12.王城内
一般開放されている区画は、ニ柱の神へ参拝できる礼拝堂と2階建ての図書館、広大な庭が広がっていた。エルピスはリヒティに手を引かれつつ、周りの気配に集中する。森とは違う植物の香りと、微かに聞こえる鐘の音。先導しているエーデル王女とメイド、自分たち二人の前後にいる騎士2人。人の気配はここにいる6人以外近くにいないが、遠くの奥の方から強い気配を感じた。
(奥にいる人は誰だろう?ルア様、だったりして。)
今いる場所は王城の敷地内のため、その可能性は十分にある。
遠くにいるおかげで肌が軽く鳥肌をたてているだけですんでいるが、近くで相対したら圧で潰されてしまうかもしれないと想像する。
礼拝堂の奥に儀式区画へと繋がる通路があり、15歳になった子供を持つ親は特別に許可を取り、儀式専用の礼拝堂へと入室を許される。その特別な区画にエーデル王女は歩みを止められることもなく入った。
礼拝堂前に着くと、王女は傍に控えている護衛の騎士とメイドたちに視線をなげる。
「中へは私だけでいいわ。サラは早急に祭祀様に連絡を。さぁ、お二人ともこちらが儀式を行う場所です。どうぞ中へ。」
ギィっと重い扉がゆっくり開かれる。そこは儀式の場に相応しい神秘的な場所だった。
中央に二柱の神の銅像と祭壇、中央に赤いカーペットが敷かれており、両脇には参列者の座るソファが等間隔におかれている。頭上には優美なステンドグラスがはめ込まれ、太陽光があたると室内を様々な色に彩らせる。エルピスは見えないながらに神聖な雰囲気を感じ、二の足を踏んでしまった。
「エルピス?早く中に入ろう。」
「………うん。」
今回はセレニテのためにここに来たのだ。躊躇している暇はない。エルピスは自分を奮い立たせると、中へと一歩足を踏み入れた。重厚な扉は3人が中に入るとゆっくり閉まる。まるで何者にも邪魔されないように、ガチャリと鍵をかけたのだった。
「エーデル王女、此度の件誠にありがとうございます。」
「こちらの騎士が独断で動いている可能性があるのです。あなたたちには、ご迷惑をおかけして…。」
悲しそうに伏せられた目が、重い罪を背負っているかのように、暗い影をおとす。
儀式は明日行われるとはいえ、セレニテが危険な状態であることには変わりない。早急に問題を解決するべきだと、エルピスは声をあげる。
「エーデル王女、私はエルピスと申します。妹のセレニテを王都第二騎士団と名乗る者たちに連れ去られたため、連れ戻すためにここまでやってきました。セレニテは今どちらにいるかご存じですか?」
「私は第一王女 エーデル・シア・アッフルエンスと申します。以後お見知りおきを。セレニテ様はここの地下にいることまで突き止めています。ですが、見張りと強い結界魔法が施されているようで、迂闊に近づけない状態のようです。セレニテ様が今どのようなご様子なのかよくわからず………。」
「禁術を使われていなければいいが………。」
「禁術?」
「あぁ、エルピスにはまだ教えていなかったな。禁術は読んで字のごとく”禁忌の魔術”。今回俺が懸念しているのは、精霊との強制契約解除。精霊祭の儀式で得たパートナーとの絆を断ち切る術だ。」
「?!そんな、酷いことが、できるの?それに、なんでわざわざそんなことを?」
初めて聞く危ない術に身の毛がよだつ。もし、セレニテがすでにその術を行使されたあとだった場合、絶望はどれほどのものだろう。
「できる。精霊の真名と大量の魔力があれば。先代のニ柱もその前も、精霊をパートナーにはもっていない。まぁ、ある意味精霊の上位互換である神がすでに宿っているからいらないとも言えるが。セレニテは神を宿されようとしている。俺が連れ去った側だったら、もし宿すときに精霊との絆が邪魔をし、うまくできなかったら…そういった可能性を潰してから挑む。」
リヒティの意見にも一理あるが、理解はしたくないし、実際に起こっても欲しくない。
「と、とにかく、セレニテを助けるためにもどうすればいいか考えようよ。ここで”かもしれない”をいくら考えてもしょうがないよ。」
