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第二話:王子と悪役の、秘密の会議

 兄が訪れた数週間後、隠れ家の扉を叩く、もう一つの足音が聞こえた。


 今回は、やや緊張した面持ちのレオンハルト王子だ。

 王子の身分を隠すため、地味な旅装にフードを目深に被っている。その姿は、一見するとただの旅人にしか見えない。


「殿下、ようこそ」


 ヴェラが招き入れると、レオンハルトは深い息を吐き、ようやく肩の力を抜いたように見えた。

 王城での堅苦しい日々とは違う、この隠れ家の穏やかな空気が、彼にとって唯一の安らぎなのだろう。


「やあ、ヴェラ。……今日も平和そうだね」


 彼は、ヴェラが淹れた温かいハーブティーを受け取ると、ゆっくりと一口飲んだ。

 その表情には、王子の仮面を外した、一人の青年としての素顔がのぞく。


「ええ、おかげさまで。殿下の方こそ、ご公務でお疲れではないですか?」


 ヴェラが尋ねると、レオンハルトは苦笑した。


「ああ、それが。最近、少々厄介な事案が持ち上がっていてね」


 彼の言葉に、ヴェラの表情がわずかに引き締まる。

 彼がわざわざこの隠れ家まで足を運ぶ時、それは大抵、王国の影で進行する不穏な動きについてだった。


「実は、近隣の小国で、過去に影の魔術師を崇拝していた残党が動きを見せ始めた。

 奴らは、君が去った後も、君の『悪役』としての名を騙り、民衆を扇動しようとしている」


 レオンハルトの声には、悔しさのようなものが滲んでいた。

 ヴェラが命を懸けて救った平和を、陰で乱そうとする者たちがいる。

 そして、そのためにヴェラの「悪役」という名が利用されていることに、彼は心を痛めているのだ。


「そうですか……」


 ヴェラは、静かに目を閉じた。

 自身の「悪役」としての存在が、平和を乱す者たちに利用されるのは、彼女が望んだことではない。

 しかし、それもまた、彼女が選んだ道の代償だ。


「公には、彼らを『ヴェラと結託した悪』として断罪するしか手がない。

 だが、それでは君の真の功績が、ますます闇に葬られることになる」


 レオンハルトの瞳に、葛藤の色が浮かぶ。

 彼は、ヴェラの真の功績を誰よりも理解しているが、王族という立場上、それを公にすることはできない。


 ヴェラは、そんなレオンハルトの苦悩を察し、静かに首を振った。


「構いませんわ、殿下。私が『悪役』としてこの世界を守る道を選んだのですから。

 私の真意を、殿下と兄様、そしてリリア様が理解してくださっている。

 それが、私にとっては十分ですわ」


 その言葉に、レオンハルトは息を呑んだ。

 彼の心の中で、ヴェラへの敬意と信頼が、揺るぎないものとなる。

 彼女は、本当に私欲なく、世界の平和のためにその身を捧げているのだ。


「君は……本当に、強いな」


 レオンハルトは、ヴェラの淹れてくれたハーブティーを、ゆっくりと味わった。

 その温かさが、彼の心をじんわりと満たしていく。

 王城での堅苦しい報告会や会議とは違い、この隠れ家での「秘密の会議」は、彼にとって何よりも大切な時間だった。


「ありがとう、ヴェラ。君がいてくれて、よかった」


 彼は、心からの感謝を込めて呟いた。

 ヴェラは、ただ静かに微笑むだけだったが、その瞳には、レオンハルトの言葉への感謝と、彼への深い信頼が宿っていた。


 王子の仮面を脱ぎ捨て、一人の青年として感謝を伝えるレオンハルト。

 そして、その感謝を静かに受け止める「悪役」のヴェラ。


 この隠れ家だけが、彼らが素直な気持ちを分かち合える、秘密の場所だった。

 そして、この秘密の絆こそが、彼らが守り抜いた平和の象徴なのだ。

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