10.夜の会話
障壁を張って適度に休憩をはさみつつ移動すること数時間、森の開けた場所を発見した二人は日が沈みかけていることもあり、今日はここで野営をしようと準備を始めた。
エルピスは近くの木に馬の手綱を括り、荷物を降ろす。その間にリヒティは枝と手の平大の大きさの石を集め、焚火を手早く作っていく。組み立てればあとは魔法で火をつければいいから簡単なものだ。
火があれば魔物は近づいてこない。ただ、この火を絶やさずに燃やし続ける火の番が必要になる。どうローテーションをしようかと悩んでいると、エルピスが荷物を持ってリヒティのもとへ来た。
「リヒティ、この荷物には他に何が入っているの?何か僕に準備できることとかある?」
「あぁ、この中には寝袋と携帯食料とコップと水筒とナイフが入ってる。道中に村によったから、水の補充もばっちりだろ。今晩は携帯食料で済ませるけど、次の町に着いたらもうちょっと食料買い込みてぇな。とりあえず、寝袋の用意をしてくれ、今立ってる所から後ろに2歩離れたあたりがちょうどいいな。他の荷物は俺にくれ、準備するから。」
「うん。」
携帯食料も炙れば香ばしくなり美味しくなる。リヒティは小枝に刺すと焦がさないように気を付けつつ、火で炙っていく。
寝袋の準備をすませたエルピスはリヒティの近くに腰掛け、火の温かさをより強く感じようと手を前に出す。夜はやはり冷え込む。屋根も壁もない場所だからよけいに。エルピスにとって初めての野営だ。周囲の木々のざわめき、冷えた空気に混ざる森林の匂い、焚火の弾ける音、焦げるような匂い…
「リヒティ、何か焦げてるような匂いがするんだけど。」
「………炭になったなぁ。」
「な、なにが?!ねぇ、何を炭にしたの?!」
「今日の夕飯なしでもいいか?」
「嫌な予感があたった!そういえば、リヒティが料理をしているところ見たことなかった。」
村にいたときは講義代として食べ物をごちそうされており、リヒティの家にあるキッチンは綺麗なままだった。こんなところで知りたくなかった事実に、頭痛がしてくる。エルピスは自分の荷物を持ってくると手の平をリヒティに差し出す。
「小枝頂戴。僕も携帯食料持ってきてたから、多めに。今度は僕がやってみるよ。」
「おっ!何を持ってきたのか気になってたけど、携帯食料持ってきたのか!ありがてぇ!」
「他にはタオルと杖とナイフだね。寝袋とか僕持ってなかったから助かったよ。」
「本当は出発の時に荷物確認するべきだったのに、慌ててうっかりしてたわ。」
他愛のない話しをしつつ、リヒティから受け取った小枝を携帯食料に刺し、火で炙っていく。焦げる前の香ばしい匂いはなんとなく覚えている。そこあたりで火から離せば成功するとあたりをつけて匂いに集中する。
「…このくらいかな?はい、リヒティたぶん成功だと思うから食べてみて。」
「いただきまーす。……おっ!ちゃんと美味しくできてる!」
「よかった。」
リヒティからの高評価ももらえて安心し、エルピスも一口食べる。初めて食べる携帯食料は、ほどよい甘じょっぱさで外側がカリカリで中がサクサクしており、いくらでも食べられそうなほどだった。
「リヒティ!これ美味しいね!いくらでも食べられそうだよ!」
「そうだよな。でも一個までにしておけよ。腹の中で膨張するから。」
「あっ、そうなんだ。」
「あぁ、昔調子乗って食べたやつが腹が膨れすぎて死にそうになってた。」
「………それ、リヒティのことじゃないよね?」
「さぁな。」
リヒティは面白い体験談をたくさん話してくれるから、聞いてて楽しいのだが、聞けば聞くほどリヒティの評価が落ちていく。出会った当初はリヒティをさん付けで呼んでいたのに、今では呼び捨てだ。
気づけば村の子供たち全員に慕われているリヒティ。それはリヒティにとっての処世術なのかもしれない、といい感じにまとめておく。
お腹も満たされ、一息つくと夜の静けさを強く感じる。焚火の温かさを感じながらエルピスはぽつりぽつりと話しだした。
「リヒティ、今更だけど、あの日僕が聞いたあいつらから聞いた話しを伝えておくよ。情報は共有しておいた方がいいでしょ?」
「……お前本当に15歳か?…よろしく頼む。」
「うん、あのときーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーー
ーーーーー
「なるほど、神の器の候補者ねぇ。」
「精霊祭の時祭祀様が「まさかあなた様は」って呟いていた。だから、祭祀様が王都へ帰ったときに誰かに伝えたんじゃないかって。それと、ソレイユ様の力と身体が離れているんじゃないかって想像を否定しなかった。ってことは、今離れている状態なんじゃないかな?それで力が安定しなくて、日が陰りやすくなっているんじゃないかと。」
「そして、安定させるためにも体を…器を探している、と。なるほどな。世界を思うなら儀式を素直に受けさせた方がいいが…本当にセレニテだと思うか?」
「………一年前の僕が視力をなくした事件覚えてる?あの時のこと詳しくは思い出せないんだけど、もしセレニテに宿っていて力と身体が離れた瞬間があるのなら、その事件の時だと思うんだ。」
「?!なるほど、器の可能性が高まったな…。」
「…セレニテは神が宿った後どうなっちゃうんだろう?今のままのセレニテでいてくれるかな?それに、もし違ったら?神の力なんて強いに決まってる。しかも素質のある人に宿るってことは、素質のない人に宿ろうとしたらその体はどうなるんだろう?それを考えると僕は………。」
嫌な想像で体が震える。正直なところ、セレニテを助けるためにこんな所で立ち止まってなどいたくない。けれど、万全な状態で行かなければ返り討ちにあうだろうことも想像できる。それを思うならーーーと永遠の終わりのないループに思考がはまりそうになり、歯を噛みしめる。
そんなエルピスを痛ましそうにみつつも、リヒティも自分の気づいた点を話し始めた。
「……あの日のあいつら、”王都第二騎士団”とは言ったけど、一言も王命とは言わなかったんだ。それが俺にはひっかかってな。セレニテを逃がすよう指示を出しちまった。ソレイユ様探しは15年前から始まってるし、これは王命で間違いない。だが、もし誰かがソレイユ様を発見し、報告する前に分離させることに成功していたら?今回の騒動にも繋がる。」
「?!じゃあ、もしその仮説が正しければ、その分離させた人はその力で何をしようとしていたの?」
「それは、さすがに想像できん。頭が狂ってるとしか考えられないな。」
自分たちは大きな事件に巻き込まれかけているのではないか…それに気づいても、セレニテを連れ戻す気持ちに揺らぎはない。
新たな疑問を持ちつつも、今日は明日に備えて寝ることにした。先にリヒティ、後にエルピスが火の番をローテーションすることにし、エルピスは先に横になった。横になると思っていた以上に体は疲れており、すぐ眠りの世界へ誘われる。
エルピスが寝たことに安堵し、リヒティは先ほどの会話を思い出す。
(一年前の事件、もしその時に本当に離れているなら、エルピス、お前だって器の候補者の可能性があるんじゃないか?)
その可能性を視野に行動していかなければいけないと、リヒティは人知れず決意した。




