第三話 語られない物語の物語
小さな島の小さな町、青頭巾をかぶった少女がいましたとさ。
それはそれは可愛らしい女の子で、いつも美しい歌を、その口で奏でていた。
今日も雲一つない空、小さな砂浜で、美しい歌声で聞こえてきます。作詞作曲は青頭巾で、またそれはそれは、綺麗な調。
合わせて、海面から様々な形の水が、重力に逆らって浮く。
星の形が多く、曲の中盤には、月の形が浮かぶ。
昼なのに、夜を見てるような、不思議な光景でした。
とある日、悪い噂が町中に広がります。
きっかけは、人の骨が見つかったからです。骨には、鋭い歯を持った何かの、鋭い痕が残っていた事。
いずれ人々は、一連の事件をこう呼びます
人喰い。
日を増すごとに、住人は数が少なくなります。移住や外出を許されない島なのに、どんどん減っていく。
こっそり出る人も時々。ですが、ほんの僅かであり、明らかにそれ以外の原因で、人が消える。
このままでは、島の人間が全滅してしまうと危惧した、一人の探偵が立ち上がりました。
しかし、調べても調べても犯人は分からず、頭を抱えて悩む。
ふと通りかかった、小さな砂浜に、ふてくされるように腰掛けます。水平線の先には、大きな建物が沢山。大都市の光景を想像しながら、煙草を吸う。
「コノ島(※島名を指す)も終わりかね。まさか、昔あの子が書いた『妖魔の封印伝説』が本当になるとは……」
妖魔の封印伝説とは、簡単にまとめると、餅の容姿をした妖魔が人を食べ、それを悪いと思った赤の勇者が、退治し封印してハッピーエンドという、そんな物語。
探偵の背後に、青頭巾ちゃんが通りかかります。誰かが通ったと思い振り返りますが、誰もいません。足跡だけが残って、見て背筋を震わせた。
探偵は悪寒を感じながらも、捜査を続けました。しかし。
捜査の努力も虚しく、人は殆どいなくなってしまいました。
おわり。
「何ですか、その後味の悪い物語は」
病室で、葉山さんから聞かされた。
すっかり夜もふけって、二人しかいない静かな空間。眠れないと言ったら、物語を聞かせてくれると言ったので、黙って聞いたら余計眠れなくなった。起訴するぞ。
「緑川が黙って病室出て、捜査しようとした罰。有罪」
やれやれ、刑を執行されてしまったようだ。まあ、元々起こしておきたいという目的があるのかもしれない。
醤油にワサビを入れ、刺身を浸してる姿はまるでお父さんだが、見た目はやっぱり可愛い。相変わらず目の光は無いけど。
「どうした、私を見つめて」
どきっとする。無意識に葉山さんを見ていたみたい。
「分かった! このフードが恋しいのだな。そうだろうそうだろう」
相変わらずだね、そういう所も。一生彼女達と楽しい時間を過ごせればいいな。と考えつつマグロの刺身をこっそり取る。今まで刺身は食わず嫌いしてた。結構美味しいな。
もう一つ取ろうとした時。
「おい、マグロの減り早いと思ったら食ってたのかよ。女の食べ物の恨みは怖いぞ~?」
眠れないの刑じゃ収まらなさそう。次は何の刑かを期待しながら、烏賊もつまむ。美味しい。
呆れたのか飽きたのか、罰の流れは自然に消滅し、二人で刺身の大群をたいらげた。
青頭巾か、そういえば葉山さんのフードも頭巾みたいだなーって、それにしても人喰いか、人喰い? 激動とも言える数日の中で、何か前の記憶の欠片を失った気がする。誰か赤い人に頼まれた、探偵依頼……。
色々考えて我に返る。葉山さん顔近いです。息が……いい香り。
「なあ、一緒に寝ないか」
この人となら、恥ずかしい気持ちも消え去ってくような、そんな気持ち。特に拒否もせず、受け入れる。
おやすみなさい。また一緒に捜査しましょう。
窓を眺める。曇天の雨模様で、ちょっと体が重い。
隣を見ると、まだ葉山さんは眠りについていた。気づかれないようそっと立ち上がり、お父さんから借りた特製珈琲を淹れながら、大欠伸を一つ。
寝る直前の、昨日の事が忘れられない。心が穏やかになるような、そんなひと時だった。思い返せば、一連の事件に巻き込んだ罪滅ぼしなのかもしれない。
何となく葉山さんの近くに寄り、今度は俺が顔を近くで眺める。事件の寝言を言ってるよ、職業病な人だなぁ。
「うわ!」
葉山さんが突然起き上がり、額と額がぶつかり合う。お互い頭を押さえ、共に怒りの言葉を並べる。
そして、最後はお互いに笑う。
微笑ましい光景に、誰かが荒々しく入ってくる。
