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第六話 解放への道すじ

 昔の記憶を思い出そうとすると、黒い背景しか見えないので、自分は黒い記憶と呼んでいる。

 当時目が覚めた時、今までの事が思い出せなかった。覚えてたのは、クラスメイトへの憎悪、怒り、とにかく悪い思い出だけが、頭の中を駆け巡った。良い思い出だけ残ってれば、何も苦労はせず、寧ろ別の方向で幸せに暮らしてたのかもしれない。

 父親と思わしき人物、まあ事実父親だったわけだが、その人物に自分は誰か問いかけた。激しくショックを受けた様子だったが、すぐに持ち直し、緑川優と教えてくれた。正直、今でも本当に緑川優なのかと疑っている。

 若干お父さんを信頼し始めた頃、学校という場所に行く事になった。最初目覚めた時の嫌な感覚が、学校という場所で分かる事になった。翌日、自分は抜け殻になったように、家を外出しようとしなく、母親にも心配をかけた。

 父親が探偵、母親が検察とだけあって、どうにか俺が荒れないように努力してくれたのは、後に聞いた話。

 平日、学生が嫌々勉強をしてる中、出かけるのも増えてきた。出る度にアイスクリームを買うようになり、駄菓子屋の店主ともすっかり顔馴染みに。お父さんの顔より見てたと思う。

 そうやって、徐々に幸せを掴んできたとある日、また出る時いつもいくモリノナカ公園で、アイスクリームをチョロチョロ舐めていた時。学校をサボってる高校生ぐらいの不良達が、俺に絡んできた。

 怖くなったので、逃げようとしたが道を塞がれて囲まれる。100円しか持ってなかったので、すぐいなくなって安心していると、ボス的な大きい人がさっきの不良を連れまた俺の前に来る。

 後ろの子分達が持ってたのは、手錠にガムテープにロープ。いかにも「誘拐します!」って感じだったなぁ。

 もう終わりって思ったら、木の茂みがガサガサ言い始めた。何かが飛び出して目を瞑って、開いたら誰もいなかったんだ。翌日ニュースで近辺で人喰い事件が起きてたらしく、震えあがった。それはもう、しばらく家から出れなかったくらい。

