怪人は得意げに顎を上げた。

「これは私の完全形態の証! ラムは大人の味!マトン6年生を卒業し、ラム1年生になったのだ」

「いや、割合の意味……」


その時、隣の路地から一人の男が現れた。白衣を羽織り、手には分厚い『日曜物理入門』と書かれた本を抱えている。

「我は物理法則教の伝道者。名は……まぁいい。あなたの矛盾を、摩擦と慣性の名のもとに打ち砕く!」

そう言うと、男は唐突に叫んだ。なんだその比喩。わかりにくいな。

「電信信号は光速以下だが、あなたの黒電話は庭からドア前まで一瞬で移動した。説明を求む!」


「……えっと……」

怪人の耳(?)がピクピク動く。


「さらに、質量が50%黒電話、100%ラムなら、質量保存則的に……」

「ま、待って……」

「加速度は力÷質量だ! この場合――」

「ぐわあああああああああっ!」


メリーさんの羊は白い煙を上げて、そのまま庭先から消え去った。

俺はぽかんと立ち尽くす。

「……物理法則で倒すって、便利すぎない?」

男は眼鏡を直し、淡々と言った。

「たいていの怪異は、物理の概念で自己矛盾に陥れば消える。

 だが――」

その目がわずかに細まる。

「一部の怪異は、物理法則を破らない。そういう奴らは……厄介だ」


遠くで、珊瑚の龍が相変わらずタツノオトシゴを落とし続けている。それを見て物理法則教信者は必死にメモをしている。

あれは、物理法則のどの項目に入るんだろう、と俺は考えた。

「ところで――」

物理法則教信者が、唐突にノートを取り出し、空を見上げた。

珊瑚でできた龍が、依然としてタツノオトシゴをポコポコと落としている。

「ふむ……二分間で17匹……いや、18匹。これは興味深い」

「いや、あんた、そもそもあれ、空を飛んでる時点で物理的におかしいだろ」

俺が指摘するも、物理法則教信者はまるで聞いていない。

「質量保存則の観点から、いつ質量がゼロになるかを計測中だ。

 タツノオトシゴは平均15グラムとして……」

彼はペンを走らせ、信じられない速度で計算式をノートに埋めていく。

√記号とΣ記号が乱舞し、πが途中から唐突に踊り出す。具体的な質量なんて見ただけでわかるのだろうか。


「えっと、飛んでる龍の浮力とか推進力の方が……」

「重要ではない。まずは落ちている数だ。そこからすべてが始まる」

「いやいやいや、そもそも“どうやって空飛んでるのか”が……」

「それは……後で考える」

物理法則教信者のペンが止まった。目が爛々と輝く。

「もし仮に、このまま落とし続ければ……七時間後に質量がマイナスになる!」


「マイナス質量って何だよ。流石にそうなったらもう、落とさないだろ。」

「反重力の先駆けだ」

「マジか。それもうとっくに物理法則から外れてんじゃん!」


だが物理法則教信者は真剣そのものだった。

空で龍が旋回し、またポコンとタツノオトシゴを落とす。

その瞬間、教信者はストップウォッチを押し、ノートに赤いペンで「+1」と書き足した。


「……この人、倒せる怪異とスルーする怪異の基準、おかしくない?」

俺が呟くと、マスコットンが同意するように頷いた。

「うん、あれは物理法則教信者っていうより、“物理法則で数遊びする変人”だね。そういや、オラは物理法則破ってないよね?」

「「破ってるんじゃない?」」

ガクッ

物理法則教徒みたいな変人ってたまにいますよね。

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