9.道中
「………死ぬかと思った………。」
「おいおい、こんなんでへばってたらこれからやっていけねぇぞ。」
今二人は村からだいぶ離れた森の川辺にいた。
馬から降ろされた途端ふらつき座り込んで吐き気と戦うエルピスを横目に、リヒティは小枝を集め簡易的な焚火を作ると、テネレ特性サンドイッチと飲み物の用意を始めた。
「とりあえず、水でも飲んどけ。自覚していなくても意外に喉は渇いてるもんだ。あと、何か胃に入れたら吐けるかもしれないからな。」
「………」
何か言い返したかったが何も浮かばず、エルピスは大人しくいただいた。冷たい水が喉を通り清涼感を感じる。気持ち悪さが少し軽減された。
ほっと息をついたエルピスを確認すると、もう一杯、今度は火にかけ温め始める。
「ありがとう、リヒティ。少し楽になったよ。」
「初めての旅だが今はあまりゆっくりさせてやれないからな。魔力が回復次第また先を急ぐぞ。今回剣術を教えておくから、俺が回復している間に教えた剣術を復習しておけ。」
「わかった。」
「とりあえず、ほい。サンドイッチと白湯。強風が直撃しているようなもんだからな、体も冷えているだろう。これで少しでもあったまっとけ。」
そういって渡された白湯が入ったカップを持つと、手の平から温かさがじんわり広がり、自分がいかに冷えていたのか自覚をしたエルピスは苦笑してしまう。やはり、旅慣れた大人は経験則からの気配りが凄い。無謀に一人で行かなくてよかったと改めて思った。
お腹も満たし一息つくと、火を消し、早速剣術の指導が始まった。
「じゃ、早速やるぞ。わかっているとは思うが、今回教えるのは自分の身を守るための術だ。何かあったとき、間違っても一緒に戦おうなんて思うなよ。」
「わかってるよ。」
「よし、まず握り方はーっと見えないからな、俺が握ってる手を触ってから再現って感じでいいか?指導も手探り状態でやってくかー。」
リヒティはエルピスのすぐ横につくと、エルピスの手を自身の握っている手へと重ねる。エルピスは指の位置や柄の握っている位置、刃の向きを確認にしつつ、頭の中でイメージを固めていく。だいたい出来上ると、ぱっと手を離し、持っていた短剣へと手を伸ばす。
初めて鞘から抜いた剣は腰につけていた時よりも重く感じ、少し震えてしまった。
頭の中で描いたイメージをもとに再現していく。柄の握っていた位置、刃先の向き、指の位置、握る強さ、もう一方の手で確認しつつ、イメージ通りだとわかると、リヒティへと顔を向ける。
「………うん、大丈夫だな。ただ、力が入りすぎている。もう少し力を抜いて……そうだ。よし、次は振り方を教えるぞ。まずはエルピスの腕を俺が操作するから、力まずに刃の向きを想像しながら動きを覚えてくれ。」
振り下ろし、薙ぎ払い、振り上げ、突き出し、動作を何度も何度も繰り返す。手を離してもエルピスが同じ動作をできることを確認すると、今度はリヒティ自身の筋肉の動きと早さを触感と音で体験させる。
再度エルピスの手が離れるまで何度も繰り返するのと同時に、魔力がどのくらい回復しているのか確認する。自然の方が大気中に漂っている魔力を精霊が吸収しやすく、自分へと送ってくれる。他に魔力を回復するやり方は休息しかない。特に寝る、または瞑想をすると回復が早い。今は指導しているため精霊からの供給での回復のみだが、指導がひと段落着いたら瞑想でもして回復を早めようと計画をたてる。
エルピスの手が離れ、再度短剣を構え、先ほどよりも力とスピードの入った振りを披露する。
「うん、大丈夫だな。その動きを忘れずにな。俺は回復の瞑想に入るから、俺が声をかけるまでできる限り続けてくれ。」
「わかった。」
一人先ほどの動きを繰り返すエルピスを見届けると、少し離れた場所で瞑想を始める。
風が木々の葉をゆらす音、川のせせらぎ、剣を振る音、鳥のさえずり、様々な音がすべて遠のき、自分の呼吸音と鼓動のみの世界に入る。血と同じように体をめぐる魔力を感じ、どのくらい走れるか計る。
(もう少し回復した方が日没前まで走れるな。魔物の気配もないし、もう少し続けよう。)
相方から贈られる優しい魔力を感じつつ、瞑想を続けるのだった。
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「よし、そろそろ出発するぞ。…だいぶ汗かいてるな。そこの川で顔洗ってこい。今度は風があまりあたらないように障壁も張って行くか。」
「えっ、そんなこともできるの?」
「あぁ、障壁と強化で魔力消費も激しくなるが、その分風の抵抗が緩和されて早くなる。長い時間走った方が早く王都に着くのか、魔力消費が多い分休憩を挿む回数が多くなるが短時間で距離を稼げるこちらの方が早いのか、どちらが良いかはあまりわかってないから実験的にやってた。」
「………ソッカー。」
ならば初めから障壁を張ってくれれば気持ち悪い思いをせずにすんだのでなはいかとエルピスは思ったが、無理を言って旅に連れてきてもらった自覚はあるため、文句はのみこみ渇いた笑いを返すのだった。
馬に回復魔法を施すと、また強化と今度は障壁もはり跨る。
先ほどと同じスピードで走り出すが、風圧がないせいか吹き飛ばされそうな不安感もなく、安定していて話す余裕も出たように思える。
…実際のところ振動が凄すぎて話せば舌を噛むこと間違いなしだが。
「ねぇ、夜、の、とき、に、はな、し、き、いて、ほし、いんだ、けど」
「……わかった。舌噛むからそれ以上話すな。」
王都へはまだまだ道のりは長い。リヒティは先ほどの走りでだいたい二日分だろうとあたりをつけ、魔力のある限り走り続けるのだった。




