19.過去の記憶
「えっ、僕が器?!」
「あぁ、今のところ可能性が一番高いのはお前なんだ。」
「…………。」
今エルピス達は村を出発し、オラクルの勧めで学術都市「ケントニス」に向かっていた。
その道中リヒティから聞いた話しはエルピスにとっては寝耳に水。信じられない話だった。
「私も全ての村や町を訪問したわけではありませんが、出会った中で一番可能性があるのはエルピス様です。…まぁ、今年の儀式をまだ行っていない所もあります。ですが、万が一のことを考えてあなた様も行動を改めた方がよろしいのです。」
「……オラクル……呼び方戻ってるよ…。」
「おや、これは失敬。」
ほっほっほっ!とまったく悪いと思っていないオラクルの笑いに、エルピスは苦笑で返す。
オラクルは度々エルピスに”様”をつけて呼んでしまう。他の仲間は間違えずに”殿”や”さん”と砕けた呼び方をしているのに、だ。
なぜなのか分からなかったが、リヒティの話しを聞いて納得した。職業病と呼ぶべきなのか、神候補のエルピスにはどうしても畏まってしまうようだ。
「僕がソレイユ様の器かぁ…まったくそんな自覚も前兆もなかったな…。」
「一緒に過ごしてきたけど、分からなかったね。」
「今まで”見つからない”ということがありませんでしたし、確か王家の記録では、”15歳の時に半覚醒、20歳の時に完全覚醒する”と書かれておりました。もし宿っていたら、今年半覚醒するはずでしたが…。」
「……ずっと気になっていたんだが、一年前の事故のことを話してくれないか?今回のこともその事件から始まっている気がするんだ。」
「………もう一年も前のことだから、うろ覚えのところもあるけど、それでも良いなら……。」
「あぁ、今晩にでも話して欲しい。できるだけそれまでに詳しく思い出してくれ。」
「無茶言うなぁ。」
セレニテは苦しそうに笑うと顔を俯かせ、黙ってしまう。手元を見ているようで見ておらず、その心は一年前のあの日に思いを馳せていた。
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ーーーーーー
『エルー!早く早く!』
『待ってよセレス!そんなに急がなくても、時間はまだあるからゆっくり行こうよ。』
昨日は日中に大雨が降り、夜には上がったとはいえ森の土はまだぬかるんでいる。気を付けていないと足元を取られそうだったが、そんなことは気にしないとばかりにセレニテは森を駆けていく。
『ゆっくり行って”着いた時にはもう枯れてました”、なんてことがあるかもしれないじゃない!またとないチャンスを無駄にはできないわ!』
今二人は植物図鑑に書かれていた”幻の花”を見るために森の奥地に向かっていた。
その花は森の奥深く、人があまり踏み入らない日光のあたる開けた場所に根を伸ばし、大雨後の満月の光を浴びて花開く、と図鑑に書かれていた。
以前来た旅人がエルピス達がよく行く森の奥地にその花を見たと言っていたため、二人は太陽が昇る前に家を抜けだし、森の中へと踏み入っていた。
その花の生命は短く、太陽が昇って1時間ほどで枯れてしまう。セレニテが急ぐのも分からなくはないが。
『急いで怪我でもしたら大変だよ。それに魔物に遭うかもしれないしさ。』
『………わかったわよ……。』
不満そうにしながらも、魔物にあったら自分たちだけでは対処できないことも分かっているため、セレニテも渋々エルピスの助言に従い足を緩めた。
まだ太陽が出ていない森の中は暗く、目を凝らしても奥の方は全く見えない。
魔物も人里の方には近寄らず、奥地で静かに暮らしているため遭遇する確率は低いが、万が一があるかもしれないため、大人たちには口酸っぱく何度も奥には行くなと言われていた。
そんな忠告を無視し、二人は奥地に向かっている。
ばれたらまずいという恐怖のドキドキと、未知の場所へ行く興奮のドキドキが合わさり、二人の鼓動はいつもより忙しなく脈打っていた。
『でも、本当にあるのかな?父さんたちも何度かそこに行ってるけど、見たこと無いって言ってたし。』
『そりゃ、太陽が昇って1時間ほどで枯れるなら見る機会ないわよ。お父さんたちだって朝早くから森に行くことないし。』
周囲に気を配りつつ目的地までゆっくり進み、木々の形がぼんやり見えるようになってきたころ、その場所は二人の目に飛び込んできた。
『わぁ!』
夜明け前の薄明るいその場所は、大きな湖だった。木々と花々に囲まれたその湖は透明度が高く、底の方まで見えそうなほど。
エルピスがその湖を覗き込んでいる横で、セレニテは花を探し始める。
図鑑に描かれていた花は白い大輪の花だったが、大きさまでは書かれていなかった。”月の光を浴びる”と書かれていたから背は高いかもしれないが、意外に小さいかもしれない、ということで花をかき分けつつ目を凝らしつつ丁寧に探していく。
エルピスも反対側から探し始めようと手元の花を覗き込んだ時、
ガサ
草むらから音がなった。
セレニテ側の草むらから音がしている。エルピスが花探しを中断して音がしている方を注視していると、ガサガサいう音が大きくなり、