 で、モリノナカ公園でアイスをまた舐めてた時、ウサギプロへスカウトされた。





 現代に戻る。

 振り返ってみれば思い出せると思ったけど、何も戻らなかった。自爆したような気分だ。

 それはそうと、今日は晴れて優しい高校の入学式。俺は怪我して行けなかった。

 生徒会メンバーと虹川さん、風音刑事も祝ってくれた。よく絡んでるメンバーと過ごしたので、高校生になったという実感が無い。

 俺が1年。葉山さん、大探偵さん、猩々緋、虹川さんが2年。天野さんが3年。他の生徒会メンバーは卒業して、それぞれの道に進む。

「緑川、入学記念に太もも触らせろ~」

「お顔を触らせてくださいませ!」

「わたし足がいい」

 昨日からこうなる事は、容易に想像できた。流石に病室なので、今度俺の自宅でと断りを入れた。今に満足してるので、無理に記憶を取り戻す必要は無いかもしれない。

 葉山さんが風音刑事を見て。

「しっかし、いつの間にダメ刑事がお嬢様刑事になったんだ?」

 自分が肩を怪我した後くらい。

 具体的な日数は分からず、実家の人に聞くしかない。風音刑事が落ち込んで、またなだめてるよ。やれやれ。

「うちも分からないのです」

「そこで、生徒会の人達にも協力してほしいのです」

 生徒会の人達は、浮かない顔つきで見つめ合う。よくない雰囲気らしい。

「ンー、残念だけどね緑川君。校長から倉家刑事には協力するな、と指令が出てるのだ。本当に申し訳ない」

 事情があるのか。今は同じ優しい高校の身、同じ指令が下る可能性は十分にある。

「でも、風音刑事が困ってるんですよ! いつもの生徒会メンバーらしくないです」

「……本当にすまない緑川、ダメ刑事は仲間ではないのだ」

「そんな……」

 歯がゆい。俺だけでも捜査したいが、周りの人間に迷惑をかけてしまう。どうしたらいいんだ。

 友達を助けれない悔しさに、無意識に内に机を叩いてしまう。

 そんな俺に提案したのが、虹川さんだ。

「ならば優しい高校の生徒じゃなければいいんでしょ? わたしが代わりに調べる」

「い、いいんですか」

 親指を立ててウインク、危険が伴うかもしれないのに、ありがたい話である。

「僕も参加させてもらうぜ。兄弟として見過ごせねえ」

 言ってくれると思った。

 虹川さんを頼むと言うと、ヤツも親指を立てる。

「猩々緋様、止めても無駄なのでしょう……暑苦しいお方ですから」

「おうとも」

 すごい勢いで虹川さんと風音刑事を引っ張る猩々緋の姿が、頼もしく見えた。





 また、深夜の病室で俺は起きている。今度いるのは葉山さんではなく、虹川さんと大探偵さん。

「猩々緋君って方向音痴なんだね! 彼の家着くまでに3時間は振り回された」

「ええ……会った時からそういう人で、でも指揮としては優秀ですのよ」

 確かに、まともな人が少なかった生徒会で、結構普通な部類に入ってた猩々緋は、貴重な存在だったのだろう。

 天野さんもまともだけど、なぜか頼りなさそうな雰囲気がある。葉山さんと大探偵さんに関しては、まともから逸脱している。以前の風音刑事含めても変な人が多かったため、虹川さんが普通じゃないように見えた。

 まあ、自分の家にたどり着けない人が通常かと言われれば、ちょっと違う。

「そういえば、どうして俺を嫌ってたんですか」

「注目が逸れるのは目に見えてました。だから、嫉妬してたんでしょうね」

 嫉妬。普通に、と言っても軽くどんよりしてたが、突然嫌われたのは驚いた。そういう事だったのか。

「わたくしは暑苦しくて苦手なのですわ!」

 本気で暑苦しいと思ってたのか……。ちょっといじってみるかな。

「俺は人をけなすのは苦手ですね」

「……のは冗談でして、猩々緋さんの熱血みたいなオーラもき、嫌いじゃなくてよ」

 やれやれ。

「今時ああいう熱血漢も珍しいよね。わたし緑川君みたいな人が好き」

 告白なのか? それは。

 大探偵さんが虹川さんを睨む。それに全く気付かず、話を続ける。

「君は多くの女の子に囲まれてるけど、誰が好き?」

 まるで、割れそうな水風船を差し出したような質問だな。上手く処理しなきゃ、被害にあうのは間違いなし。

 とりあえず笑顔を作るも、多分引きつってる。

「あ、あはは。はははは……」

 乾いた笑いしか出ない。二人が期待の視線で、キラキラしながらこっちを見てくる。

 顔が近いよ、いい香りだけど。オッサンの顔が近いよりいけど。

 記憶のある中で一番ピンチかもしれない。いや、絶対ピンチだ。答え次第では全て崩れると言っていい。

 今やるべき事は、お茶を濁すんだ。

「皆好きですよ」

「強いて選ぶなら!」

 来ると思って、次の答えを用意してるんだなこれが!

