56.
エルピス達が門前に着くと、門が解放され、そこから街の様子が少し見えた。
そこは先ほどまでの活気とは程遠い阿鼻叫喚の嵐になっていた。
あちらこちらで火の手があがり、町人達が悲鳴をあげて逃げ惑う。
騎士は誘導と水魔法が使える者は消化活動のために散り、街を駆け回っている。
『町人は誘導に従い、街の外へ避難せよ!各騎士達は異変があればすぐに報告されたし!』
副団長の声が街全体に響き渡る。町人達は一人また一人と無事に外へ脱出し、呆然と煙があがる自分達が今まで住んでいた街を見上げていた。
「あぁ…家族の思い出が…」
「ここまで積み上げた功績が…」
「私達の住む場所が…」
「あぁ、ソレイユ様、ルア様、息子をお守りください…」
各々呟く言葉は違えと皆同じように絶望し、瞳の中が暗く沈んでいく。
そんな町人達の様子を見て遣る瀬無くなったエルピスは仲間に向かって叫んだ。
「僕達も消火を手伝おう!」
「そうね!私達の修業の成果をここで存分に発揮してやるわ!」
「っ!待て!」
リヒティは走り出しそうな二人の腕を掴み、踏みとどまらせる。
大きな一歩を挫かれた二人は眉を吊り上げリヒティを睨んだ。
「リヒティなにするのさ!」
「早くやらなきゃ街の人達が!」
「わかってる!…わかってるが…」
リヒティが苦悶の表情で地面を睨みつけ、二人を掴んでいる手に自然と力がこもり、ミシッと小さく音をたてた。
苦痛に歪む二人の表情にも気づかず、悩まし気に視線が揺れているリヒティの様子に二人は冷静さを取り戻し前に出ていた足を戻した。
なかなか二の句を告げないリヒティにエルピスはため息をつくと、後方で様子を窺っている三人に視線をうつした。
「……他のみんなは水魔法って使える?」
「私は得意属性の一つですので、消火活動に参加して参りますわ。」
「水は使えないけど、土魔法が得意だからな。ヒメサマの援護にまわるか。」
「私も水魔法は使えますので、先に行くとしましょう。」
「うん。お願いね。危険だったらすぐに避難してね。僕にとって町人よりも皆の方が大切だから…。」
「………そう言いつつも、誰かが亡くなればあなた様は悲しむでしょう。……そうならないように全力を尽くします。」
「……うん。」
街へと駆けていく三人を見送ると、改めてリヒティへと向き直る。
変わらず暗い表情の兄貴分にエルピスは苦笑を漏らす。
「リヒティ、何が心配なの?僕たちは前よりも魔法の力が上手く使える様になって暴発も誤射もしないようになってきたと思っているけど。」
「………そこのところは心配していない。」
やっと心の整理がついたのか、地面に向いていた視線がやっと二人へと戻り、瞳の輝きも少し陰りがあるも、輝きが戻っておりホッと息をつく。
「じゃあ、何が…」
「お前らの力はいくら制御しようが通常の人間よりも大分力が強いんだ。」
「まだまだ抑えなきゃ人に危害がってこと?」
「違う。………使えば、一発で、敵にばれるってことだ。…そして、強大な力には、普通の人間は、尊敬か畏怖を抱く。」
「「!!」」
「敵がいるここで力をつかえば、これからの旅路が今まで以上に辛いものになる。そして、町人からは「っあはははは!」」
リヒティが本気でこれからのことを案じてくれていることは伝わってきたが、エルピスには無駄な杞憂に思えて、そして変わらない、いや過保護になったリヒティになんだか笑えてきて、話し途中で噴き出してしまった。
馬鹿にするつもりは全くないが、この笑いを早急に治めない限りは誤解されてしまうだろう。目尻に滲む涙をぬぐいつつ、エルピスは謝罪を口にした。
「ふふっ、笑っちゃってごめん。心配してくれてありがとう、リヒティ。でも、よく考えてよ。今回の敵は僕達をもう認識しちゃってるんでしょ?なら、こそこそ見つからないように動き回るのはもう無駄だよ。」
「……」
「たしかにそうね。そうじゃなきゃ、変なヒントをリヒティにあげるわけないもの。あと、姿をくらましたり、ね。」
「…………そうだ、な。」
「それと、街の人達からの僕らに向けられる感情とか視線に関しては………もうとっくに覚悟を決めてたんだ。」
「!」
「セレスを救う時、何の加護もない僕はルア様の圧に耐えられなかった。…怖いとも感じた。そして、コミエ村で力を借りた時に、力が宿った時に、いつかあの時僕が感じた恐怖を、僕が誰かに同じ思いをさせてしまうかもしれないって、そう思ったんだ。」
「……エルピス……」
エルピスの覚悟が決まっている顔に、リヒティの瞳に残っていた暗さが一掃され輝きが戻る。その様子を見届け、二人は満足そうに鼻息を噴き出した。
「リヒティは心配し過ぎよ!…まぁ、多少は、ね、覚悟決まってるつもりだったけど、なんてこともあったけど…いつまでも後ろに隠れている子供ではいられないことも分かってるつもりよ。」
「逆に僕達の方が力が強いんだから、リヒティ達のことを僕達が守るよ!」
二人らしい言葉にリヒティの口角があがる。自然と強く腕を掴んでいた手が緩み両腕が体の横にだらりと垂れる。
