44.一方そのころ
ーーーーーーー何度か攻撃を仕掛けても、弾かれるは避けられるはでまったく攻撃が効かない、ってことで逃げることにしたんだ。オラクルみたいな転移魔法を俺は出来ないからな。エーデルを担いで敵の攻撃を防ぎつつ逃げてたが…あいつ急に距離を詰めたかと思ったら、空に打ち上げてヴェスティの家までぶっ飛ばしやがった…。」
焚火の爆ぜる音と梟の鳴き声が夜の森に響く。
ガルブの森に転移した六人は怪我人がいることを考慮して、一晩そこで過ごすことにした。リヒティとエーデルはエルピスとセレニテに治療を施され、ヴェスティとオラクルは野営の準備をそれぞれ担当し、今リヒティとエルピス以外の四人は寝静まっている。
しばらく二人の間で無言が続き、エルピスは手に持っていたお茶を飲み干した。
エルピスはリヒティの話しを聞きつつ、一年ぶりに見たデリックの姿を思い浮かべていた。
一年前よりも精悍さが増したデリックは、表面は嘲笑っているが瞳の奥に悲しみの炎がちらついている、そんな苦しんでいるようにも見える顔をしていた。
(前はあんなに自信満々で怖いものなしな俺様だったのに…)
変わってしまった友人にエルピスの胸中に遣る瀬無さが去来する。
(村が焼けた時、デリック達はたぶんそこにいた。そして、何かを見たか吹き込まれたかしたんだ。)
まるで網膜に焼き付いたかのように、村人の死んだ顔が目の裏でちらつく。殺され、焼かれた光景を見たデリック達は悪夢に苛まれていないだろうか。
(そんなこと、僕が心配する義理もないか……でも、)
まだ幼かったころ、目が見えなくなる前にみんなで遊んだ思い出が胸をつく。未来に希望しか見いだせなかった優しい日常。目の奥がじわりと熱くなり、エルピスは誤魔化すために目を閉じた。
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翌朝、太陽が雲に隠れ清々しい朝とは言えない日だったが、そんな空気を一掃出来てしまいそうな明るい声が朝の空気を震わせる。
「おはよう!リヒティとエーデルの怪我はもう大丈夫?」
「おはようセレニテ。俺の方はもうだいぶ回復してるぞ。後は体が怠いからそれが抜ければ完璧だな。」
「おはようございます、セレニテ様。私はリヒティほど酷い怪我ではなかったので、もう大丈夫です。ご心配おかけしました。」
「怪我すると回復するために体力使うって話しだから怠いのかな?まぁ、回復したなら良かった!」
セレニテ達が楽しそうに会話している横で、エルピスはヴェスティ達とこれから向かう場所について話し合っていた。
「ーーーってことは、その遺跡に行った方が良いのか。」
「そうですね。そこに行けばセレニテ様とソレイユ様の融合をどうにかするヒントがあるかもしれません。」
「何もなかったとしても、歴史を知ることは良いぞ~。新しいものを見つけた時は興奮して夜も眠れなかったな~。」
ヴェスティの顔がだらしなく崩れ、遺跡に向かって目からハートを飛ばしているようにも見える。
「………エルピス様見てはいけません。目が汚れてしまいます。」
ヴェスティが見えないようにエルピスの目を隠しつつ、オラクルは侮蔑の目を向ける。
そんな目には慣れ切っているのか、気づいていないのかヴェスティは機嫌よさげに鼻歌を歌うのだった。
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ところ変わって、学術都市ケントニス。
研究施設の一室で、二人の人物がソファで向かい合っていた。
「逃げられた、と。」
「あいつの仲間の中にオラクルがいるってよ!」
「王都の祭司か…面倒な奴がいたもんだ。」
「そんな面倒なのか?」
「最高位の祭司だ。魔力も歴代の祭司の中でトップレベル。転移魔法も使えるって話しだ。」
「あぁ!デリックが急に現れたのはそういうことか!…転移かぁ、俺も使える様になりて~!」
「ふん、ソレイユさえ手に入れば簡単だろう。」
「カミサマを呼び捨てなんて罰があたるぞ?」
「ソレイユは神などではない。紛い物だ。私はそれを世界に広める。今度こそ、真実を詳らかにして見せる!」
握りしめた拳をソファに叩きつけながら、呪詛のように言葉を吐く。
そんな相手を目の前の少年は楽し気に見ているのだった。




