33.精神世界
ーーーーーーー気が付くとそこは暗闇の中だった。
エルピス自身は光に包まれているのかはっきりと見えているが、周りは暗闇しか見えず、立っているはずなのにだんだんと平衡感覚が狂い始め足がふらふらと揺らぐ。
(ここは?…あの夢と似てたようなとこだな…)
体の揺れと一緒に思考も揺れ、意識がはっきりしない。しっかりしようと頭を振るが、さらに揺れが酷くなり片手で頭を支えるはめになった。
(しっぱいした…とりあえず、ゆっくりでもいいからきおくをたどろう…)
ゆっくり時間をかけて今ここにいたるまでのことを整理していく。
コミエ村を旅立ったこと、セレニテを救出したこと、オラクルとエーデルと一緒に旅に出たこと、学術都市に着いたこと、そこで色々と実験をしたこと、それからーーーーー
(そうだ…ヴェスティに魔法をかけられて、それで…)
「あの呪文が…魂がどうのって……魂が…繋がってる?」
「当たらずも遠からずって感じかな~?」
「!!!」
声の方へ振り向くと、そこには青く光る玉が浮かんでいた。光っていてよく見えないが、薄っすらと一部に模様が描いてあるように見える。
その光る玉を困惑して見ていると、その光はエルピスの周りを飛び回り、顔の前でぴたりと止まった。
「無視なんて酷いじゃないか~。」
何かを訴えるかのように激しく明滅する。顔はないのに、気分を害した表情をしているように見えて、感情豊かなその光を宥める様に両手で包むとゆっくりと撫でた。
「ごめんね。何が何だかよくわからなくて混乱していたんだ。…ヴェスティ、であってる?」
「あってるよ~。ところで、なんで撫でてんの。」
「………くせで?」
「子供はいいかもだけど、大人にはやめなさい。」
撫でるのを止めると、その光はまた宙に浮きあがりエルピスの前をふよふよと飛ぶ。なんだか捕まえたくなったが、一先ず我慢して話しを進めるために口を開いた。
「ヴェスティ、ここはどこなの?」
「ここはエルピスの精神世界、とでも言えばいいかな?私の魂を直接エルピスの中に入れている状態だね~。」
「え、えぇ?!そんなことして大丈夫なの??!!」
「かなり危ない。下手すりゃ元に戻れなくて、良くてここに残留、悪くて消滅だね。」
「しょっ!え?!」
かなり危険な状態なのに平然としているヴェスティが信じられず、ますます混乱する。そんなエルピスの心情と連動するように地面(たぶん足をつけているところが地面のはずだ)が強く揺れ、立っていられなくなり膝をついてしまった。
「まぁまぁ、落ち着きな。精神世界だと言ったろ?あんたの動揺がこの世界に影響して自分も危うくなる。」
「…!……わ、わかった。」
ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせていく。そうすると揺れも収まり、最初と同じ状態に戻っていった。これで一先ず安心だとほっと息をついた。
「この魔法を発動するために、オラクルに協力してもらっている。それと、オラクルからセレニテに戻すための協力要請をしてもらっているはずだから、たぶん大丈夫だ。さて、魔法が切れる前に、やりたいことやっていくぞ~。」
「やりたいこと?」
「そうだ。自分が何のために、こんなことをしているか。答えは簡単だ。あんたの中に入っている力の元に会うためだよ。」
「!!!」
「夢の中で会ったことがあるって話しだったし、あんたの妄想じゃなければ、この方法で会えるはずなんだ。」
一研究者としての好奇心が原動力なのかもしれないが、自分達の問題解決のために、ここまでしてくれるヴェスティの優しい心にエルピスの目がじんわりと熱くなる。
「ところで、いつまでも暗い所にいるのも気が滅入るし、とりあえず景色を変えてくれないか?」
「え…」
「ここはあんたの精神世界だと言っただろ?なら、あんたの思いのままに変わっていくはずだ。」
「思いの…ままに…。」
ヴェスティに言われ、どんな景色にしようか想像を膨らませる。自分たちが育ったコミエ村。みんなと追いかけっこした草原。山菜を採りに行った森の中。セレニテと一緒に行ったという森の奥にあった泉。
「………。」
気づくとそこは色とりどりの花が咲き乱れ、中央に泉のある森の中だった。
その景色を見た瞬間、心臓が強く跳ねた。
セレニテの話しから想像で再現をした事件現場。初めて見る景色のはずなのに、これを見た途端心臓がドクドクいっている理由は体が覚えているからなのだろう。
胸元の服を強く握り、落ち着こうと深呼吸をくり返す。
(大丈夫。もう終わったことなんだ。今は目も見えているし、もう化け物はいない………
本当に?
瞬間、
あの時の二人が、小さな頃のエルピスとセレニテが浮かび上がる。
二人は泉の近くでしゃがみ込むと近くの花を物色し始め、何事かを話しては笑い合って、エルピスは左に、セレニテは右へと少しずつ離れていく。
(だめだ)
この再現を止めたいのに映像は止まらない。
小さなエルピスがふいに顔を上げ、大きく目を見開く。
(これ以上は)
小さなエルピスが駆け出す。小さなセレニテに迫っている黒い影から守るため。
突き飛ばされたセレニテの代わりに、エルピスの小さな体に太い腕が吸い込まれ地面に赤が降り注ぐ。
(だめだ!)
小さなエルピスから光の柱がたつ。
黒い影は苦悶の声をあげながら、ぼろぼろと体が崩壊していく。その声は苦しそうにも安堵のようにも聞こえる不思議な声だった。
その時、小さなエルピスを守る様に抱きしめている存在がいた。
その存在は憎々し気にその黒い影を睨みつけており、指先を黒い影へと向ける。
すると、黒い影は粉々に砕け散り、一瞬にして跡形もなく消えて行った。
光の柱が収束していき、そこにはセレニテが言っていたように、倒れているセレニテと胸に穴をあけ目を閉じている黒髪のエルピスと浮かんでいる光の玉。そして話には出てこなかった背後の存在。
光が完全に収束すると、木の陰から人が一人音もなく出てきた。その左手には魔方陣が張られた鳥かごが握られ、マントとフードでその身を覆っている。
背後の存在はフードの人を静かな目で見つめているが、特に何もせず、フードの人は持っていた鳥かごで光を囲み、足早にその場を去っていく。
「………」
影がいなくなると、その存在は心配そうにエルピスを覗き込み、胸の穴に手を翳すと時を戻すかのように内臓も皮膚も服でさえも元に戻してしまう。
その存在はエルピスの胸に耳を当てると、険しい顔で何事かを呟く。すると、近くにあった花が枯れてしまった。
禍々しい雰囲気で先ほどまで影がいた場所を睨め付けるも、気持ちを切り替えたのか再びエルピスに心配げな視線を戻し、胸元に手を添えるとその姿は光に包まれ白く輝く光へと姿を変える。
そして
「そうか…僕は…」
エルピスの中へと入り込み、微動だにしなかった胸が上下に膨らむ。
セレニテがエルピスの元に駆け寄り、生きていることを確認している。困惑していたが、エルピスを背負うと村へと走り出した。
その背中をぼんやりと目で追いかけるつつ、エルピスは思い出した事実に愕然とする。
あのとき、エルピスは
「死んだのか」