「よおよお、いい光景だなァ優しい高校の連中よー」
青いバンダナにサングラス、猩々緋よく似たその姿。間違いない、ヤツが言ってた真犯人だ。
まあ、正確に俺は優しい高校の連中には含まれないが。
揚げ足を取ってもしょうがないので、とりあえず睨む。
「貴様、何しに来た……! 怪我した俺に止めをさしに来たのか!」
「怒るなよ、見舞いにきてやったのに、さ」
前あった誘拐事件の時と、同じ禍々しいオーラを感じる。猩々緋にはない、冷たいオーラ。
明らかにこいつなのに、どうしてだか体が動かない。怒りか恐怖で震えている。
「なあ葉山、ボクと一緒にコノ島を復活させないか? 本来は超能力を持った人間で支配されるべきなんだ。古い『シキタリ』なんて捨てちまおうぜ」
自分は混乱している。情報をまとめよう。
コノ島は葉山さんの物語に出てきた島だ。次に青い猩々緋と葉山さんが知り合いという事、そして、この世に存在するはずのない超能力の存在。
「結構だ。それに私はお前を知らない。名前くらい名乗りやがれ」
知り合いではなかった。相手が一方的に知ってただけらしい。
「そーだな。アオキブルーウッド、とでも言っておくか?」
変わった名前だ。大探偵さんに比べたら比較的普通だが、普通かと言われるとそうでもない。
「んじゃーな。あ、最後に一つ、」
黙って耳を傾ける。葉山さんも警戒してる様子。
「超能力は不滅だ。絶対になくならねぇ」
アオキは姿をくらませた。
その後というと、院内でアオキを、見舞い来た生徒会メンバーが見つけて大騒ぎ、結果捕まえる事はできなかったという。
院長が訪ねてきて、俺を含めて大目玉をくらった。
数週間後、晴天。
怪我もすっかり回復してきて、程度に腕を動かせるようになってきた頃。あの出来事以来会ってない、風音刑事の豪邸前に来た。
しかし、警備員曰く俺に会うのを拒んでるらしく、入れないように言われてる、とか。
恐らく、これ以上迷惑をかけないために、あえてそうしてるのではないかと思う。
仕方なく引き返し、留置所へ向かう。彼が許可を下せば入れると思ったからだ。
道中、大探偵さんと鉢合わせになった。適当な挨拶を交わし、話題はアオキの事へ。
検察や警察に相談したものの「世迷言はよせ」と跳ね返され、ふてくされて優しい高校へ向かってた所に俺と遭遇した、とのこと。
イライラを解消したいからと、人が多い中、俺の顔をべたべた触ってくる。やれやれ、いつも通りかな?
葉山さんだったら速攻であのフードを着せ、滅茶苦茶短いスカートを履かされ、太ももを触るか抱いてくるまでしてくるので、まだ大探偵さんでよかった。でも恥ずかしいのは恥ずかしい。
通りかかった通行人がちらちら見たり驚いたり、自分達を中心に悲喜劇が起きている。
べたべた触られてる途中、一人、女性のメディアが取材に来た。最近のカップルについてらしい。俺達カップルではない。否定すると、すごく驚かれた。気持ちは分かるが、それが事実なのだ。
メディアは粘り「照れ隠しなのでしょう?」と迫ってくる。だから違います、と笑顔を作って対応。
否定しても何度も問いつめてきて、ちょっとイライラしてきた時。大探偵さんが華やかな笑顔で。
「粘り強い方々なのですね……」
ちらっとこっちを見る。大探偵さんも頭に来てるのだろうな。どうにか離れる理由を考えなければ。
「えー、俺達急ぎの用事あるのでこれで!」
逃げるようにメディアの元から去る。
見えなくなった頃合いを見て走った。高台になった場所で緑が多い、モリノナカ公園につく。眺めがよく、高い建物が沢山見える。
そんな場所に、背後からでも誰か分かる、一人の女性がいた。水色のドレスに同じ色合いの靴、一つにまとめた赤毛。前はツインテールだった、あの人。
「風音刑事!」
俺の声に振り向く。思い返せば、自分から声をかけるのは初めてかもしれない。
「ミドリん! ……いや、緑川、さん」
一瞬素の姿が見えた気がした。でも、今ある姿は淑やかで、静かさを体現したようなもの。
「わたくしとキャラかぶってますわ!」
言ってる場合か。
「あの時の事は謝ります。だからもう会わないでほしい、ですの」
外国人が日本語を覚えたばかりのような、それくらいのぎこちなさ。
大探偵さんが、今にも決闘を申込みそうなポーズをしてたので、背中をポンポンして落ち着かせる。ひゃっ! と変な声を出されるも、風音刑事も俺も気にしない。
