第二話 銃乱射と目覚めた英雄の冒険
スマホにメールが入ってきた。送り主は、葉山瑠菜のスマートフォンを借りた倉家風音だ
『やーやー元気? と言っても最近元気無いね。手に取って分かるよ。だから心配でスマホ借りてメール送っちゃった! 辛い時は相談が一番だから、いつでも言ってね。まあ、うちにかかれば言わなくても分かるけども。それで本題、この前の事件で紛失した拳銃が未だ見つからなくて、朱の近くに持ってる人いるかもしれないから、気を付けてね! それじゃ、良い一日を』
次は葉山瑠菜自身。
『前挨拶は抜き。ダメ刑事の野郎文字の打ち方も分からないから、口頭で伝えて貰って送った。さっきの通り、拳銃が紛失しているんだ。田中二郎の関係者かも分からない。気を付けろ。以上。』
スマホをポケットに戻す。窓に差し込んでくる日差しを、意味もなく眺めていた。
悩んでもしょうがないと、髪をわざと一回乱してまた整え、いつもの赤いバンダナをつけサングラスをつける。豪邸を飛び出して登校。その道中。
「よっ猩々緋」
声をかけたのは、緑川も恥ずかしいと表現した、あの恰好をした葉山だ。今日はフードの上に生徒会長の腕章。
しかし、無視をして歩みを早める。表情は変えないまま。
葉山は足を止め、
「つれないやつ」
小石を蹴ってふてくされた。
生徒会室には、葉山以外のメンバーが揃っていた。
赤いバンダナの男を初め、天野隆二というやや顔のパーツが真ん中に寄って、やや髪の毛がちぢれてる、しかもやや体格が大きいが、やや印象の悪くない人。2年。
大探偵の女王、激しく汚れたワンピースを着て葉山と同じ真っ白い髪、スカートは見ても気分が変わらない、ごく一般的な長さ。学園1年。その他数人。
最初に赤いバンダナの男に声をかけたのは天野。
「やあ猩々緋君、お悩みなのかな」
顎を掌で撫でて、見下ろした視線で問いかける。
そして大探偵が座ったまま俯いて、訴えかけた。
「そうですわ! 一番生徒会でまともなの貴方なのに、ご気分を悪くされては、わたくし心配でございます」
特別に二人だけ呼び出して、適当に人がいなさそうな場所へ。そこで悩みを打ち明ける。
「まあ、緑川様とは、葉山様がたいそう気に入られた、あの可愛らしい子」
淑やかな笑顔を浮かべた。例えるなら、地味なつぼみが開いて、キラキラと輝く一つの花。
また顎を掌で撫でてる天野が、通話とメール機能その他しか搭載してない携帯を見ながら呟く、
「ンー、嫉妬ってやつだねぇ。自分も下の兄弟生まれた時は、そうやってふてくされたものさ。ハッハッハ」
「嫉妬……でも、俺ヤツと初めて話した時から虫唾が、」
「そん時からじゃないかな。だって結構前からマークしてたじゃないか」
「知らないぞ、僕は」
猩々緋以外の二人、やれやれと呆れた。
「……もしかしたら、朱さんが嫉妬するのを分かってて隠してた、のかもしれませんわ」
天野も「うむ」と肯定。
しかし。
「何勝手に進めてるんだよ! 嫉妬なんかしてねーし! ヤツが嫌いなだけだ! 認めるか!」
走ってどっかに行ってしまう。二人は、心配そうな目で見えなくなるまで猩々緋の姿を見送っていた。
「甘えるなパーンチ!」
風音の拳が、思いっきり赤いバンダナの男の頬のめり込む。
廊下の角の先に、風音が待ち構えていて不意打ちを喰らわせた、と言った所。
「あ、姉貴。いくらなんでも酷すぎるぜ」
「酷いのは朱の自覚! うち酷くないもんね!」
いきなり姉の厳しい洗礼により、言葉が出ない。思考も回らない。
「いつもの朱は他人を嫌ったり、嫉妬したりしない。確かにミドリんを中心に皆変わり始めてるけど、貴方だけ子供みたいにあがかないで……!」
「子供、だと? 僕は、何も、変わってない。いつも通りだ」
この時、ここまで意地っ張りで、狂気にも満ちた何かを感じたのは初めて。
「行ってくるよ」
「どこに?」
――――緑川に会ってくるだけさ。
2月21日 某時刻。
留置所、独房。
彼は突然の事で分からなかった。起きたら容疑者で捕まっていた。
どうして警察に捕まってるのだろうか? 疑問が頭の中を駆け巡った。一瞬緑川を疑う。
ガチャリ。鍵の開く音がする。
「面会だ。出ろ」
面会所で待ち構えていたのは、サングラスに青いバンダナをした。猩々緋によく似た人物だった。
