第一章二話 尾賀、入部する。
ようこそ、茶道部(物理)へ。
この物語は、「暴れたいだけの転校生」と「願いが3つ叶う学園戦争」に巻き込まれた変な人たちのお話です。
茶道の作法?知らん!
他部活への奇襲?やる気満々!
面白おかしいはちゃめちゃアクション始まるよ!
校舎の空気はぬるく、湿気がまとわりつくようだった。
教室のドアはいくつか開いているが、中に人の気配はない。
蛍光灯はついておらず、窓からの陽射しが机を斜めに照らしていた。
下駄箱から続く廊下は長く、どこまでも無駄に広い。
スニーカーの音が、時折コツリと響いてはすぐに吸われる。
そんな中、尾賀は手持ち無沙汰に、廊下の端から端までを気まぐれに歩いていた。
「しまったなぁ、報道部の場所聞き忘れちまった……。」
報道部の前に部活一覧がある──とは聞いたものの、肝心の報道部の場所がわからなかった。
「誰かいねーかー?」
当然のように返事はない。
「困ったなぁ……。」
「何かお困り事ですか?」
背後から声がする。
振り向いてみると、着物姿の女子生徒がいた。
「よう、俺今部活探してんだけどよ、報道部前に行きゃわかるって言われたんだけど、報道部前の場所わかんなくてよ──。」
「部活をお探しですか!?」
女子生徒は目を輝かせていた。
「あなた凄い強そうですよね……腕凄い……私の胴体より太い……決めました!あなた、私の部活入りましょう!そうしましょう!」
尾賀にはよくわからなかったが、とりあえず渡りに船だった。
「お、おう!よろしく頼むぜ!俺尾賀ってんだ。」
「私は茶道部部長、佐伯です。」
尾賀は気をよくして、何度か首を縦に振る。
「おうそうかそうか、ぶちょさんよろしくな!俺どうしたらいい?」
佐伯は小さく咳払いすると、尾賀の目を見た。
「勿論、職員室へ行って入部申請です。字は書けますか?」
──流石にそこまでバカじゃない。
何より、字が書けない程のバカがいる可能性に尾賀は軽く恐怖した。
「書けるわ舐めんな。この俺が外国の貧困のガキに見えるか?」
「少なくともあまり人間には見えません。」
「お、おう、そっか!」
尾賀には褒められたのか貶されたのか、いまいち腹の内を掴みきれなかった。
職員室に着くと、尾賀は鉛筆と、何やらごちゃごちゃ書かれた紙を佐伯から渡された。
「この四角いスペースの中に名前を書いてください。後は私が何とかします。」
実に簡潔だった。
尾賀にはそれがありがたかった。
「おが、としみち、っと。」
「ひ、平仮名……。」
佐伯の表情は引き攣っていたが、気を取り直して紙を受け取ると教師に渡した。
「これでいい筈です、学園戦争まで残り2日、物資調達を急ぎましょう。」
「そいやぶちょさんよ、あそこで何してたんだ?」
「部室に帰る所でした。今は皆手分けして物資を集めてるんです。」
「ほぉー……。」
佐伯は尾賀を連れて、一度部室へ戻るのだった。
茶道部の部室は、予想よりもずっとこぢんまりとしていた。
入口から一歩踏み込むと、足元はすぐに畳に切り替わり、わずかに柔らかな沈みを感じる。
室内は人が五人、無理なく寝転がれる程度の広さで、壁際に細長い机が一つ、湯呑や茶器が雑然と並んでいる。
棚には古びた風呂敷と、何に使うのか分からない木箱がいくつか積まれていた。
窓は小さく、光は斜めに差し込むだけだが、埃の舞い方がどこか落ち着いた空気を演出している。
部室というよりは、古道具屋の一角に紛れ込んだような、そんな不思議な静けさがあった。
「ぶちょさんよ、狭くねえか?」
「尾賀さんがデカいんです。」
「……それもそうか。」
事実狭かったが、学がない尾賀を論破する事は容易かった。
「ぶちょさんよ、俺どうしたらいい?」