「自分が一番好きですね。じゃないと生きていけないですから」

 しかし虹川さんは粘り。

「えー? 自分以外で」

 どうすればいいんだ。誰も選べないよ。

 誰かを指名するのは当然ダメ、あんまり適当に誤魔化してもダメ、的確な理由も浮かばない。また、この人達は俺の正体を知ってるため、アイドルのラビットという答えもダメ。

 こうなったら最終手段だ。

「寝ますおやすみなさいまた話しましょうでは!」

 布団をかぶって、一切合財話を聞かない。これで解決だ。寝たフリをして聞き耳を立てる。

 虹川さんが帰って、大探偵さんだけが残った。

「緑川様寝てるなら、一緒にこっそり寝ちゃいましょ」

 まるで葉山さんのような、って本当に入ってきた。さらに俺を背中から抱く。さらに後頭部に顔を埋めてきて、必死に呼吸。

 自分の心臓の鼓動が早くなる。

「あらら、起きてますわね。心の動きで分かりましてよ」

 それでも、寝るという芝居を続行。

「……素直なお方。おやすみなさい」





 ――――猩々緋。


 今日も晴天以下略。

 風音が、どうしたら戻るかの捜査二日目で、今日は虹川ではなく大探偵がいる。

「どういう風の吹き回しか分からねえが、頼むぜ大探偵」

「べ、別に猩々緋様のためではなく、世の中のためですわ」

 へいへいと適当に返事し、ポケットから棒つき飴を取り出す。

 キラキラした目で、風音が棒つき飴を見つめる。今日は持ってないらしい。もう一個持ってたので放り投げる。ナイスキャッチ。

「うち、こうなってから飴舐めてなかったんです。自分を取り戻す事に必至で」

「そっか。取り戻したいなら、いつものように茶色いコート来て、ツインテールにして、口調も戻したらどうだ」

 苦虫を噛んだような表情をされる。猩々緋は、頭上にハテナマークを浮かべた。

「ま、頑張ろうな! 姉貴を取り戻そう」

「う、うん」

 まず向かった場所は、風音の職場である塚前流(つかまえる)署で、刑事である彼女自身久しぶりだ。

 功績を上げていたので、上の階級への誘いがあとを絶たなかったという。その矢先、刑事としての活動を休み始めた。

 署内では不穏な噂が流れていた。取引、不正、上への援助などが行われていた。お偉いさんから突然断られ、活動をやめたのではないか、と。

 当然歓迎はされず、適当にあしらわれ、適当に案内され、適当に珈琲を出される。

 出てきたのは、銀髪で白い髭、濃いオレンジ色のコートを着た、還暦は迎えている刑事。風音の先輩に当たる人間だ。

「今更何のようだ、倉家刑事。もう君の居場所はないと言っていい。これ以上悪い事は言わないから、刑事を辞めないか」

 猩々緋と大探偵は気づかないが、刑事なりの精一杯の優しさ。いじめや嫌がらせ、パワハラやセクハラの問題を見通しての、辞職の促し。

「いきなりそれはないぜ! 姉貴、刑事の職に誇りを持ってた、だのに!」

「やはり警察は正義ではなく、所詮組織なのですわ。ねえ、倉家様……倉家様?」

 風音は俯いていた。反論する様子もなく、悔しそうな素振りも見せない。寧ろ、その通りかもしれないと小さく呟き、反論した二人の視線を集める。

「ふむ。ここだけの話だが、あまりの変人ぶりに嫌がらせを度々受けてたみたいでね。自分としては解決したいのだが白い髪の嬢ちゃんの言う通り、所詮組織、なのかもしれぬ」

 どこか刑事から、哀愁が漂う。猩々緋は、初めて刑事が風音の事を考えてたと知る。大探偵というと、今にも怒りそうで、震えていた。

「申し訳ない、倉家刑事……いや、倉家さん。君のためにも、辞めてくれないか」

 沈黙が応接室を支配。珈琲から出る湯気の量も、かなり減ってきた。

「実は、」

 突然、風音から発せられた。何かを訴えかけるような、キリッとした表情に変わる。

「人から嫌われてるのが気になって、緑川さん、いやミドリんを理由にして、自分の言動を変えようとしたの。能力や自分の中から抜けた何かというのは、全部嘘」

 若い二人は驚く。刑事は見据えてたのか、ゆっくりソファに腰掛けた。

「だからごめんね。朱とミドリん、他の皆も……! 人として最低な行動をした。だから、刑事辞める!」

 そこで還暦の刑事は呼び出され、嘘の真実と刑事生活は終わりを告げる。





 ――――緑川。


 まさか、風音刑事を風音さんと呼ぶ時が来るとは、想像してなかった。

