37.黒い力
未だ眠り続けているエルピスは穏やかな表情をしているが、精神世界では穏やかとは程遠い混沌とした状態になっていた。
「妖精の…集合…体…?………じゃあ、僕は、妖精に殺されたってこと………?」
エルピスの動揺と連動するように地面がまた揺れ始める。暗闇だけだった世界に今まで住んでいた村、リヒティと立ち寄った町、街道、王都の儀式の間などが次々と写しだされてはぐにゃりと歪み、暗闇の中に消えていく。精神世界が崩壊しそうなほどの揺れが二人を襲う。微動だにせずエルピスを観察していた創生神は、徐に近づくとエルピスの背中に腕を回し優しく叩く。
ぽん ぽんっ ぽん
それはほんの少し触れるくらいの優しいタッチで、リズム感もないばらばらな叩き方でただ知識としてあったやり方を真似てみたのがありありとわかる、そんな叩き方だった。
小さいころにセレニテと二人、雷が怖くて泣いて母親にしがみ付いて慰められたそんな思い出を、まったく違うのに思い出させてくれた。
不器用な神様の優しさに触れて、エルピスの動揺も落ち着いていく。
村にいたころは同世代の中では落ち着いている子供のはずだったのに、旅に出てからは驚いたり泣いたり怒ったりと、心が忙しなく動いている事実にエルピスは小さく苦笑をもらした。
「創生神様、ありがとうございます。」
「人の子はすぐ感情をかき乱す。ルアとソレイユもよく泣いていた。」
「泣いてはいないですよ!……ルア様もソレイユ様も辛い時期があったのですね。」
「…二人ならやり遂げると思い力を託したが…何度も泣きながらこの世を嘆いては決意を固めていた。」
「そうなのですね…。っと、話しが逸れてしまいましたね。」
エルピスは創生神から一歩離れると、座って話すため景色を暗闇から自宅へと変えようと集中するために目を閉じた。
(自宅…一階のリビングが良いよね。日当たりがよくて大きいふかふかのソファーが置いてあったあの場所。みんなが集まってた場所。)
小さいころはボードゲームをした。大きくなってからは勉強をするための場所になった。それ以外にもみんなとのんびりしたり、色々な話しをした思い出の場所。
そんな所で、今何が起こっているのか、これからの世界の命運を聞くことになるとは思いもしなかった。
エルピスが再び目を開けると、そこは思い描いた通りのリビングが広がっていた。ソファーを撫でると、そのままの質感が手の平を撫でた。
現実では燃えてしまったその場所に苦しくなりそうだったがぐっと耐え、神の手を引く。
「創生神様、とりあえずこちらにお座りください。立ったまま話すと疲れてしまいますから。」
「我は疲れないが…人の子はすぐに疲れるからな。」
「ふふっ、そうです。なので僕のために一緒に座りましょう。」
大人しく腰掛けてくれたことを見届けると、エルピスは真向かいに座り、改めて尋ねる。
「あの時会った化け物が創生神様の力の一部である妖精だということは分かりましたが、どう集めたのか分かりますか?」
「集め方ならもう知っているはずだ。」
「知ってる?」
そう言われ、これまで教えてもらったことを一つ一つ思い出していくと、リヒティが言っていたことを思い出した。
「………まさか、禁術…ですか?」
人と妖精の契約を無理やり消滅させる行為。その後妖精と人はどうなるのか教えてくれなかったが、碌な目に遭っていないのかもしれない、と勝手に思っていた。その謎が今解けようとしている。
「そう、禁術だ。刻まれた契約を無理やり消滅させる魔法。…我も人の知恵を侮っていた。まさかこんなことになってしまうとは…。」
「………。つまり、禁術を使って妖精を一つに集めて、大きな力を作りだし僕を襲った、ということですね。ソレイユ様を取り出すためなんだろうけど、なんて…酷いことを…。」
敵がやっていることが少しずつ分かってきたが、謎が解ければ解けるほど、やっていることの惨さを理解してしまう。
「…なぜ妖精たちは黒い塊になってしまったんでしょう…瘴気もでていましたし。」
「黒い塊になってしまった原因は、歪さが招いたのだろう。」
「歪さ?」
「元は我の力ではあるが、長い時を経てその人間の持っている力、魔力と融合していく。そうなると純粋な我だけの力とはいいがたい。」
「…たくさんの力が集まったはいいけど、力を無理やり融合したことで黒い塊へと変容した…。」
(あれ?)
あの化け物は
人の形をしていなかっただろうか
「……創生神様、僕を襲った妖精たちは大きな人の形をしていました。……まさか…」
「…………そのまさかだ。」
エルピスの息をのむ音がやけに大きく響いた。あたりが痛いほどの沈黙に包まれる。
「その力を、あやつらは無理やり人に憑依させたのだ。」
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
「っ!!」
目を開けるとそこは真っ暗でまた目が見えなくなったのかと思ったが、徐々に目が慣れ、ぼんやりと周りが見える様になっていく。昨夜泊まった寝室の天井に、顔を横に向けると眠っているセレニテの顔があった。その穏やかな寝顔に強張っていた体の力が抜け、ほっと息をつく。
上半身だけ起き上がり周りを確認すると、セレニテ以外の人はいないようで、扉からほんの少し明かりが見えることから、他の人はまだ起きて何かをしていることは察せられた。
眠っている間に汗をかいたのか、シャツが体に張り付いている。エルピスは着替えるためにベッドからそろりと抜け出すと、音を立てずに廊下へと出た。
「あっ、ヴェスティ!良かった!創生神様には大丈夫って言われてたけど、心配だったんだ。ちゃんと戻ってこれたんだね。」
「あぁ、エルピス起きたか。結構寝てたが、カミサマには色々聞けたか?」
ほっとした表情で駆け寄るエルピスに一階の研究室に行こうとしていたヴェスティは足を止め、エルピスに異変がないか素早くチェックする。
(特に外見的には変わってないな。残念。)
「色々…とは言えないけど、一番知りたかったことは聞けたかな。」
「ふむ、何を聞いたのか教えてもらっても?」
「いいよ!っとその前に、服を変えたいんだけど、ヴェスティの服を借りても良いかな?持ってた服は今乾かしてるところで…。」
「ならこっちだ。一階の研究室に替えの服が置いてある。」
「ありがとう。」
一階に降りた二人は着替えてる途中で悲鳴をあげる。一人は悲痛な声で、もう一人は歓喜の声を。
「ぼ、ぼくの、僕のち〇ち〇が…!!!!」
「ぅおっほ!そうなってしまったか!!オラクルが言っていたことは正しかったんだな!」




