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2.束の間の日常

 カーテンの隙間から光が射し、寝ていた住人の瞼を照らす。眩しかったのか、瞼がピクリと動き、眉間にしわがよった。


「うぅ…」


 光から逃げる様に掛け布団の中に戻りもうひと眠りしようとするが、部屋の外から聞こえる走る音がそれを邪魔する。足音は今も寝ている住人の部屋の前で止まり、ノックの音と同時に扉が開かれた。

 ノックの意味がない勢いと早さである。


「おはようエルピス!今日はいい天気だよ!」


 明るい声がベッドの住人、エルピスを呼び起こす。カーテンが開かれる音が部屋に響き、太陽の光が部屋に満ちる。


「うぅん、セレニテ、あとちょっとぉ…」

「だめですー。今日は大切な日なんだから二度寝は許さないからね。はい、起きた起きた!」


 エルピスが頭から被っている掛け布団を容赦なくはぎ取る。先ほど避けた光が今度は頭から足先まで降りそそぐ。無意識に眉間に皺が寄っているエルピスの顔を見てくすくす笑うと、明るい声の住人、セレニテは楽し気な声でもう一度言う。


「おはよう、エル!」

「…おはよう、セレス…」


 今日も穏やかな一日が始まった。



 ーーーーーーーーーーー

 ーーーーーーー



「今日の服はこれとこれで。あっ、後ろの方寝癖がついているからあとで直すわね。」

「ありがとう。寝癖がついてるくらい大丈夫だよ。」

「駄目よ!今日は大切な日だっていったでしょ。それに、せっかくエルは綺麗な顔しているんだから、寝癖でもったいない外見にしたくないの。」


 エルピスは黒いつやつやな髪の毛をショートにカットされ、毛先が少し跳ねているのが特徴的。色白の肌に髪の毛と同じ黒く長い睫毛と大きな瞳がバランスよく収まっている綺麗な顔がセレニテは大好きだった。大好きなのは顔だけではないが。

 セレニテが今日も綺麗な顔が見れて眼福だと眺めていると、エルピスは何の気なしに不思議そうに呟いた。


「…見えないから実感もてないんだけど、髪色と瞳の色変わってるんだよね?それから友達と疎遠になってるし、あんまり気にして…も…」


 セレニテの空気が少し強張ったのがわかり、エルピスは自分の失言に気づく。


「ごめん。」

「…なーに謝ってるのよ。そ・れ・に、エルの身支度を整えてるのは私の趣味みたいなものよ!綺麗なものは綺麗に整えておくと私の目の保養になるの!…私いったん自分の部屋に戻るから、その間にちゃちゃっと着替えちゃって。」


 そういうとセレニテは足早に自分の部屋へと戻る。ドアが閉まる音を最後に部屋は静寂を取り戻す。やってしまった後悔のため息を一つこぼすと、エルピスはのろのろと着替えはじめた。




 エルピスはもともと目は見えており、同じ村の友人たちと森を駆け回って遊んでいたほど外見とは裏腹に活発な少年だった。髪はプラチナブロンドのストレートヘアで、澄んだ青い瞳だったが、ある事件をきっかけに髪と瞳の色は黒くなり、目も見えなくなってしまった。

 変わってしまったエルピスを見て、友人たちは怖がり、それ以来エルピスを避けるようになってしまった。村の大人たちは気にしないようにしているようだが以前よりも少し余所余所しい。

 あれからもう一年経つ。最初こそ目が見えないためまともに歩くこともできず、転んだりぶつかったりを繰り返していたが、他の五感が発達し、他の人より微かな音でも聞き逃さなかったり、空気の流れなどで人の動きも大体把握できるようになった。