風の音が、人の声が全て空に吸い込まれてるような、そんな感覚が脳裏を駆け巡る。ようやく空気を察知した大探偵さんは、申し訳なさそうに俯いて一歩引く。
「色々聞きたい事はありますが、最初に単刀直入に言いましょう。元に戻りませんか」
考えなしに、勘を頼りに言う。きっと猩々緋も同じ事を言うと感じた。
「うちだって戻りたい。でも、急に自分から自分が抜けたような気がして……能力も使えないの」
「能力、ですか」
ふと超能力という単語を思い出す。が、すぐに振り払って適当な長所を頭の中に並べる。
本当に能力者が息を潜めて生きていたとでも言うのか。アオキの言葉を信じたくない自分と、探究心の強い自分が半々。
「どうやったら戻れますか?」
どうやったら、か。必死に思考回路を回す。
それとなく、大探偵さんに意見を求める。
「そう言われましても……そうだ! もう一度肩をお噛みになられては!」
今度は背中を強めに叩く、必死に重い空気を変えようとしてるのか、それともふざけるのが性なのか。それが彼女らしさでもあるが。
「のは冗談でして、真面目に答えるなら、えーっと、浮かびませんの……」
さいですか。
今浮かんだ、一つの案としては。
「俺と一緒に行動しましょう。一人でいては、解決の糸口は見えないと思います」
10秒くらい固まったが、目をうるうるさせながら、ゆっくり頷いた。これで事がやっと動くはず。
まずやるべき事項は、アオキを探す所からだな。混乱の大本であるし、捕まえなきゃ猩々緋が助からない。
中々彼女ら二人が動かなさそうなので、背中を両手片方ずつで軽く叩く。
大探偵さんが閃いたように。
「捜査の前に、一息ティーでも飲みませんこと?」
偶然見かけた、ムーンカフェに立ち寄った。やたら男の人が出入りしてるので、メイドカフェかと思いきや、そうでもないらしい。
入ってみると、見覚えのある制服を見てしまう。
兎の耳がついたピンクのフード、パンツが見えるくらい滅茶苦茶短いスカート、黒い靴下。
何で葉山さんが持ってる服装と同じのがと思ってたら、バイトしてる葉山さんが、普段見せないとびっきりの笑顔で対応。すぐにいつもの彼女に戻る。
「葉山さんってお嬢様オーラ出してたけど、バイトしてたんですね」
「失礼な……は違うか、ムーンカフェは私の実家だ! 手伝いしてるだけに過ぎない」
だから俺の分まで持ってたと。案外制服マニアだったりして。
「ところで、今日はダメ刑事もなのだな。久々に見る」
「今のうちは、本当にダメ刑事です……」
まるで、しおれた花を踏みつぶしたような光景。それに急いで水を上げるように。
「よく分からんが悪かった。お詫びにここで手伝ったらどうだ」
着せたいだけだろ。
俺含めて、客だった三人は恥ずかしい制服に着替えさせられる。
「いやいやいや! 俺達客ですよ! 何働かせようとしてるんですか!」
「労働ではない、ボランティアだ。私と一緒だ。それに、」
ノリノリで着替えた彼女ら二人の方を指す。
楽しそうにしている。俺か、俺だけが反発してるのか。よかったな楽しそうで、俺はとても楽しくないです、実は楽しいです。
「これも悪くないですわ。今度バイト面接の申請をば……」
「うちも楽しいかもです」
やれやれ。
得意芸の笑顔を利用して、とびっきりに笑いながら接客。常連らしき男性客から。
「君新人? 相変わらずこの店は可愛い子選ぶね~」
「あ、あはは。友達に誘われて手伝ってるだけですよ」
声で男と気づけオッサン。冷や汗が止まらない、震えが止まらない。
客が入って、反射的に「いらっしゃいませー」と言う。その客に思わず顔が引きつる。さっき粘ってきたメディアだ。今度は逃げれない。
「さっきのショタさんと白髪の美女! またお会いしましたね」
ショタゆうな。
葉山さんが優先的に前に出て。
「取材ですか? 母に聞いてくるので、そこでお待ちください」
いつも気さくな口調の印象だから、敬語を使ってるのが新鮮。
忙しく接客するふりして、メディアを避ける。やめて腰触らないで。
「ほらアレやって! あーんってやつ」
あーはいはい、言いたい事は分かる。気持ち悪いわ。
スプーンを持って、オッサンの口に食べ物を運ぶ。やってる事が完全にメイドカフェ。
葉山さんがようやく降りてきて、メディアの前に立つ。
「取材おっけーです! ただ赤と緑と私以外の白は今日始めたばっかりなので、ガンガン取材してやってください」
おかしいよなぁ!?