「そうですわね。エルピス様のいう通りです。……ここの地下は、大昔罪人を閉じ込めるために作られたと言われています。私も一度見に行ったことがありますが………。私たちが今立っているちょうど真下に広間があるので、儀式を秘密裏に行うとしたらそこで行う可能性があります。」
「なるほど、ならー
リヒティが口を開きかけたその時、
ギィィィィィ コツ コツ
祭壇の奥の扉が開かれた。
王女の傍に控えていたメイドのサラと一緒に、村に来訪した祭祀様と同じ服を纏った初老の男性がゆっくりとこちらに向かってくる。
「おまたせいたしました。儀式を受けるために遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。」
(この声はー)
エルピスは視力を失ってから声の聞き分けが得意になり、一度聴いたらすぐには忘れないようになった。そして、今声をかけてくれた祭祀様の穏やかな声を聞いたことがある。
「もしかして、僕たちの村にきてくれた祭祀様?」
「おや、もしや君はコミエ村の子かな?あれからすぐに他の祭祀を向かわせたはずなのだが…。」
エルピスたちの村(コミエ村)に来てくれた祭祀様だった。祭祀は少し困惑気に首を傾げ、おかしいと呟く。
「すれ違っているだけならいいのですが、道中で何かあったのかもしれません。姫様、騎士を派遣していただけないでしょうか?」
「サラ、第三騎士団長に連絡を。明朝捜索に出る様に。」
「かしこまりました。」
サラは一つお辞儀をすると、指示を遂行するために早々に儀式の間を出ていった。
一つ問題が解決すると、余裕が出てくるようで祭祀は3人向き合うと改めて自己紹介を始める。
「改めて、私はオラクル。君たちの村で儀式を行ったとき以来ですね。」
リヒティはエルピスを自分の後ろに追いやると、オラクルに相対する。
「初めまして、コミエ村のリヒティです。単刀直入に聞きます。……セレニテを誘拐したのはあんたの指示か?」
「?!セレニテ嬢を?!……いえ、たしかにソレイユ様かもしれないとは王妃様に進言いたしました。あれほど強い光でしたし、未だ見つかっておりませんでしたので……。ですが、誘拐ですか?私はそんな指示を出しておりません。神に誓って。」
そうはっきり言うオラクルの声には動揺はあっても言いよどむ揺らぎはなく、嘘をついているような雰囲気もなかった。犯人かもしれないと疑っていたエルピスは、違うことに肩の力が抜ける。
「大切なお方です。王城に来ていただいて、ルア様と共にこの世界を見守ってもらいたいとは思いますが……誘拐ということは無理やり連れて行った、ということですね?そんな野蛮なことをあの方にした者がいるとは……。」
先ほどまで静かで穏やかだったオラクルが一気に怒りの雰囲気をはらむ。祭祀は誰よりも神を崇めている存在。そんな大切な存在が手荒な真似をされている。オラクルにとって許される蛮行ではなかった。
「許せん!その者を早急に捕え私自ら罰を与えねば!!!」
「しー!しー!落ち着いてください!声を抑えて!この下に敵がいるんです!ばれたら困ります!」
リヒティが小声で制止するとオラクルもぴたりと止まり、自分の足元をまじまじと見た。
「なっ!…なんと、この下に?地下があるとは、知らなんだ。」
「知らないのも無理はありません。王族しか知られないようになっておりますので。……オラクル様、私たちはあなたが首謀者なのではないかと疑い、ここに呼びました。ですが、違うのであればセレニテ嬢を救うために力をお貸しください。お願いします。」
王女が深く頭を下げると、オラクルは顔のしわを深め、優しく肩を叩く。
「エーデル王女、王族が頭を下げてはいません。わかりました。こんな老いぼれの力でよければいくらだって貸しましょう。」
「よし、そうと決まれば作戦会議だ。まずは王女の索敵で再度敵の位置を確認してーーー
心強い味方を得て、セレニテを救える未来がより確実に現実に近づいてきた。リヒティの作戦を聞きながらエルピスはふと、一つの懸念が浮かず。
(ルア様は大丈夫なんだろうか?ソレイユ様みたいな目にあってないと良いけど…)




