最終話:そして、私の居場所
冬の訪れが間近に迫ったある日、私の隠れ家は、いつになく賑やかな笑い声に包まれていた。
珍しく、兄のルシアン、レオンハルト王子、そしてリリアの三人が、同時に訪れてくれたのだ。
ルシアンは、王都の高級菓子店のケーキと、珍しいワインを持参していた。
レオンハルト王子は、最新の魔導具の雑誌と、新しいボードゲームを。
そしてリリアは、自慢の手作りパンと、庭で採れたハーブで作った自家製ジャムを抱えていた。
「ヴェラ様、今日はみんなでお料理しましょう!」
リリアが目を輝かせながら提案すると、ルシアンが眉をひそめた。
「料理だと? 妹が迷惑だろう」
しかし、レオンハルト王子は楽しそうに笑った。
「たまにはいいんじゃないか、ルシアン公爵。ヴェラも、こういう賑やかなのは嫌いじゃないだろう?」
結局、私の返事を待たずに、彼らは勝手に台所へと向かっていった。
ルシアンは手際よく野菜を刻み、レオンハルトは不慣れながらも薪をくべる。
リリアは、歌を口ずさみながらパン生地をこねていた。
私は、彼らのそんな姿を、ただ穏やかに見守っていた。
食卓には、ルシアンが作った温かいシチュー、リリアの焼きたてのパン、そして持参したケーキやワインが並び、普段は静かな屋敷が、家族のような温かい賑わいに満たされた。
「殿下、このシチュー、本当に美味しいですね!」
リリアが目を輝かせると、ルシアンが「私が作った」と得意げに胸を張った。
レオンハルト王子は「まさか、ルシアン公爵に料理の腕があったとはな」と冗談を飛ばし、リリアが楽しそうに笑う。
彼らは、王国の公爵であり、王子であり、元聖女でありながら、この隠れ家では、ただの友人として、兄妹として、互いを尊重し、笑い合っている。
私が「悪役」として背負った孤独は、この温かい食卓の前では、もはや存在しなかった。
(ああ……これが、私の居場所)
私は、一人ひとりの顔を見つめ、心の中で深く感謝した。
ルシアン兄様。
あなたは、私が選んだ「悪役」の道を理解し、影で支え続けてくれた。
家訓よりも、何よりも、私という妹を信じ、守り抜いてくれた。
あなたの冷徹な仮面の下にある、深く温かい愛情が、私の心を常に支えてくれた。
レオンハルト殿下。
あなたは、私を疑いながらも、真実を追い求め、そして私の「悪」を受け入れてくれた。
王子の立場を捨ててまで、私の隣に立ち、この世界の平和を共に守ろうとしてくれた。
あなたの存在が、私が正しく「悪役」を演じるための、揺るぎない「正義」だった。
リリア様。
あなたは、純粋な光そのもの。
聖なる力を失っても、その心の温かさで、私を「悪役」の孤独から救い出してくれた。
あなたが隣で笑ってくれるだけで、私はこの世界で「私」として存在できるのだと、心から思える。
食事が終わり、暖炉の火が静かに燃える中、私たちは語り合った。
王国の未来、世界の脅威、そして、この隠れ家での穏やかな日々について。
彼らが、それぞれの立場で世界を支え、そして私という「悪役」の存在を、その一部として受け入れている。
その事実が、私の心をどれほど満たしてくれることか。
窓の外は、凍えるような冬の闇が広がっている。
しかし、この屋敷の中だけは、暖炉の火のように温かく、彼らの存在が私を包み込んでくれる。
私は、満ち足りた笑顔で、夜空に輝く星を見上げた。
かつて、あの星々は、私にとって孤独と絶望の象徴だった。しかし、今は違う。
「私は、この世界でようやく『私』になれた」
私は、もう独りじゃない。
誰にも理解されない「悪役」という役割を背負いながらも、私には、この世界で「私」として存在できる、かけがえのない場所がある。
それは、偽りの笑顔も、仮面も必要ない、心から安らげる、温かい「居場所」だった。
この物語は、ここで一旦幕を閉じる。
しかし、悪役令嬢ヴェラと、彼女を信じた英雄たちの物語は、この平和な世界の中で、これからも静かに、そして確かに紡がれていくことだろう。