「ミドリんには風音ちゃんと呼んでほしいけどね! あ、いっそのことカザネんでもいいよ!」

 やれやれ、刑事辞めてから元気さが増したな。

「やっぱり風音さんで、俺にとっては一番呼びやすいですから」

「うん! これからのうちなんだけど」

 直後、サプライズが待っていた事は、さっきまでの自分は知らない。


「緑川探偵事務所に入ろうと思う!」





 お父さんは腕を組んで、頭を下げる風音さんを強く睨んだ。多分入所させたいのは山々だが、余裕がない。

「お願いします! ボランティアでも、お金支払ってでも、ここで働きたいんです!」

 もう働くの領域じゃないよ、それ。

「……やれやれ、給料は安いぞ。この書類に全部書いて、明日の昼までに持ってくるんだ」

「やったー! ありがとう!」

 奪い取るように書類を取り、自宅を出て行った。見計らって、お父さんが俺に質問を投げかける。

「どうだ。お前はよく共にしてるみたいだが、疲れないのか?」

 何となく過ごしてるという事は、多分疲れない。寧ろ一緒にいて楽しいし、想ってるからこそ、混乱した時に向かったのだ。その趣旨を伝えた。

 若干疲れた様子で、顎をさすりながら考えはじめた。閃いたのか、思考を回す素振りをやめ、珈琲を手に取る。

「相性がいいかもしれないな。いいコンビになると、自分の勘は叫んでるよ」

 俺も思う。今日は真似して、足を組んで珈琲を飲もう。その姿を嬉しそうに指さしながら、二階へ上がっていった。

 直後、あっという間に書類を書いた風音さんが、暴風を巻き起こしながら自宅に入る。

「書いたよ! あ、近くにいるみたいだけど、ミドリんこれ渡しといて! うち父さんと朱に相談してくるから!」

 忙しい人だなと思いながら、風のように去る風音さんに、暖かい視線を送った。





 ――――猩々緋。


 猩々緋は広いリビングのふかふかなソファで漫画を読みながら、炭酸飲料を飲んでくつろぐ。

 目の前にある大きくて縦長、ガラスでできた机にはサングラスとバンダナ、駄菓子屋で買った風音がいつも持つ棒つきの飴がある。

 静かに時が流れる空間に、騒がしい一人が乱入。

「大都市の平和を守る、風音ウーマン参戦!」

 突然現れた風音が、どこかの正義の見方がしそうなポーズを取り、背後からはそれっぽい演出とナレーション。

「おー姉貴、本当に戻ったんだな! いつもの棒つき飴買ってきたから、好きに持っていってくれ」

「ありがとう! でね、朱に相談あるんだけど」

 伝えられた相談の内容は、もちろん緑川探偵事務所に入った事。

「僕ならやると思ったが、おやじがどう言うか……僕から連絡入れてみる」

 スマホをいじり、通話を入れる。地の底から響いたみたいな、恐ろしく枯れ果てた声が出る。風音が緑川探偵事務所に入ったと言うと。

『なんだと? ふざけるんじゃない! 耳に入ってるんだぞ、刑事を辞めた事』

 妙に広いリビングが振動を起こす。枯れた声の割には、とても声が大きい。

「ところでおやじ、刑事を辞めた理由は聞いてるのかよ」

「知らんな。風音の事だから、テレビでやってるヒーローとやらにでもなりたいと言ったんじゃないか?」

 間髪も入れず猩々緋は舌打ち。

「……ふざけてるのはそっちだぜ。何があったかと言うとな」

 嫌がらせを受けていたのを伝えると、父親は黙った。

「緑川のヤツなら姉貴を想ってくれてる。僕も実際信頼してる人間だ」

 鼻をすする音が入る。涙をこらえてるのは、容易に想像できた。

『風音、近くにいるんだろう。親としてすまなかった。母も、お前の夫も守れなかったんだ。警察のトップしても失格だ……』

「でも、おやじがいるから大都市の警察達は上手く動いてるんだ。責任くらいは持ってくれよな」

『当たり前だ。忙しいから切るぞ』

 結局返事も緑川の信頼も聞けなかったが、反論するつもりはないのだろう、と察した。

「ごめんね、父さん。うち立派になって刑事に戻るから」

 風音は茶色のコートを羽織り、棒つき飴を大量に鷲掴みしながら、この豪邸から外出。





 ――――緑川。


 夕方、太陽がお休みを始める頃。俺は適当にテレビのチャンネルを回す。

 目に止まったのは、長年やってるシリーズで、ヒーローが街の人々を救うという番組だった。単純だけど、たまに見る分には面白い。お父さんがようやく降りてきて、視線はすぐテレビへ。