こないで、やめてこっちこないで、速攻でこっちこないで。
「ショタさん! お名前を」
「え、えー。わたしー、取材えぬじーなんでー、はい」
「さっきは答えてくれたのに……」
大探偵さん以外の白がこっち睨んで。
「ちゃんと取材受けろ緑川。やましい事でもあるのか」
やましい事しかないわ。普通に考えろ、優しい高校の生徒会長なんでしょ。
「あ、はい。緑川優です。中学卒業しました女の子です」
さらに優しい高校の生徒会長が。
「お前男だろ!」
何でこういう時に限って真実に拘るんだ。嫌がらせか。
客の視線が俺に集中する。うわあ、これは逆に自分が魅力的って事だな、きっとそうだな。
悟りを開かないとやれない。今自分は舞台に立っていて、主役で客の視線を集め盛り上げてるんだ。あはは、楽しいな。
大探偵さんに背中を思いっきり叩かれ、現実に戻される。冷たくて鋭い男共の視線が、俺に突き刺さる。もう引き返せない、ここは開き直ろう。
「お、男で何が悪いんですか! 可愛けりゃいいでしょうが」
沈黙を守ってた客がざわめきだす。
「それもそうだね」「言われなければ分からなかったしな」「ショタというよりロリだ」
あのあのあの。反発とか、その、ないんですか。
こっちこないでどうせ抱かれるなら葉山さんとか大探偵さんとか風音刑事とかでお願いしたいのですが!
「よかったな緑川! お前やっぱりセンスあるよ! 優しい高校入ったらここでバイトしない?」
それどころじゃない。助けて男の人達がいっぱい。
「やだー! 助けてー! 大探偵さんー!」
「私の人形が拒否すんじゃねぇ!」
その「やだー!」じゃない!
「わたくしがバイトに指名されるなんて、光栄でございます……!」
その「指名」じゃない!
「うちも指名してくれたら、嬉しかったですね」
だからその「指名」じゃない! 頼むからがっかりしないで。
息苦しくなった俺はメディアを避け、男共を掻い潜り、どうにか外に出る。とっさに深呼吸。
背後でカフェの扉が開け閉めされる音がする。さっきのメディアの人だ。逃げたい、超逃げたい。
くるくるカールでカラフルな色のサイドテール、赤の伊達丸眼鏡にリボンのついたマイク。さらには高そうなカメラ。服装も合わせてカラフルだ。
「さっきは鬱陶しく迫ってごめんなさい、わたし取材とかしてる虹川・アイリスという者です。ハーフです」
思ったよりまともな女性だ。最近会う女性が変な人ばっかりだから、爽やかな印象を受ける。
「いえ、仕事熱心なのはいい事です……はあ」
疲れて、思わずため息が出てしまう。
「仕事じゃなくて趣味! わたし高校生なの!」
結構大人びて見えてたので、驚きを隠せない。俺の背が低すぎるだけか。
「質問大好きなの、また幾つかいいかな」
「はいどうぞ」
軽く視界がぼやけてきた。
「君は男性なのですか?」
「あ、はい」
「なぜ女装を?」
「白い髪の口調厳しい方にアレがアレでアレなんです」
「ほうほう! 女装してる感想は!」
「えー、前からやってるので慣れました」
「なるほど。では変態と言われた事は」
「赤毛のお姉さんによく言われてました」
「おお! ところで関係ないのですが、わたし足が好きなので今度触らせてください!」
「いいですよ」
あ、また触られるのか。口調がまともな変な人だった。
「住所と電話番号を是非」
「住所は……の緑川探偵事務所、超絶優しい高校に入学します。電話番号は…………はい、携帯とかスマホは持ってないので、ごめんなさい」
「ここまで教えてくれるとは親切な紳士! 非常に感動!」
変態紳士の間違いかな、かな。疲れた。
疲労困憊でよろめき、尻をコンクリートに打ち付ける。痛い。
「大丈夫? わたしで良ければ店内に連れ戻しますが!」
「あ、お願いします……」
おんぶされて、意識が薄いまま、気づくと布団の中。そのまま眠りについた。
目を覚ますと辺りは暗く、誰かにまたおんぶされてる様子だった。カラフルな髪に包まれている。多分虹川さんだろう。
「起きました? 息が首にかかってきます」
「……ここは」
「もうすぐ緑川探偵事務所ですよ。探すの苦労したです」
優しい人が多い世界だっけ。まあ、そういう事にしておこう。おやすみなさい。
「また、寝てしまったですね」
第三話 語られない物語の物語 Fin.