山で金魚に行きあうこと
ある侍が山を越えていると、若い女と行きあった。見目のいい女で、たいそう派手な着物を着ている。ただ、その姿は泥にまみれて緑の藻がところどころ着物に絡みつき、酷い匂いを放っていた。
あまりに尋常でない様子に驚いて思わず侍が声をかけると、女は一つこくりと頷く。
「お侍様、私は金魚でございます。こんな酷い形をしておりますが、麓の庄屋に飼われております金魚でございます。庄屋が私を飼い始めた頃は、何くれとなく世話を焼いてくれたものですが、最近はすっかりと飽いてしまったものか、とんと相手にされません。おかげで水は濁りきり、私はもう長くはないでしょう。お侍様、どうか憐れとお思いならば、私を庄屋のもとから連れ出してはいただけませんでしょうか。そうして私をこの奥にある池へと放してください。どうか死ぬ前にただ一度、広いところで泳いでみとうございます」
それだけ言うと、女は霞のごとく消え去った。
山を下ると屋敷が一軒建っている。侍がそこを訪ね、庄屋に事情を話して庭に案内させると、瓶が一つ置いてある。入っている水はすっかり濁っていて中を窺い知ることはできないが、庄屋いわく、たしかに金魚を一匹、その中で飼っているのだという。庄屋に言って椀を一つ持ってこさせると、やおらにその椀を瓶の中に突き込んだ。引き上げた椀の中には、弱った金魚が一匹、たしかに収まっている。そのまま椀を抱えて、侍は再び山を登った。
女がいた場所から更に奥へと道を逸れると、女の言うとおりに池がある。侍が池の中へとそっと金魚を放してやると、金魚はたちまち女の姿へと変じ、着物をゆらゆらとはためかせながら池の底へと泳いでいった。そうして二度と浮かんではこなかった。