悪者の如く相手が高笑い。そしてテンプレートのようにむせる。
「みーごとに捕まりやがって、笑える。優しい高校って無能な連中なんだなァ! 赤と青も見分けられないなんて、さ」
「誰だお前。なぜ僕を!」
青いバンダナの男が怖がる素振りを見せる。実際は恐怖など感じていない。
「質問はかーんけつにまとめてほしいな? あと人にものを頼む時は『お願いします』だろ」
「じゃあ帰れ、聞く事などない」
「あっそ」
そそくさと、猩々緋は元の場所へとんぼ返り。
戻ったのはいいものの、やる事はない。わずかに開いた窓から空を眺めるだけ。
緑川に手紙を出そうかと悩み始める。だが、嫌っている行動を何度も見せたので、きっともう助けてくれないだろう、そう考えて硬いベッドで眠りについた。
――――緑川。
2月20日 某時刻。
超絶優しい高校、第一生徒会室。
生徒会室なんて、いつ来ても緊張するもんだな。皆、すごいけんまくで机と向き合っている。
一人の生徒会メンバーが俺の元に寄ってくる。真っ白い髪で、とても汚れたワンピースを着てるな。俺もだが、この学園は服装の規制が緩いようだ。
「ごめんなさいね。いつもは元気で明るいのですが、中心の葉山さんは機嫌が悪く、猩々緋さんも怒っていなくなってしまい」
「あ、ああ、あはは。そうなんですね」
奥にやや顔のパーツが真ん中に寄って、やや髪の毛がちぢれてる、しかもやや体格が大きいが、やや印象の悪くない人がいる。その人がこっちに気づいて。
「やあ君が緑川君だね! 自分は天野隆二、そして白い髪のお姉さんが大探偵の女王さんだ」
変わった名前だ、ペンネームなのかな。その大探偵さんがいきなり、両手で顔を触ってきた。
「おい大探偵、私の人形緑川にべたべた触るんじゃない」
飴玉を机の上で転がしながら、視線は葉山さんから見て左を向いてる。
最近よく女子に抱かれ、ビンタされ、次はべたべた。いわゆるモテ期というのが来たのか。
可愛い可愛い言いながら触ってくる。ここ10数年、記憶数年前からしかないけど、少なくとも記憶のある時は、こんな事はなかった、なぜだろう。
考えても無駄だ、幸せな悩みだ。これを噛みしめて来年度も頑張ろう。
「あら、お二人ともごめんあそばせ。うふふ」
葉山さんとは違って、あっちが黄色い花なら、こっちは桃色と例えれる。
いきなり頭がキーンとする。伏せて、と言われた気がするので、とっさに倒れる。
背後で扉が開く音が聞こえた。銃声が聞こえ、生徒会メンバーの悲鳴。さらに3発聞こえ、起き上がると青いバンダナをした誰かが去るのが見えた。
2月21日 朝方。
緑川探偵事務所、応接室。
いつものように、お父さんに珈琲を淹れる。ニュースの話題は優しい高校で起きた『銃乱射事件』、俺もその場にいた事件だ。
「優、友達なんだろ? 助けに行くとか熱血な展開はないのか」
「小説じゃないんだから俺は助けにいかないよ。ヤツに嫌われてるわけだし、まず友達じゃない」
そうか、と残念そうに珈琲を啜った。周りからは友達に見えてるのか。
ドドドドド。事務所が若干揺れるが、地震ではない。大勢の人間が押しかけてるのだろう。その推理は案の定当たり、優しい高校の生徒会メンバーと、猩々緋の友達数名。
葉山さんが俺に指をさし。
「弁護依頼しにきたぞ!」
ふざけてるのか真面目なのか分からない発言に、お父さんは真面目に返す。
「残念ながら一介の探偵なのでね、弁護資格は持ってないんだよ」
「なら探偵依頼だ。猩々緋朱の無実を証明してほしい」
「申し訳ない。今日も依頼が立て込んでいて、とても私には……」
「お前じゃない」
目を見開いて俺の方を見てくる。恐らく依頼するのはお父さんではなく俺、察しはとっくについていた。
アイコンタクトで任せた、と送ってきた。俺は拒否のサインを出す。が、さらに拒否のサインを出される。お父さんも、かなりの熱血漢だったようだ。仕方なくOKを送る。それにガッツポーズ。
「引き受けてくれるか? いや、私の人形なんだから引き受けろ」
「ええ、断る理由はなくもないですが。引き受けましょう! 今回だけですよ」
総員大喜び。外に出て庭で胴上げまでされる始末。
こういうのも悪くないな、と思い始めたこの頃。