『!?』
その姿を現した
それは魔物と呼ぶにはあまりにも禍々しい物体だった。二足歩行で歩いて形だけ見れば人間のようだったが、人間とは呼べない大きさに体のあちこちがボコボコと盛りあがり、黒い瘴気を纏っていた。
それがセレニテの近くにいる。
セレニテは気づかずに花を探し続けている。
『エルー?見つかった?結構広いから急ピッチでやらないと枯れちゃうよー。』
返事をしないエルピスを訝しみ、セレニテはエルピスの方に顔を向ける。そのエルピスはセレニテの後方を凝視し、微動だにしない。
『?』
何を見ているのかとセレニテが後ろを振り向くと、そこには
『………!!!!!あっ、あ……』
恐怖でうまく声が出ず、歯がガチガチと音がなる。後ずさろうと足元を蹴った瞬間、
化け物がセレニテを見た。
目は見えないが、確かに見た。
化け物の手が、足が、セレニテに向かい、襲い掛かろうとする。
『っセレニテ!』
エルピスがセレニテを守ろうと走る。
化け物の手が届く寸前、セレニテは強く弾き飛ばされ横に倒れる。
そして、目を開けた時にはーーーーーーーーーー
「ーーーーーエルピスは私を庇って化け物に胸を貫かれてた。死んだって思ったの。でも……」
そこで言葉が途切れ、セレニテは目を伏せて焚火を凝視する。まるでそこにかつての記憶があるように。
「でも、エルピスから空に向かって光の柱がたって、化け物はその光に当たったら苦しそうにしながら消えて行ったの。光が止んだ時にエルピスは黒髪になってて、胸元に光の玉が浮かんでた。その光をーーーそう、たしか、誰かが捕まえてた。顔も性別も分からないけど、フードを被っていたような……、それで、そいつがいなくなった後にエルピスのもとに行って生きてることを確認して…おぶって村まで帰ったの。」
セレニテの話しが終わったが、誰も何も話そうとはしなかった。
秘されていた過去は重く、重大なことが開示され、それぞれに新たな疑念を抱かせた。
(僕一回死んだのかな?でも、生きてるってことは、ソレイユ様の力だけうまく獲られたってことで良いのかな?それに、セレニテが見た化け物って…父さんとは違う…のかな…化け物になった理由はケントニスに着いたらって話しだったけど、今聞きたくなってきたな)
エルピスの思考が疑問だらけであちこちに飛んでまとまりがなくなってきたころ、リヒティが長く息を吐き出し後ろに倒れこんだ。
「リヒティ?どうしたの?」
「…敵はどうやら少なくとも1年以上前から計画を立ててたってことが分かってな…。一つ確認なんだが、その花の情報を教えてくれた旅人はいつごろ会ったか覚えているか?」
「………たしか、事件が起こる一か月くらい前、だったかな?その人村長の家で一泊してすぐに旅立ったな……もしかして……。」
「あぁ、エルピスがソレイユ様だと気づいて接触した可能性がある。…お前ら、その旅人に幻の花の話しでもしたか?」
「……したわ。旅人なら見つけてる可能性があると思って…。」
「出しに使われたな。もしかしたら、雨も人為的にやられた可能性がある。お前らがあそこにやってくると踏んで待ち伏せして襲った。これが俺の推理だ。」
「………」
誰も何も言えなかった。子供の純粋な好奇心を利用しての犯行。セレニテは悔しさのあまり唇を噛みしめ拳を地面に打ち付けた。
「っちくしょう!なんで、あの時声をかけちゃったんだろう…!なんで…私は…!」
村のみんなを思い、セレニテの目に涙が浮かぶ。そんなセレニテの背をエーデルがそっと撫で、優しく慰めた。
「…しかし厄介だな。今回王城で会った奴とは違う敵の可能性があるな。」
「え?!」
「王城で会った奴はエルピスとは初対面みたいな反応だった。前々から計画立ててるやつなら顔くらい知っててもおかしくないだろ。…まぁ、一年も経ってりゃ顔を忘れててもおかしくないといえばないが…。」
「たしかに…じゃあ、一年前の事件の敵をAとして、王城の敵をBとすると、Aが捕まえたソレイユ様をBが奪って器を探して融合、そして何かに使おうとしていた…ってこと?」
「うーん、その線が今のところ一番しっくりくるか?…目的が分からなけりゃ、俺たちは後手に回るしかないのが痛いところだな。」
「……これ以上は、今の情報では難しいようですな。明日も早い。そろそろ寝ましょう。これから行くケントニスで新たに何かが分かるかもしれません。話しはまたその時にでもいたしましょう。」
これ以上話し合いは意味がないと踏んだのか、オラクルが終止符をうつ。
火の番は二人で行うことになっており、今日は先にオラクルで後にエルピスの順番だ。エルピスはその時にちゃんと起きれるように早々に目を閉じる。
(今ソレイユ様はセレニテの中にいる。今度はちゃんと守れるように、旅の間に色々リヒティに教えてもらおう…。今度は僕が…みんな…を…)
オラクル以外のみんなが寝静まった静かな森の中。光が人を模りオラクルの前に静かに佇む。
「創世神様。やはり、あなた様でしたかーーーーーー
あっちもこっちも秘密だらけ




