16.村へ
今回はちょっと残酷なお話です。
翌日、変わらずに小川で待機をしていた5人は太陽がてっぺんに来た頃に、ようやく村長たちと合流できた。
できる限り飛ばしてきたようで、馬の消耗が激しく、一度休憩することになった。
「昨日話しあった結果、コミエ村に帰ってセレニテを保護。俺たち3人で解決する鍵を探す旅に出る方針で話しはまとまった。」
「それから、道中で服と馬の調達も。私とオラクル様の身に着けている物を換金すれば調達資金にはなるかと。」
「そう、ですね。その方が良いでしょう。何も出来ず申し訳ない。…よろしくお願いいたします。」
アパルは3人に深々と頭を下げる。その顔は何も出来ない不甲斐なさと悔しさが滲み、本当は自分の力で助けたかった、そんな思いが見て取れた。
そんなアパルの葛藤を察し、3人は労わる様に肩や背中を叩いた。
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森を抜けた先の町で馬と服、旅の必要な道具を王女とオラクルの装飾品で購入すると、その日は一晩その町で眠りについた。
翌早朝、行きと同じくエルピスはリヒティと、セレニテは父と一緒の馬に乗り、コミエ村へと駆け出した。
エルピス達とすれ違いに行商人の馬車が町に着く。行商人は顔見知りの町民と商談をしつつ、他の町や村最近あった噂話などの情報を交換し合う。
「昨日夕方ごろに旅人が泊まっていったんだが、朝日が昇るのと同時にすぐに旅立っちまった。しかもな、馬二頭で来たんだが、その馬に乗ってたのがやんごとない感じの人たちだったんだよ!ありゃ、ただの旅人じゃねぇ。なんかお家騒動でもあったんじゃねぇか?」
「……うーん、今のところそんな騒動は聞いてないな。もしかしたらこれから行く先でそんな話しを聞くかもしれないな。」
「そういえば、その旅人コミエ村に行くとかなんとか話してたらしいぞ。そんな辺鄙なところに一体なんの用があるんだろうな。」
「コミエ村だって?!」
「あっ?あぁ、そう言ってたって、宿屋の奴が…。」
「………その村に知り合いでもいたのかもしれんが……可哀そうに……。」
「可哀そう?…何かあったのか?」
「……コミエ村はーーーーーーーーー
そこは炭になった建物たちと、倒れ伏した村人たちがいた。
育てていた作物たちは焼けて更地になり、小川にかかっていた橋は壊れて川に落ちていた。
「な、なにが………テネレ、テネレ!!」
アパルは何かに急き立てられるように自分たちの住んでいた家へ馬を走らせ、村長も呆然とし、馬から降りるとよろよろと村の中へ入っていった。
エルピスも見えないながらに周りのただならぬ雰囲気を感じ、村で何かが起こっていると察しリヒティの服をひいた。
「リヒティ!何が起こっているの?!何か、焦げたような匂いもしてるし、村になにが…。」
エルピスに答えられないほど、リヒティもただ村を見ていることしかできなかった。思い出が詰まった村は跡形もなく崩れ去っている。瞬きをしてもその現実が変わることはない。
「リヒティ、エルピス様、私とオラクル様はアパル様の後を追いますが、お二人はどうなさいますか?」
「ぼ、僕も父さんの後を追います!父さんが向かった先は母さんの所だと思うから!」
「……わかりました。リヒティ、共に来てください。」
「……あぁ……」
4人はアパルが向かった先、エルピス達の家へと馬を走らせた。
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「父さん!」
エルピス達が着いた先も、燃えて倒壊した家と家の周りを彩っていただろう花が焼けて灰になっている。
その家の前にセレニテを抱いたアパルが立ち竦んで、倒壊した隙間から見える人の手を凝視していた。
「あぁ……てねれ……帰ってきたんだ、一緒に……なのに……あ、あああああああああああああ
あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!