同日 昼頃。
超絶優しい高校、女子更衣室。
女子更衣室に入った。というより、入れさせられた。葉山さんだけじゃなく、ここの女子は恥ずかしいという感情を持ってないらしい。
更衣室に入れられてなお、着替えを許されない意味不明な状況だ。もう恥ずかしい恰好はしたくないです、お願いします。
「緑川~、太もも触らせろ」
そういえばそんな約束してたような、しなかったような。まあ、断る理由はない。女子に太ももを触られるとは、とても貴重な体験だ。思いのほか葉山さんの手はすべすべしてて、くすぐったい。
「わたくしもお顔を少々……」
なんだこれ、なんだこれ。平然を装うのが大変すぎる。これなら言える。絶対言える。モテ期の今こそ調子に乗るべきだ。
「お、俺も葉山さんや大探偵さん触っても」
「ダメ! お前は人形なんだから、黙って触られろ」「同意ですわ」
無理でしたはい。
触られろってなんだろう。贅沢な悩みだけど、触られろってなんだろう。触っちゃだめなのか、やっぱり『やる』と『やられる』の違いは大きいのか。
「正座で座れ」
犬か俺は。とはいえ、何となく指示を聞いてみる。
「じゃ、おやすみ!」
え?
俺の太ももに、葉山さんの頭が乗る。
幼い頃の記憶は全くなかったけど、俺も昔はこうやって太ももで頭を支えてもらってたのだろうか。と思いつつ、まだ大探偵さんからは顔をべたべた触られる。さっきよりもすごく顔が違いです。
「ねぇ、わたくしもよろしければ、緑川様の太ももをお借りになっても?」
拒否する理由がどこにある。という言葉をイケメンボイスで脳裏に浮かべつつ。
「ええ、いいですよ。葉山さんも眠ったみたいですし」
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ。よく俺のお母さんは、長時間正座してて足が痺れないもんだ。でも両親から、膝枕のエピソードは聞いた事がない。
時計の長い針が6を指す。あれから30分くらいは経っただろう。ここまで来ると痺れを通り越して感覚が無くなる。俺もとうとう眠気が最高潮に達しそうで、
視界がぼやけていく――――
―――
――
―
天野さんが「お、英雄のお目覚めかな」と言ったのが薄ら聞こえる。動こうとしても体が動かない。なんでだろう。そういえば腕も動かないな。足は動くけど、浮いてるような、俺亡くなったのかな。
さっきは幸せすぎたからな。そろそろ罰が下ってもいい頃だよね。あははは。
寝言かどうか分からない事を言ってると、尻もちをついて目が覚めた。ここは留置所の面会室で、ガラスの壁の向こう側には猩々緋がいた。ちゃんと赤いバンダナをしている。
ついでに、さっきの謎の感覚は多分、いや絶対葉山さんが抱いていた。証拠に俺の背後に立っているからだ。
「緑川に助けを呼んだ覚えはないぜ」
いきなり手厳しい言葉、変わらないな。
「俺だって貴方を助けたくて来たわけでは、」
生徒会メンバーからの視線が痛い。思い返せば、さっき探偵依頼を引き受けたばっかりではないか。さらにここで断れば、風音刑事からもどう言われるか未知の領域。
わざとらしく咳払いをして、両手を腰に手をあて偉そうにしてみる。
「探偵の依頼が俺に入っただけで、本意で貴方を助けたいとは思ってませんからね。そこよろしくお願いします」
「……勝手にしやがれ」
この場で作戦会議が始まった。葉山さん天野さんペアで優しい高校現場の捜査、当然葉山さんからブーイングが入ったが、後で俺の太ももを触っていいと言ったら納得してくれた。どんだけ俺の太もも好きなんだよ。
大探偵さんと俺で猩々緋から証言を引き出す事に、それ以外は周辺の探索と聞き込み。という事で解散。俺にヤツの証言が引き出せるか分からないが、やれるだけやろう。
「えー、根拠は薄いですが。俺も生徒会メンバー同様無実だと思ってます。猩々緋さん自身の意見を」
「信じないだろうが、さっき真犯人自身が来た」
犯人自身が? 今回もまるで挑戦状のような雰囲気がある。
「『青いバンダナ』とほぼ同じ形のサングラスをした、僕によく似た人物だ。あんまりひでぇ態度取るから、自分から独房に戻ってやったさ」
俺に対する日頃の態度も酷いけどな。
