30.ゆっくりと
「創…生神?」
初めて聞いた言葉のはずなのに、なぜか懐かしさを感じてしまい、エルピスは一人困惑して今までの過去を振り返る。だが、いくら過去を振り返っても、”創生神”を聞いた時の記憶は蘇っては来なかった。
記憶はないが懐かしい…それが意味することは、ソレイユ様の記憶・感情なのかもしれない。
「初めて聞いたけど、ソレイユ様でも、ルアでもない神様…なの?」
「そうだ。私たちが信仰しているニ柱を産んだ存在と言われている。…そもそも、この国の、この世界の成り立ちは聞いたことがあるか?」
「いや…僕たちのいた村は田舎だったから、親から文字とか数学とか常識的なことを教わって、剣術とか魔術はリヒティから教えてもらっていたんだ。詳しい世界の歴史とかは…。」
「まあ、そうだろうな。セレニテが戻ったら詳しく説明しよう。」
話しが一区切りつき、ヴェスティは体をテーブルに突っ伏してしまう。確定していない情報ばかりで頭がこんがらがってきたが、これからエルピス達に今分かっている正しい歴史を話さなければいけないと、一研究者として情報を精査していく。
「……気になったんけど~、ルア神のこと呼び捨てにしてんの~?」
純粋な疑問なのだろう。声の雰囲気を通常に戻し、いつもの研究者としてのぎらついた、モルモットを見るような目ではない普通の顔で小首を傾げるヴェスティに、エルピスはそんな顔もできるのかと失礼な感想をもちつつあの時のことを思い出す。
「オラクルがルアのいる部屋に僕たちを転移してくれて、そこでルアからセレニテの状態のこと聞いたって言ったでしょ?その時に、”敬語も嫌、名前も呼び捨てにしろ”ってルアが。」
「ほ~ん、ルア神がね~。」
「……そういえば、ルアも15歳なんだよね?」
「そうだな~。」
「ルア、すごく背が低かったんだよね。10歳より下に見えた。」
「ほう?」
ヴェスティの背筋が伸び、近くにあった報告書の紙とペンを近くに手繰り寄せ、筆記の構えをとる。
「そこのところ詳しく。」
「いや!詳しくって言われても!僕外見くらいしか分からないよ?!」
「………ルア様とソレイユ様は成長がゆっくりなのです。」
2人の会話に割り込む声。ヴェスティから本を借りてソファで寛ぎつつ読んでいたエーデルが、本から顔を上げて二人を真剣な目で見つめる。
意外な一言にぱちくりと瞬く。
「成長が、ゆっくり?」
「えぇ、ニ柱は人の倍の時間生きているのです。一般には知れ渡っておりませんが…研究者のヴェスティ様はご存じかと思ってました。」
「研究者でも知らないことはまだまだあるさ~。……まぁ、予想はしていたけどね。」
「?」
ヴェスティの最後の一言が聞き取れず、エルピスはヴェスティに顔を向けるが軽く肩を竦められるだけであしらわれてしまった。
「それで?倍の時間生きてるから、成長もゆっくりってことでいい?」
「そうです。人の寿命が大体100歳まで生きられると言われておりますので、単純計算ニ柱は倍の200歳まで生きられます。研究者目線で言えば、細胞の成長スピードが倍の時間をかけて成長しているのではないか、と私は思っております。」
「なるほど。なら、エルピスが会った時には15年生きているが、細胞的には7~8歳ってところだな。」
「たしかに、そのくらいに見えたよ。」
背が低く、手足をゆったりとした白いシャツとズボンで隠していたが、あの華奢さは子供のそれだった。
成長がゆっくりならば、あの姿にも納得できる。
「…そう考えますと、エルピス様が器だったという証拠がもう出ておりましたわ。」
「………だな。15歳にしては背が低いし、全体的に厚みがないな。男なら13歳ごろから成長して背ももうちょっと高くても良いし、筋肉とか骨とか厚みがでてもいいはずなんだが…。」
エーデルとヴェスティが改めてじろじろとエルピスを検分する。エルピスは座りが悪そうにもぞもぞ動き、視線を彷徨わせ二人と目が合わあいようにそっぽを向いた。
横顔に2人の視線が突き刺さる。目を合わせたら最後、捕食されそうでエルピスは視線を逸らし続けた。
「7~8歳には見えませんし、10歳くらいには見えるのでソレイユ様が離れてから体が普通の人間の状態に戻り、成長が早まったのでしょうか?」
「そうなると、ソレイユ神が戻ったらまた成長がゆっくりになるのか。」
「毎回ニ柱は同時に亡くなるのですが、今回は時期がずれる可能性がありますね。」
「この問題を解決するまでの期間が長ければ長いほどずれが生じるわけか…。まっ、ずれても世界には影響ないだろうが。」
「セレニテ様の成長もゆっくりになっている可能性があります。融合してはいないようなので、もしかしたら普通の人間なのかもしれませんが。」
「たしかに、エルピスは事件後に急成長したわ。」
2人が話しているとみんなのお茶を入れてきたセレニテが、カップをテーブルに置きつつ、会話に入る。
湯気の出ているカップは5つ。リヒティの分も入れてきたようだ。
エルピスは感謝しつつ、温かいカップを受け取り、一口すする。温かさが体に染みわたりじんわりと解れていく。
セレニテは先ほどまで座っていた所の向かい側に腰掛けると、同じようにお茶を一口すすり、あの時期のエルピスの状態をとつとつと話し始める。
「あの頃のエルピスは、確かにみんなよりも頭一個分は背が低くて、でも男の子の体の成長はゆっくりなんだって、お母さん達が教えてくれたからあんまり気にしていなかったの。それで、あの事件の後に急に成長し始めたから、やっときたのか!、なんてみんなでお祝いもしたっけ。”成長痛”に苦しんで、一日寝込んでる時もあったわ。」
「あの痛みはもう経験したくないよ…すごく痛かったんだから。」
あの時に感じた痛みを思い出したのか、苦々しい顔でエルピスは唸り、セレニテは小さく笑みをこぼした。
「そのおかげで、私とは頭半分くらいの差にはなったじゃない。まぁ、デリックが一番成長してたから、そことの差は相変わらずだったけど。」
「セレニテ一言多いよ。」
エルピスがぶすくれてねめつけるも、セレニテは笑ってその視線を躱す。
あの頃の平和な時を思い出してしまう、少し感傷的になってしまった。
「さて、セレニテが戻ってきたし、歴史について話そう。長くなるから覚悟しておけ。それと、後でセレニテは身長を測る。ねんのため、な。」
「………わかった。」
「まずは今の世界の話しからーーーーーー
プライベートが落ち着いたのでこれからまた毎日投稿がんばります。