「お、この番組は自分が若い時からやってた……優、好きだったな」

 感慨に浸っている様子。小さい時も現在も、変わらないのかもしれないな。根本は。

 追い込まれたヒーローも、なんちゃらの奇跡を起こして、悪の怪人的な相手を無事突破。今日もあっちの世界の街では平和が訪れましたとさ。

 あっけない説明だったが、俺もお父さんも結構見入ってて、エンディングまで見た。感動してる最中、風音さんが大量の荷物を持って、眩しい笑顔で再び現れる。

「自宅からは遠いので、風音は泊まり込みでお仕え申し上げます! 衣類やお金、お菓子とアレはいっぱい持ってきたので、次はどうにかお部屋をお借りに!」

 アレってなんだ。

 思い当たる部屋を考えても、どこもない。強いて上げるならお母さんの部屋か。

 動揺したお父さんは、騒ぎ立てる。

「んな部屋あるか! 流石に自宅から通勤してくれ!」

 この先不安になってきた。俺はいいのだが、両親の負担が大きくなりかねない。必死に考える、皆平和でいられる方法を。

 自宅にいさせたら疲れられるだろう、でも個人的には泊まってほしい。葛藤が頭の中でとぐろを巻いていた。

 今出せる妥協案としては。

「今日はとりあえず俺の部屋で寝てください。もう遅いですから」

「我が息子ながら、いい判断だ」

 ド直球に褒められると、かなり嬉しい。で、自分はどこで寝れば。

「優はソファで寝ろ」

 飴を鞭ってやつですか、そうですか。

 仕方なく布団と枕とその他諸々持って、就寝準備。お詫びとして、今日のチャンネル券を貰った。

「えー、ミドリんと一緒に寝たい!」

 これ以上ワガママを言わないでほしい。心臓に悪い。

「息子が大の女性と寝るなんてハレンチな真似、するわけないだろう」

 2回か3回くらいやった事あります。なんて聞いたら悲しむので、絶対に言わない。口が裂けても言うものか。

 見透かされるかもしれないので、誤魔化しを兼ねて風呂へ向かう。休日の風呂は最高だ、暖かさが肌に染みこんでくる。

 体の調子もいいみたいだし、そろそろアイドルの活動を再開しようかな、と考えてた矢先――――

 扉の先に人影が見える、お父さんではない。となると風音さんしかいない。予想してたけど、どうやって探偵の目線を回避したんだ。そもそも、普通に俺が入ってると知ってるのに来る光景が異常だ。