 そんなエルピスを見捨てることなく介抱してくれたのは、両親と妹のセレニテと、近所に住む兄貴分のリヒティだった。この四人はエルピスにとってかけがえのない存在だ。


 過去に思いを馳せつつ着替えを終えたエルピスは、今度は自分がセレニテを迎えに行こうとノブを回した。



 ーーーーーーーーーーー

 ーーーーー



 セレニテと共にダイニングへ向かうと、父は食卓につき書類を眺め、母はキッチン内で料理を盛り付けていた。


「おはよう、エル。もうちょっとで料理ができるから先に顔を洗ってきてちょうだい。」

「おはよう、エル。」

「おはよう、母さん。父さん…昨日遅くまで討伐に参加していたんでしょ?こんなに早く起きて大丈夫?」

「今日は二人の大切は”精霊祭”じゃないか!討伐で大変だったからといって、一生に一度の大切な日を見逃す親はいないよ。」

「そうなんだけど…なんだか緊張してきたなぁ。」


 朝からセレニテが言ってた”大切な日”とは、”精霊祭”のことだ。

 十五歳になると人は精霊を呼びだす儀式をし、精霊のパートナーを得る。

 この世は地・水・火・風・光・闇の六属性の魔法があり、魔法を使うには精霊の補助が必要になる。補助なくして魔法は操れず、下手をすれば暴発、自身の体も爆散してしまう。

 昔は産まれた時に儀式をしていたらしいが、小さな癇癪が大きな事故を呼び、今では分別がある程度つく十五歳になったら儀式を行うようになったそうだ。

 その儀式を今日、二人をうけることになっている。


「とりあえず、顔洗ってくるよ。」

「あぁ、いっておいで。」

「セレスは。」

「私はもう準備ばっちりよ。」

「…さすがセレスは早いなぁ。」


 女子の支度は時間がかかるため、セレニテは昔から早めに行動するようにしていた。そんな人が今日の晴れ舞台のためにいったい何時に起きだったのだろうか。エルピスはセレニテの本気度に渇いた笑いを零しつつ、家族の優しい話し後を背に壁伝いに洗面所へ向かった。



 ーーーーーーーーーー

 ーーーーーー



「それにしても、ブラッディウルフ…というか魔物が今日来なくてよかったー!もし今日来てたら儀式は延期か、下手すれば来年に持ち越しよ!」


 全員が食卓につき、朝食を食べていると、セレニテが昨晩の討伐を思い出し安堵の息を吐いた。


 この世界は魔物と人がそれぞれの境界を守って共存している。境界を越えたとしても魔物も襲われない限りは追い払うくらいで人を襲ったりはしていなかったのだが。それがここ数か月ほど魔物の凶暴化が進み、境界を越え人々を襲うようになってきた。


 昨夜はブラッディウルフが群れで押し寄せ、戦える村の人たちが討伐に向かったのだ。ブラッディウルフは夜目がきくが、明かりに滅法弱いため、火や光の魔法で闇夜を照らし、剣や斧で退治していた。騎士のように訓練をしているわけではないが、都市から離れているこの村では騎士の援軍は期待できず、独自の自警団が結成されている。それぞれ得意な属性の魔法を鍛え、腕力のあるものは剣術も鍛えている。

 が、仕事の片手間で鍛えているため、本職の騎士と比べるとやはり力量は低い。昨晩も死人はいなかったがケガをしたものは大勢いた。父も腕を嚙まれたため包帯を巻いている。


「本当に。ある意味タイミングはよかったわね。アパルたちのおかげでなんとかなったし。ありがとう、昨夜はお疲れ様。」

「テネレたちを守るのが夫の務めだからな。…なんとか討伐できてよかった。」


 母テネレが夫アパルの腕を労しそうに触れる。昨夜父を心配しなかなか寝付けない二人を寝かしつけた後、寝ずに帰りを待っていた母の雰囲気も少し疲れが見え、いつもより動きが鈍い。それでも今日この日のために早く起きて朝食を作ってくれる母には感謝してもしきれない。


「あーぁ、祭司様の騎士様たちも討伐に参加してもらえたらもっと早く終わってただろうになぁ。」

「こらっ!セレス、めったなことをいうもんじゃない。」

「だってー!」


 父に叱られふくれっ面になるセレニテに苦笑しつつ、エルピスも心の中で同意を示す。

 今日の精霊祭のために、昨日から祭司と王都の騎士が村に泊まりこんでいる。祭司は都市部にしかおらず、偏狭な村や町へ定期的に訪問し儀式を行っているのだ。移動には危険が伴うため騎士が付き添っているが、騎士の最優先は祭司の安全を守ること。ブラッディウルフが迫っていようと、村に入らない限り、祭司に危険が迫らない限り、討伐しようとはしないのだ。

 昨夜は何とかなったものの、もし騎士の助力があれば、父は怪我をせずにすんだかもしれないと、たらればをついつい考えてしまう。

 こんな暗いことを考えては消化に悪いと思考を早々に切り替えてエルピスは食事を手早く済ませてしまう。


「ごちそうさま。セレス、儀式までまだ時間はあるかな?あるようならリヒティの所へ行こうと思っているんだけど。」

「えぇっと…1時間くらいあるよ!私も一緒に行くからちょっと待ってて!」

「ちょっと話しをしにいくだけだから、一人でも大丈夫だよ?」

「私もリヒティに話したい事あるし。あと、今日の服装合わせコーデにしてるの。だから儀式前に見せびらかしたいのよね~。」

「え?!まさかまた変な服にしてないよね?!」

「してないしてない。いつもより綺麗目な服なだけー。」


 小さいころはよく似たような可愛い服装にされていて、同年代の男子に揶揄われたものだ。それが嫌で強く拒絶したところ、セレニテは駄々を捏ねたが母親はエルピスの気持ちを汲み、今では別々の服装になっていたはずである。

 慌てて自分の服を触り、感触で変な装飾がないか探るエルピスに、セレニテと両親は楽し気な声をあげるのだった。

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