「私と一緒にスーパーやコンビニに行きましょう!」
「部費だよな?それって。」
「足りなくなれば私費も使います。」
尾賀にはそこまでする理由がわからなかった。
「なんでだ?」
「学園戦争に勝利した部活は、なんでも願いが3つ叶う上に、卒業後就職に極めて有利になるからです。」
なんかそんな事も転入前に言われてた気がしたが、バカも大概にしろよと間に受けずに話を流したのだった。
忘れていたのも仕方ない……のかもしれない。
「なぁぶちょさん、それマジか?」
「マジもマジ、大マジです。」
これが事実とすれば、話はちょっと変わってくる。
「大金とかなんでも叶うのか?」
「叶います。」
尾賀には、どこからそんな出資されるのか、何故願いが叶うのかまでは思い至る事が出来なかった。
とりあえず勝てば凄く良い事が起きる、くらいの認識でいた。
「おう、わかった。」
「じゃあ向かいましょう。」
黒龍スーパーに着くと、店内は食料品や飲料が空だった。
「すげーな、在庫0じゃねーか。」
「遅かったですね……学園戦争までの最終入荷日が今日だったんです。」
2日前から入荷が止まる……どうやら、常識がとにかく通用しないと尾賀は思わされた。
「どうすんのぶちょさん。」
「あなた……強いですか?」
「そりゃな、ここでどんくらい強いかまではまだわからんけど。俺はつえーぞ。」
「じゃあ、他の部活を奇襲しましょう。」
まだ学園戦争始まってないよな?ん?
そう尾賀が考えていると、佐伯は続ける。
「学園戦争前に奇襲してはいけないルールはありません。学園戦争中に襲った所からの敵意が高まるだけです。」
尾賀はなんとなく理解した。
「あー、つまりあれだな。全員ぶっ潰せば解決って訳か。」
「そういう事です。」
尾賀は佐伯を小脇に抱えると、跳躍し、ブロック塀に登り、そのまま屋根に登り、走り出した。
小脇に抱える時、きゃっという声がした気もしたが、尾賀は気にしなかった。
学園前に着くと、佐伯を降ろした。
「尾賀さんがめちゃくちゃな人という事はわかりました。」
「おう、そうか!」
2人は歩き出す。
「どこ行きゃいいんだ?」
佐伯は考える。
その横顔は知性を感じさせた。
「近くなら柔道部は如何でしょう?」
「よくわかんねーけどわかった!そこ行こう!」
尾賀は考えない。
その横顔は知性を感じさせなかった。
「邪魔するぞー、道場破りだ。看板はいいから食料くれ。」
部室内が一気に殺気立つ。
「死にたいみたいだな……。」
佐伯は尾賀の背中に隠れている。
戦えないのだろうか?
尾賀はぼんやり考えていた。
「柔道部、太郎だ!かかってこい!!」
1人が前に出てきた。
利き足を前に出し、肩幅よりやや広く足を広げている。
軽く腰を落としているのか、膝が少し曲がっており、顎を引き、常に胸から肩を意識して見ている。
手は胸ほどの高さに上げており、一見隙がないように見えた。
「いい構えだ、訓練はちゃんとしてるみてーだな。」
太郎は突然前転し、距離を詰める。
「なるほどな、意表を突いて得意な間合いまで近寄る作戦か。初手1回に限り相手がフリーズして見逃してくれるいい手だ。」
前転している太郎の頭を軽く蹴ると、そのまま部室の壁まで吹き飛んでいった。
「相手が実戦豊富じゃそりゃ通用しねーべ。」
「囲めー!」
一斉に囲まれそうになるも、一人ずつ冷静に処理していった。
最初の奴にはデコピンで吹き飛ばし、次の奴には軽いチョップを頭に当て、下半身を床に埋めて意識を飛ばす。
次の奴にはビンタをして壁まで吹き飛ばすと、次の奴には首根っこを掴んで放り投げた。
相手の動きが止まる。
簡単には勝てないと悟ったようだ。
「どうした?終わりか?わりーけど、手加減しねーとお前ら死んじまうからよ、大変なんだぜ?こう見えて。」