青いバンダナ、記憶の回路をたどってみる。起き上がる時ちらっと見えたあの青いバンダナ。今の猩々緋は『赤いバンダナ』をしている。明らかに矛盾した情報なのに、どうして誰も気づかない。
大探偵さんが壁際に寄って、両手を手前に。手を握り合わせてるのだろう。
「ええ。見た全員青いバンダナをしていたと証言しましたが、警察は変える時間があったと主張しています。実際、わたくし達誰もアリバイやバンダナの事を証明できる者は、誰もおりませんの」
実に厄介、だな。
「他に気になる事はありませんか、青いバンダナじゃ情報が少なすぎて」
「そうそう、言い忘れたけどな、居酒屋から出たら気を失って、起きたら容疑者にされてたんだ」
「は?」
思わずタメ口で返してしまった。
「優しい高校で助けられた猩々緋様は『偽者』になりましょうか」
ヤツの証言を信じるならそうなる。やはり当時あった、禍々しい雰囲気は間違いではなかったのかもしれない。
大探偵さんのスマホにメールが入る。確認して、俺の方を向く。
「乱射された弾丸ですが、田中様が持っていた拳銃で間違いない、と入りました」
弾丸で撃たれた銃が特定できる世の中なのか。
「……緑川様、頭にハテナマークが浮かんでおりますわ」
分からないのバレてた。
彼女曰く、銃を撃つ時弾丸に線が残るらしく、いわゆる指紋みたいな存在。形はそれぞれ違って、どの銃から放たれたか分かる仕組みらしい。
当たり前だが、世の中知らない事だらけだった。
「気を落とさず、これから覚えればいいのです!」
優しい、なんて優しい人なんだ。感動。
「お礼に後でまたお顔を……」
感動のあまり俺は首を縦に振る。
「他に聞く事ないなら、優しい高校に行ったらどうだ? つーか、姉貴が感づいてないのが引っ掛かる」
そんなに勘がいい刑事なのだろうか。確かに、居酒屋でも葉山さんが来るのを予知してた気もするし、あの人なら胸騒ぎくらいするかもしれない。大探偵さんに意見を求める。
「それは有りですわ、ところで風音刑事はご存じで」
「顔と外見と、結構明るいというのだけは」
「あら、風音様の伝説をお聞きになってないと?」
うわあ、知らない事だらけ。
彼女からまた説明が入る。
倉家風音とは、担当した事件を全て解決に導き、一回も未解決になったものがない。つまり『謎が謎にならない』から『謎解かない少女』と呼ばれている、生きる伝説の刑事。とのこと。
とんでもない人物に目を付けられた、と実感。
さらに説明は続く。
伝説と言われるくらい優秀なのはいいが、かなりの奇人変人で、一緒に仕事した人はノリとテンションに押され、体調不良を訴えた人までいた、とか。
葉山さんが嫌がってた理由が分かった気がする。俺は嫌いじゃないけど。
ところで関係ない話。知ってる人を3人浮かべて、全員まともだったら自分が変人と言われている。俺の場合、風音刑事、葉山さん、大探偵さん。うん。どなたも妙な人しかいないので、自分は普通と自己暗示。自分で言ってて悲しくなってきた。
「大丈夫ですので? 目から汗が流れてます」
汗じゃなくて涙です。
こういうのは俺が目から汗と言って、大探偵さん側が涙とツッコむんじゃないのか。逆じゃないのか。やっぱり妙な人達だ。
「茶番続けないで、さっさと行く事をおすすめするぜ」
最もだ。
長い間も空かず、また風音刑事の住む豪邸に来た。
警備員に言って、確認を取ってもらう。パニック状態らしく、病院にいると伝えられた。何があったのだろう。
「心配、ですわね」
確かに心配だ。猩々緋も伝えたら余計不安になるだろうから、黙って行こう。あれ、俺ヤツの事を心配してる? 嫌いとはいえ、親切は大事なだけだ。うん。
「わたくし先、に優しい高校で捜査してる組みと合流したいので、一人で行ってくださる?」
「分かりました。後でまた合流しましょう」
警備員に場所を教えてもらう。翌直病院という、いかにも病気が治りそうな場所だ。距離があるから、行き来で日が沈みそう。
仕方なくお父さんからお金を貰って翌直病院行きのバスに乗った。
同日 夕方。
翌直病院、受付。
「倉家風音刑事ですかぁー? あぁー、今面会は無理ですねぇー。相当混乱してたのでぇー」
普通に美人の受付だと最初は思った。結構口調が鬱陶しい。でも今はそんなのはいいんだよ!