 なぜか水泳用の水着を着てるのでセーフ。何がセーフかと言われれば分からないけど、何でもいいからセーフ。

 よく考えれば、最近のライトノベルみたいな事が多い。実は今いる世界は小説の中で、誰かが執筆してるなんて。いやまさか、考えすぎだ。

「一緒に入ろう!」

 ドボン。

 小さ目の風呂に、高校生一人と大人一人。親子ではない。

「大人の女性が普通に入らないでください!」

「いいじゃんー。ミドリん女の子みたいなもんだし」

 一応男なんですが。

 遠くからお父さんの声がする。俺の顔は真っ赤。

「どうだ優、いい風呂かー?」

 答える前に、風音さんが答える。

「いい風呂だよー!」

「む? 優もついに女の子になってしまったか。男を叩き直してやらねば……」

 やめて、バレたらまずいからやめて。

 とりあえずさっさと上がろう。いい風呂だった、うん。

 しかし。

「だめ! いい風呂なんだからもっと癒されようよ!」

 抱きしめられる。逃げれない。

 下手に暴れると覗きにくるだろうし、だからって手を打たないと一緒に上がる可能性は十分にある。

 頑張って考える、頑張って考えた、頑張って考えたさ。結論は詰み。意外と風音さん隙がない。

「葉山ちゃんの言う通り、ミドリんってお人形さんみたい!」

 もはや、あの人からは所有物なレベルでしか思われてない。

 楽しそうな笑顔で、鼻歌まで奏でてる。まあ、父さんにバレなければいいだろう。

 フラグはへし折るもの。回収するわけ――――

 再び、風呂の扉が開く。開けた主はお父さん。

「妙に騒がしいと思ったら、お前ら……」

「あ」「あ」

 俺と風音さんは、同時に声発する。

 この後、滅茶苦茶説教された。





 激怒したお父さんは、遅い夜にも関わらず風音さんを帰した。

 他に何をやったのか聞かれたが、何もやってないと答える。嘘はついてない、嘘は。

 別に葉山さんや大探偵さんの事は聞かれてない、今こそ揚げ足を取る時なんだ。

 よろしいとお許しが下りたので、そそくさと寝床につく。





 翌日、晴れ。

 学校帰り、緑川探偵事務所には俺と風音さん。お父さんは仕事中みたいだ。

「風音さんは依頼とか来てないんですか」

「んーとね、新人って聞いて帰る人多いの! あの謎解かない少女なのに、プンプン」

 プンプン、ときたか。

 警察関係者では有名かもしれないけど、俺含めて一般の人には知らない場合が多いと思う。

 しかし、よく少女みたいな人が生きる伝説になったな。いざ推理する時とか、すごいのだろうか。

 何となく珈琲を淹れようとした時、風音さん曰く8人目だという客が来る。眼鏡をかけた幼い女の子だ。

「あのね、落し物しちゃったの……」

「この風音ちゃんにお任せなさい!」

「ほんと?」

 まるで子供を二人見てるような光景だな、一人大きいけど。

 依頼の内容は、母親から借りたネックレスを探す、というもの。

「ほうほう。名前は佐藤咲良(さとうさくら)ちゃん7歳、5月1日生まれ、両親は普通にいて、3歳の妹がいる。んでネックレスは、気づかずにモリノナカ公園に落としたみたい」

 適当な事でも並べてるのか? でも、目は自信に満ち溢れている。咲良ちゃんも図星みたいだ。

「ついでに嘘までついてるね、こっそり化粧台から取ったでしょ!」

 おいおい超能力者かよ。見た感じ初めて会った子だよね。

 ふふんと鼻をならして、得意げな表情。一瞬で全てが解き明かされる光景は、まさに謎が謎でなくなった瞬間。これが『謎解かない少女』だと言うのか……!