「!!!!いかん!!!!」
「エルピス様はお下がりください!ここは私たちが引き受けます!」
アパルの悲痛な叫びがだんだんと化け物じみた咆哮に変わっていく。それと同時に体が隆起し、背中が、足が、腕が、顔がだんだんと人間からかけ離れた化け物の姿になっていき、人間の倍はある四つん這いの化け物へと変わってしまった。
「父、さん?」
「………エルピスはここから離れろ。あいつは、俺たちがなんとかする。セレニテも一緒に連れてくるから。たのむ。」
静かに話しかけるリヒティに困惑しつつも、エルピスは言われた通り一歩一歩後ずさり、弾かれた様に村の出入り口の方へ駆けて行った。
それを見届けたリヒティは今一度化け物になったアパルと対峙する。
「………娘がいるってのに、簡単に呑まれやがって……ばかやろうが……。」
剣を鞘から引き抜くと、化け物へと大きく振りかぶったーーーーーーーー
エルピスは慣れ親しんだ道を走っているはずだった。それなのに、鼻につくのは木が焦げた匂いと鉄錆と肉の焼けた匂いしか感じられない。くわえて人の気配も感じられない。それらから結果を想像するが信じたくないと頭を振るう。
「そんなはずない、そんなはずは……っうわ!」
注意が逸れ、足元の異物に引っかかってしまった。膝や手の平が擦りむき、痛さに蹲っていると
ドシン
何か大きな物が落ちるような音がした。そして
お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙
獣のような雄たけびも聞こえ、恐怖で身を竦ませた。
「なに?今度はなにが…。」
ドシン ドシン ドシン
少しずつ足音がエルピスに近づいてくる。ここから逃げた方が良いのはわかっているが、恐怖で足が震えうまく立てない。
そうこうしているうちに、足音は近くで止まり頭上から生温い風が吹く。
(僕はここで死ぬのか?セレニテのことも救えてない、リヒティ達にもお礼をまだしてない。こんな、ところでーーー)
「死んでたまるか!!!!!!」
エルピスは短剣を引き抜くと、獣の足があるだろうあたりに向かって大きく薙ぎ払う。
お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!!!!!
血の匂いと獣の咆哮で当たったことを確信し、リヒティ達がいる方へと走り出す。
後ろから思い振動が響く。エルピスに向かって移動し始めたことを察したが、歩く速度は遅いようでエルピスの足に追いついていない。
(でも、魔法で攻撃されたら死ぬ、何か他にできることは…)
ふいに後ろからジリジリと変な音が鳴る。嫌な予感がしたエルピスが左へ大きく逸れると、後ろを衝撃波が通り、近くの倒壊した建物が後ろへ吹き飛ばされていった。
エルピスも直撃は免れたものの、余波で吹き飛ばされ地面に体を打ち付ける。
(しまった!今どこを走っているのか分からなくなったぞ!これでリヒティ達とは逆の方に走ったら…)
「っソレイユ様、僕と繋がっていると言うのなら、僕にも資格があるというならば、力をお貸しください…!」
瞬間、心臓が強く脈打ち熱くなり、激痛を伴いエルピスの全身へと熱が広がり汗が噴き出す。
「うっ、ぐぅぅぅ……!」
あまりの激痛に意識が途切れそうになるが、獣が歩く振動が現実に引き留める。視界が明滅し、瞬きの度に汗が目に入る。
またジリジリと嫌な音が聞こえ、先ほどと同じ攻撃を放とうとしていることを察する。
「ソレイユ様っ!僕に攻撃を防ぐ、力をっ!」
お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!!!!!!
衝撃波がエルピスに向かって放たれる。風がエルピスの髪を乱し、正面から強い衝撃音が響く。が、体に痛みもなく吹き飛ばされもしない。
熱の余韻はあるが、体を蝕んでいた激痛も収まり、明滅していた視界もクリアになっていく。
(…見える。ソレイユ様が力を貸してくださったんだ。ありがとうございます。………っ?!)
見えるようになり俯いていた顔を上げると、そこに広がっていた光景はまさに地獄絵図だった。
人間の倍以上ある大きさの醜悪な化け物がエルピスに向かって衝撃波を放っている。そして、その衝撃波によって周りのものが吹き飛ばされていく。
死体も一緒に。
「?!?!?!?!」
あれは、デリックのお父さんではないだろうか。今地面に落ちたのは、村の中で一番回復がうまいリリーおばあさんではないか。フェリのお母さんもいる。あそこにいるのもみんなみんなみんな…
「見るな!!!!!!」
視界が大きな手の平で遮られ、後頭部に誰かの鼓動を感じる。
「見るんじゃねぇ…。」
「リヒ、ティ?……みんな、が……なんで、どうして……」
リヒティの手の平がじわりと濡れていく。
一緒に駆け付けたオラクルと王女が化け物に向かい、二人の魔法により化け物は反撃を許されることなく倒されてしまった。
生命の息吹を感じられないこの場所で、エルピスの泣き声だけが静かに響いた。