「”守る”なんて言葉はもっとうまく魔法が使える様になってから言え。」
軽く小突かれたエルピスの体が少し揺れる。三人で小さく笑い合うと改めて火の手があがっている街を見やる。
先に行った三人の働きもあってか、先ほどよりも少し火と煙の勢いが落ち着いているように思えるが、まだまだ鎮火には程遠い。
「さて、僕達も早く行こう!」
「まぁ、魔法を使ってる間は二人は無防備になりやすいから、二人は魔法、俺が外敵からの守りでやった方が安心だな。」
「外敵……そうよね、この騒動は敵が起こしてることだから、私達を襲って来る可能性が高いのよね。」
「ついでに言うなら、セレスはまた連れ去られるかもしれないしね。」
「もうそう易々と連れ去られないわよ。」
むっとした顔で抗議をするセレニテにエルピスは楽しそうな笑い声で答える。そんな二人の様子に後ろを走るリヒティは一緒に笑いながらも心の中で懸念が浮かぶ。
(神とはいえ、人に宿っていれば負の感情が蓄積されていくはず。そうなれば二人はーーー)
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街に入った三人は噴水という水場がある広場へと走っていた。そこが街の中心地に近く、水があるため魔法が発動しやすく広範囲に効果を行き渡らせることができると踏んだためだ。
まだ逃げ惑う人々の悲鳴と騎士たちが誘導のため張り上げている声があちこちから聞こえる。
流れに逆らって走っている三人は肩がぶつかりながらもなんとか広場へと辿り着いた。
「はっ、はぁ、はぁ…なんとか着いたわね。」
「はぁ、はぁ、広場には、はぁ、先に来たみんな、いないね、はっ、はぁ…」
「道中にもいなかったからな、別の場所で消火をしているか、もしくは敵を追いかけているか…。この火…魔力を帯びているな。火に含まれている魔力が妨害して、俺じゃメッセージが上手く飛ばせない。…まぁ、他の奴らのことを考えてもしょうがない。俺達はやるべきことをやるぞ。」
「うん!」
「まかせて!」
二人は力強く頷くと噴水へと手を沈めゆっくりと魔力を浸透させていく。魔力を帯び始めた水が透明から徐々に翠に輝きだし、二人の顔を照らす。
普通の人間にはできない御業に、リヒティも警戒しつつ見入りそうになる。
「セレス…いける?」
「うん、やれるわ。」
「いくよ。せーの!」
エルピスの号令とともに水が浮き上がり、宙に浮いた水が体積をどんどん増していく。二人の魔力をさらに注がれた水は直視できないほどに光り輝き、リヒティは咄嗟に目を腕で覆った
その水は徐々に上空に上がり、街全体を翠の光で埋め尽くす。
上空に上がることにより、上にあった水蒸気を取り込みさらに体積を増した水の塊は今では街とほぼ同じ大きさにまで膨れ上がっている。
「これくらいなら一気にいけるね。」
「じゃあ、同時に解除ね。せーの!」
注いでいた魔力を同時に切ると、その水を意思を持っているかのように火の手が上がっている場所目掛けて降り注ぎ、街全体を消火していく。
「これは…」
ただ消火するだけじゃない、傷ついた騎士の体に水が触れると傷を治し、疲労で重い体が癒され活力が漲っていく。
この不思議な雨に外へと向かっていた町人や騎士が立ち止まり空を見上げる。
雲一つない空から翠に輝く光が降り注ぐ光景はまさに奇跡。
「あぁ、ソレイユ様、ルア様…」
誰ともなしにニ柱へと向かう感謝の念と崇拝の心。
涙を流し、抱きしめ合う家族や恋人。
完全に火が消えた時、大きな歓声が街に響いた。
その歓声を広場で聞いていた三人は緊張で強張っていた体を弛緩させ地べたに座り込んだ。
「……やっちゃったね。」
「やれちゃったね。」
「やれたな。」
一先ず目に見えてる脅威がなくなり、三人は笑い合う。
「さっ、後は問題の事務員を見つけるだけだな。」
「他に仲間がいるかもしれないから注意ね。」
「また被害が出る前になんとか捕まえないと。」
「一先ず他の三人とは合流したい。出来れば副団長ともな。これからメッセージ送るからちょっと待っててくれ。」
「OK」
「わかったよ。」
メッセージのやり取りを始めたリヒティの後ろで、二人は緊張で疲れた体を少しでも休ませるために目を閉じて深呼吸を繰り返す。
(全焼する前に何とかなって良かった。)
エルピスがホッと息をついていると左側から温かな重みが肩にのしかかった。左側にいるのはセレニテだ。セレニテの呼吸が左耳を掠める。
「ねぇ、エル。私達の力はやっぱり人のためにあるのよね。」
その言葉はセレニテ自身が噛みしめる様に、自身に刻み付ける様にゆっくり放たれた一言だった。
「……うん。」
それだけで、セレニテ自身がソレイユの力を宿している現状に不安を抱え、またもしもの時の覚悟を決めているのだと感じ取れる。
(その時は、僕はセレニテの傍に居続けよう。)
そんな未来が来ないと願いたい。
だが、”絶対”はないこの世界。
遣る瀬無さを感じて黙っていると、右耳にさらりとした髪が触れた。
「みーつけた」