「うちネックレス取ってくるから、ミドリんは待機してて」

「あ、ああ。はい」

 ものの10分、本当に依頼されたネックレスを取ってきて、咲良ちゃんは大喜び。後に母親が訪ねてきて、料金を払ってくれた。

 一瞬で仕事を終え、ソファに風音さんが深く座る。俺が飲もうと思って淹れた珈琲を勝手に飲みながら。

「どう? すごいって褒めて!」

 大きな何かを見てるようで、言葉が出ない。勝手にテレビのチャンネルを回しながら、話を続ける。

「最初うちが事件を解決した時も、皆こうだったな。解決した最初は優しかったんだけど……」

 悲しみを孕んだ目でテレビを鏡のように映す。かなりの純粋さが伺える発言に感じた。

 俺は人を見ても背景は見えないけど、様々な悲しい体験しているかもしれないと、勘が叫ぶ。

「ま、重い空気は無しにしてさ! 居酒屋で飲みに行こうよ!」

「ええ、そうですね」





 ついに店主に俺の奢りでお代を払わされた。流石に風音さん、お金持ってきてる様子だな、よかったよかった……何で俺が払ったんだろう。

 前と同じ場所の席に座り、俺は焼き鳥とサラダを頼む。

「ビールとイカおねがーい!」

 やっぱりビールは注文するか。

 ちまちまと焼き鳥をかじりながら、話題は昨日起きた風呂の事件へ。

「文句のあれそれは置いといて、よくお父さんの視線から逃げれましたね」

「そりゃもう、謎解かない少女だから」

 どういう理論なのだろう。もはや、風音さんを理論で紐解いてはいけないのかもしれない。

 しばらくして、向かいに座ってたのが、隣り合わせで座る。肩を組んできて歌い始めた。歌うの好きなら、今度カラオケにでも誘おう。

 店主が迷惑そうにしている。でも、普通の時もそうだけど、酔っぱらった彼女はなおさら止めれない。

 俺は申し訳なさそうに。

「肉じゃがお願いしまーす……」

 やっぱりこの店の食べ物は美味い。数分くらいで全て食べきった頃、疲れた風音さんは眠る。

 見計らった店主が。

「よくこんなやつと付き合ってられるね、関心するよ」

「あ、風音さん刑事辞めたんです」

「そうなの!?」

 かなり驚いた様子。職に誇り持ってたんだがなぁ等、ぶつぶつ呟き始めた。

 何を思ったか分からないけど、俺に無料で焼き鳥をくれた。申し訳ないと考えつつも、結局平らげる。

 そして、結局俺がお金を払って、風音さんを連れ帰る。背負ってるというよりは、もたれかかってる状態だが、何とか前に歩む。

 いつも猩々緋は、失礼だけどこんな重い人を豪邸まで運んでたのか。俺が筋力ないだけかもしれないが。

 すごく疲れたので、近くにあった公園のベンチに寝かせる。俺は、隣のベンチへ。

 空を見上げても星は見えない。大都市なだけあって建物が多く、その光が星を見えなくさせてる。とお父さんから聞いた。

 記憶のある中で、自分は星を見た事がない。やっぱり『☆』の形をしてるのか、はたまた色んな形を持ってたりするのだろうか。いつか皆誘って、星を見に行きたい。

 夢を頭の中に並べてると、一人誰かが俺の前に立って、銃口を俺に向ける。

「そこの女性を渡すんだ」

 男性の声だ。今、自分は脅迫されている!

「普通の人は人を殺せません。それに、俺は銃口向けられたの、初めてじゃないので」

 ほう、と感心した声を出す。やたら落ち着いている、本気でやられるかもしれない。

「普通なら、ねえ。残念ながら自分、殺し屋なもんでね。君を犠牲にして彼女を連れ去るくらい、容易いのだよ」

 目的は誘拐。

 簡単に引き下がっては、お父さんに叩きこまれた男が廃るというもの。

 うっすら光る街灯に俺達は照らされてるので、相手からは見えている。逆に相手はこっちから見えない。不利だ。かろうじて相手のシルエットと銃口は見えてるので、どうにか銃を叩き落せば行けるか。

「分かりました。降参します」

 油断させるのは基本。

「その目、諦めを知らない燃ゆる日本男児の物。よく見てきたから分かる。結果、そういう奴らは大体葬ってきたがな」

 動かない? 目だけで諦めてない事を判断できるのか? ついでに男という事実まで見透かされてる。

 相手を見くびっていたようだ。有利な位置を取られた時点で、悟るべきだった。

 諦めそうな時、ふと前に聞いた言葉を思い返す。


 ――――ピンチな時は、とりあえず笑うといいよ。


 そうだ。

 どこで聞いたか分からないけど、とりあえず笑おう。とびっきりの笑顔で!

「何を笑っている。オレの顔に米粒でもついてるのか」

 この状況で米粒、相手は冷静さを失っている。銃を持つ手に飛びかかる。上手く奪い取って、銃弾を即座に抜く。以前は蹴って大問題になったので、今回は失敗しない。

 闇に紛れて相手は逃げてしまった。落とした銃弾を回収して、お父さんに保管してもらおう。何かあると悪いから、さっさと帰る事にした。





 翌朝。

 風音さん曰く、昨日何があったかは覚えてないらしい。

 お父さんは銃弾に線が残ってなかったと大騒ぎ、手練れの殺し屋と見て、時間を見つけて捜査してくれると言った。

「ただ自分には時間が無い。警察に協力を求めた方がいいだろうな」

「うち、警察頼りたくない」

 鬼の形相でお父さんが風音さんを睨む。

「貴様の事情など知らんな。息子の命が危ないんだ」

 いくら熱血漢でも、自分の子の命が危ないとなると、夏舐めるアイスのように冷たい。

「じゃあ解決すればいいんだよね! 自分を捕まえようとしたやつを!」

 んな無茶な。でも、彼女なら解決できるような気がする。根拠はない。

「やってみろ、謎解かない少女なんだろ」

「うん! 行くよ、ミドリん!」

 え、俺も行くのか。

 強引に手を引かれ、自宅を出る。




 第六話 解放への道すじ Fin.

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