49.抗えないもの
エルピスが慣れるまではオラクルが強化魔法をエルピスに施し、走り抜けることが決まった一行はセレニテの様子に合わせつつ、着実に遺跡までの残りの距離を縮めていた。
走り抜けている間に、セレニテの方は着々と持続時間を伸ばしており、今では50分ほど連続して使用出来る様になっていた。
が、エルピスの方はどうかといえば
「はーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「あああああ、エルピスの髪の毛が重力に逆らっている!」
「修練が嫌になっちゃった?!」
「エルピス様落ち着いてください!」
「鎮まりたまえ清めたまえ…」
「なんかいろいろ間違えてるぞオラクル。」
修行僧のような修練を毎日しているせいか集中力が完全に切れ、今までため込んでいたストレスを発散させるように魔力を大放出しているエルピス。その魔力の密度は圧倒的で、近くに生えていた草花が生と死を高速で繰り返している。
「それにしても、魔力でこんな枯れることも、成長が促進されるのも見たことがないぞ。創生神の力は私たちとは違う質を保有しているということか?精霊が創生神の一部とは聞いていたがその質は小さくなることにより変異いや表に出ないだけで私たちも持っているのか?いや違うエルピスだからか?私たちの魔力と混ざり合い精霊も唯一無二の存在になっている。それが1年前の事件で証明されている。ならエルピス自身の魔力と創生神の力が混ざりあいこのような現象を起こしているのか。エルピスの魔力の混ざる前の性質を調べてみたいものだが今のところそこまで測定できる機械も術もない。ならばーーーー」
「ヴェスティ、怖い感じになっちゃった。」
「久しぶりだな。あそこまで研究者モードになるのも。」
「ほっほっほっ、遺跡ではたくさん見れますぞ。」
「ある意味、生き生きとしてはいますわ。」
四人は二人の奇行がなかなか収まらないと判断し、休憩時間を伸ばすため、片付け始めていた道具を再度広げ始めた。今では休憩時間はヴェスティとエルピスが修練に明け暮れ、他の四人がご飯の準備やお金になる素材の分別をしている。道中で見つけた薬草や魔物を解体したときに出た素材たち。川原でたまに見かける翡翠も本物かどうか判断しなければ荷物になってしまうため、見つけては光に当て判別している。
薬草をオラクルとセレニテが、魔物をリヒティが、翡翠をエーデルがそれぞれ担当し、判別していく。
「セレニテ様、こちらが痺れ草。名の通り、食べると体が痺れて動かなくなるものです。」
「葉っぱがぎざぎざしてるのね。」
「その通り、そこがこの植物の特徴です。」
「でも…こんな薬草役に立つの?」
「痺れ草は様々なことに活用できるのですよ。たとえば”毒をもって毒を制す”という言葉があるように、痺れた体を治す痺れ草を使った解毒薬を作れますし、お香にして焚くことにより、敵の動きを阻害することが出来たり…今ぱっと思い出せるのはそれくらいですな。」
「それって私でも作れるようになれるのかしら?」
「知識のある者から習えば、あるいは。薬草学はとても難しいのです。この旅が終わりその気持ちに変わりがないようでしたら、私の方から紹介状を一筆送りましょう。学術都市ケントニスでも、町にいる名のある薬師でも、どちらでも繋ぎますよ。」
「………オラクルって顔がひろいのね。」
「ほっほつほっ、セレニテ様よりも長生きしておりますので。それと、祭司として様々な所を巡りました。そのうちに繋がりができていきましたので。」
「流石祭祀様ってところかしら。…この旅が終わったら…オラクル。お願いね。」
セレニテの両目が山を描き、口角が少し上がる。歳不相応の大人びた笑みが、オラクルをまっすぐ捕らえる。
その笑みを正面から直視したオラクルは、はっと目を開き、ゆっくりと頭を垂れた。
「セレニテ様の御心のままに。」
「やだ、オラクル。そんな畏まらなくて良いのよ。」
あははっ、とセレニテから軽やかな笑いが零れる。今度の笑みは年相応の無邪気なもので、オラクルの肩が安堵に下がる。セレニテもエルピスも15歳の儀式をしたとはいえ、まだまだ子供だ。大人の庇護の元少しずつ大人としての責任感や我慢強さ、戦うすべの技術を習い成長していくところを、今回の件で一足飛びに大人になっている。
そうならざるをえなかった
二人とも常に笑顔でいるが、それが子供の強がりだと大人達は気づいている。暗い顔をしたところで、泣いたところでどうにもならないことも分かっている二人だから、笑顔でいるのだとも分かっている。だから大人たちは戦う。この子供たちの笑顔がこれ以上陰らない様に。
(そして、ソレイユ様と創生神様を守るために。)
大人たちは今日も戦うのだ。
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「落ち着いたか?」
「………うん、だいぶすっきりした。」
あれから数十分。エルピスは思うがままに魔法を操り(周りに被害が出ない最小限で)今までのうっぷんをはらし、いい汗かいたと言わんばかりのすっきりとした顔で立っていた。
エルピスの周りの土は荒れ、草花は最終的に枯れはて、先ほどまではあったはずの雲がない晴れ渡った青空になっていた。
「こんな長時間魔力放出をしても魔力枯渇になってないとは……規格外だな。」
「これも全て創生神様の御力だよね。ありがとうございます。」
胸に手を当ててお礼を言うエルピスにヴェスティは神聖さを見出した。今まで信心深い方ではなかったが、今この瞬間だけは神に祈りたくなり、組んでいた腕をゆるりと解こうとして、再度強く組み直した。
「それにしても……この周りの状態はどうにかしないとちょっとした騒ぎになるぞ。下手すりゃ敵に目的地がバレる。元に戻すことは出来るか?」
「…空は無理かも…地面の方はどうにかするよ。」
「あぁ、頼んだぞ。」
ヴェスティからの助言を聞き入れたエルピスは早速と地面と両手をつけて作業に入った。それを見届けたヴェスティは一人仲間の元へと先に歩を進める。
前で組んでいた腕はいつのまにか二の腕に手が移動し、鳥肌を立てている両腕を治すように数回擦る。心なしか体も小刻みに震えていた。
(やはり、長時間神の力を感じてはいけないな。最初は良いが、魔力の密度で畏怖が蓄積されていく。それに)
ソレイユとルアの二人が常に表舞台に立たない理由がこれでなんとなく察せられる。畏怖だけではない、抗えない吸引力、属従感。信心深くないヴェスティでさえも、頭を垂れ涙を流したくなるこの気持ち。
(ーーーやめよう。これ以上考えては危険だ。)
腕に爪を立て瘴気を保たせる。それぐらいしか今のヴェスティに抗う術はなかったのだ。