柔道部部員達の足が止まる。
「俺が出ようッ!!!」
一人の男が前に出る。
「柔道部副主将、小枝!!参るッ!!」
「おーよろしくな。」
熱量は対照的だった。
冷めた態度の尾賀に対して、小枝は雄叫びを上げた。
「うおぉぉぉ!」
一気に近付くと、尾賀のデコピンを躱し、そのまま脚を払って背負い投げをした。
尾賀が頭から床に突き刺さる。
佐伯は両手で口を覆っていた。
「勝ったッ!!脳天をカチ割った!!」
「いってーな。」
尾賀が自力で頭を引き抜くと、デコピンをして小枝を吹き飛ばした。
「正直痛くねーけど……、まぁ避けたしな、記念に食らってやったんだよ。」
尾賀はそう小さく呟く。
佐伯が駆け寄ってくると、少し心配そうに尾賀を見上げる。
「大丈夫でしたか?」
「あぁ、なんも痛くねーから平気だ。」
佐伯の頭上にクエスチョンマークが噴き出た。
「バカ。男にはな、ちゃんと痛がってやんねーと……傷付いちまうナイーブな奴もいるんだよ。」
「そういう……ものなんですか?」
尾賀は頭をボリボリと掻くと、少し考える素ぶりをした。
「んー。わからん。」
「おいおめーら、食料貰ってくぞー。」
柔道部員は誰も手出しをしなかった。
物資を大量に持って部室に帰ると、4人知らない人間がいた。
「おう、初めまして。俺尾賀、よろしくな!」
4人は固まったまま尾賀を眺めていると、後ろから佐伯が部室に入ってくる事により、硬直は解除された。
「部長、この人……?」
「新入部員よ。」
満面の笑みで佐伯は答える。
部員達4人が尾賀を見上げる。
「この人茶道するの?」
「する訳ないじゃない。」
佐伯は即答した。
「よろしく!」
尾賀は居た堪れず、もう一度挨拶してみる。
勿論無視された。
「部活って、ある程度知識ある人しか入れませんよね?これって、学園戦争のルール違反なんじゃ……。」
「……。」
2人は黙った。
「尾賀さん!」
佐伯は声を張り上げた。
「え?おう。」
戸惑いながらも返事をする。
「茶道って何か知ってますか!?」
「利休がなんかやってて、茶くるくる回して飲む奴。」
よくわからないが、尾賀にはその程度の印象しかなかった。
「合格ッ!!!!!!!」
「えぇ……。」
尾賀と部長を除く一同はドン引きである。
「いいんです!うちの最大戦力ですから!話が通じるバーサーカー、最高じゃないですか!?」
部員達はうむむ……と唸ってしまった。
「では一度お茶を出しましょう。尾賀さん、そこ座って下さい。」
部員が尾賀に促す。
「ここか?」
尾賀は座布団の上に胡座をかく。
部員は淡々と、茶碗を茶巾で拭き始める。
抹茶を茶杓で2度掬うと、茶碗にさらさらと粉末を落とす。
お湯がその場になかったようで、ポットでお湯を淹れると、茶筅で手首のスナップを効かせるように、Mの字に手早く泡立てる。
すると、きめ細やかな泡が浮き出た。
飲み口が正面にならないよう、少し回して尾賀に渡す。
尾賀は、それを頭も下げずに受け取ると、一気に口の中へ嚥下した。
「まっず……にっが……。」
佐伯に後頭部をスパーンと叩かれる。
「あー、えっと、結構なお点前?で……。」
部員達も尾賀も表情は暗い。
「合格ッ!!!!!!」
佐伯の一声が部室内に響く。
「!!??」
一同はびっくりしていた。
当然ダメそうだなって思ってた尾賀もびっくりした。
「作法の言葉を知っていたから合格です。」
余程尾賀を合格にしたいらしい。
部員達は諦めたかのようにため息をついた。
ご拝読ありがとうございます!
バカが学園戦争で優勝を目指す話、二話目でした。
すらすら読めるように心掛けていきますので、感想、レビュー、リアクションどんどんお待ちしてます!
それでは、愚筆失礼致しました。