「そこを、何とか!」
「じゃあぁー、いいですよぉー」
「いやいや! そこは拒否しましょうよ!」
思わずツッコミを入れてしまった。
「えぇー? じゃあ何しに来たんですかぁー?」
ま、まあ。それもそうだ。会えるなら会おう。
看護師さんに案内されて、病院のかなり奥へ。重症なのかな。余計不安が心の底から湧き上がる。
突然悲鳴が聞こえる。間違いない、風音刑事だ。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
耳が痛い。看護師さん目を回してるぞ。
「朱が、朱が二人!!!」
混乱しても変人は変人だった。意味不明な事をおっしゃられてる。
ん? 猩々緋が二人? 確かヤツは、
『僕によく似た人物だ』
と言ってた。
本当に二人いるのか? 怪奇現象? 幽霊? ドッペルゲンガー? いや、実際事件が起きて無実を主張してる猩々緋がいる。ありえるのか……?
「本当に面会する気なんです? 貴方正気ですか」
正気を確かめたいのはお前らだよ。と言いたいが、チャンスだ。情報を引き出そう。
恐る恐る、風音刑事のいる部屋へ入る。いざという時のために注射器を渡されたけど、絶対に使わないと心の中で誓う。
「入らないで!!! このへんたいがー!」
混乱してなお変態呼ばわりされた。否定できないが、本当に混乱してるのかと、疑いが出る。
「落ち着いてとは言いません。貴方から情報を聞きに来ました」
本来は様子見に来ただけだったりする。
「うるさい! 帰れ! 噛みつくよ!」
一瞬怯むも、この前葉山さんが右手を撃たれてまで俺を守ってくれたように、今度は自分が体を犠牲にしてまで、風音刑事を守るべきだ。守られてるだけではダメなんだ。
「いくらでも噛みついていいですよ。落ち着くまで、もしくは情報を渡してくれるまで」
「う、うがああ……」
よし、少し冷静になったか。でもまだ落ち着かせなくては。
今のNGワードは『猩々緋・朱』。これらは出してはいけないと思う。
ふと思い出した。彼女がお詫びする時、いつも棒つき飴を渡してたな。一つ持ってるから、これをあげよう。
「う、うちの飴」
さらに落ち着いた。もう少し様子を見るべきか。
「朱にいつもあげてた……朱……」
しまった。思い出させてしまった。
「ナンデ、大事な弟がフタリ! やっぱりカミツク!」
何でそうなるって心の中で言う暇もなく、飛びかかってきた。子供ならともかく、成人した人の歯はとても痛い。肩から赤い液体がにじみ出てくる。
痛い、すごく痛い。既に左腕が動かないから、右腕で抱きしめる。女性を抱くのは慣れたもんだ。主に葉山さんのせいで。
「大丈夫です。俺が、俺が解決しますから。そのまま歯、抜かないでくださいね」
涙が肩に染みる。泣かないで。ようやく正気を取り戻してくれた、このまま二人で治療してもらおう……こんな状況なのに、ある一つの言葉が脳裏から離れないので口に出してみる。
「疲れた」
しばらく左腕は動かないだろう、と医者に診断された。左寄りではあるが両効きなので、利き腕が片方よりは不自由しないと思う。
翌直病院とはまた別の、優しい高校近所の病院に入院している。入学までは間に合うので、しっかり治していきたい。優しい高校の生徒会メンバー含め大人数の生徒と、猩々緋家の関係者がずらーーーーっと。一人でいたのに、まるで満員電車みたいになっている。
「治ったらこのフード着て、また太もも触らせてくれよな!」
「わたくし、行けなくて本当ごめんなさい」
「ンー、さすが英雄と例えただけあるねぇ」
俺は俯いて、ゆっくり立ち上がる。
「あの……猩々緋のヤツ、まだ捕まってるんですよ、ね」
生徒会メンバーの殆どが視線をそらしたが、天野さんだけは深く頷く。
これでハッピーエンドを迎えていいのだろうか。いや、これはまだハッピーエンドへの布石に過ぎない。行こう、助けに。
全力で止められる。分かってる。でも、風音刑事のためにも、行かなきゃならない。
一人の真犯人、二人目の猩々緋朱を捕まえるために――――
第二話 銃乱射と目覚めた英雄の冒険 Fin