第一話 さらわれたレッド
俺は今、とある居酒屋で倉家刑事と楽しく食事をしている。ヤツがふてくされて出て行ったが、こっちとしては邪魔な人がいなくなってありがたい限りだ。
「あ、うちの事は風音ちゃんでいいからね!」
「いえ、それでは申し訳ないので、風音刑事と呼ばせてもらいます」
やたらテンションが高く「いえーい」なんてピースしながら喜んでるけど、こちらとしてはそれほど鬱陶しくもなく、自然と笑顔がこぼれる。
「む」
いきなり風音刑事は険しい表情に切り替わる。真面目な表情だが、顔は真っ赤。
「もうすぐハヤマルナがここに来る」
酔った勢いで言ったのかなと思い、適当に流す。今日は刑事の奢りと聞いて追加で焼き鳥を頼む。
楽しく談笑してると、いきなり扉が豪快に開く。銀ではない真っ白い髪に兎の耳がついたピンク色のフード、滅茶苦茶に短いスカートを履いた、超恥ずかしい恰好をする女子高生らしき人が入店。
そのあまりの恥ずかしさに「うわあ」と声を漏らしてしまった。
やめて、こっちを見てきた。俺が恥ずかしいよ。
「おいダメ刑事と緑川優」
俺の名前を知っている? それに、風音刑事とも知り合いらしい。
「だーれがダメ刑事じゃー、うちはスーパー優秀でスーパーな『謎解かない少女』じゃー」
少女な年でもない気がする。
「私の所に猩々緋朱をさらったというメールが入ってきた。いい加減スマホ買いやがれダメダメ刑事」
「ダメを一個追加するでない……って、朱がさらわれた?」
真っ赤だった顔が真っ青に。お代も払わず何も聞かず居酒屋を飛び出していった。あれ、俺が払うのかこれ。
「気は進まないが猩々緋のためだ、自分もダメダメダメ刑事に協力しよう」
いずれダメダメダメダメダメダメダメダメ以下略刑事になるのかと想像しながら、この恥ずかしい人についていく事を決意。
出ていく自分達を、店主が悲しい目で見ていた気がした。
ついたのは、かなり大きく城みたいな豪邸。門には警備員までいる。どうしてここに来たのかは分からない。
「ここがダメ刑事兄弟の自宅だ」
あの人お金持ちだったのか。全然お嬢様に見えない所か、貧乏オーラまで放っていたのに。
「ところで緑川、私の紹介がまだだったな」
聞きたい事はいっぱいあったが、その内一つが解消されそうだ。
「名前は葉山瑠菜、詳しい身分に関しては後程紹介しよう。入るぞ」
聞き覚えがあったが、状況が状況なので玄関につく内に忘れた。大きな扉を開けると、風音刑事と何人かの警察が俺達を出迎える。
「来てくれたんだね。ミドリんに……ダメ生徒会長さん?」
「挑発には乗らんぞ、私には立派に名前がある」
自分とヤツが仲悪いように、この二人もあまり関係はよくなさそう。
「うち挑発に乗ったからお前も乗れー!」
「子供か」
葉山さんがツッコむ。
刑事が少女と呼ばれてる理由が分かったような気がした。
一人の若い警官で超絶優しい高校出身だったらしい田中二郎さん仲介に入り、ようやく喧嘩も冷める。
「ねえミドリん、一つ質問なんだけど、貴方成長したい?」
いきなりの深刻な質問。これから振り回される事も覚悟した方がよさそうだ。
「そりゃまあ、でもなぜこんな質問を」
「何となく、かな!」
今までにない胸騒ぎがした。嫌な予感ではなく、でも良い感じもしない。
「本題入るぞ」
強引に葉山さんが話を進める。というか、強引にしないと進まない気もある。ポケットからスマホを取り出して、誘拐したぞ! というメールを見せてきた。
『しょうじょうひの息子はさらった 返してほしければ○○××△△円を払え』
漢字を変換してない辺り、焦って打ったように感じる。
「こういうのって、大体どこからメール来たか分からないですよね」
たまに父親に誘拐された人の探偵以来が入ったが、概ね送られたメールは逆探知できなかった。
「自分のスマホをなめるでない。これはな――――」
「すごーい! さすが優秀な生徒会長!」
突然風音刑事が褒めた。
「む……褒められると戸惑うではないか。続けるぞ、発信元は『超絶優しい高校の生徒』だ」
超絶優しい高校、数日前に風音刑事から聞いた学園で、俺も下見と言っても入れなかったが、一度見たので場所は知っている。
うち行ってくる! と言い出しそうな、プルプル震えてる風音刑事を俺が睨み、察したのか俯いて地べたに正座で座り込んだ。相変わらず面白い人。
「なぜならば、」
葉山さんが壁を思いっきり拳で叩きつけ、高そうな壺が転げ落ち割れる。弁償とか、そういうのを言う空気ではなく、ただピリピリと息苦しい空気へ。
「このスマホは優しい高校専用の回線専用だ。即ち連中の誰か、これは挑戦状」
「うえーん、うちお金持ちだから払っちゃって安全にやろうよー」
「……刑事らしからぬ発言だな」
もう一度壁を思いっきり殴る。
「金を払うイコール降参だ! 相手の言いなりになったという合図だ! 力尽くで推理し、居場所をつきとめる以外安全に救出する方法はない」
流石に俺でさえ知ってる事、よく刑事になれたものだ、でもやっぱり憎む事はできない。
それを聞いた風音刑事は「そっかぁ~」とさらに暗くなってしまう。俺は「知らない事もありますよ」とフォロー。
ふと我に返り、びゅーびゅー吹く夜風が耳に入る。どうやら、誰も扉を閉めてなかったらしく、とても寒い。
どうした? と葉山さんに睨まれるが、何でもないですと適当に誤魔化し、さらに話が続く。
「とりあえず私と緑川で今から優しい高校に乗り込む、ダメ刑事は待機するんだろ?」
ぱっと笑顔に戻り立ち上がるも、足が正座で痺れたため滑るように横に倒れる。
「正解! 優秀な刑事はここで待機しますデース!」
最後にカタコト風になったのが謎だ。でもツッコむのは野暮なので、スルーしておく。
今気づいた。部外者の俺が、超絶優しい高校に乗り込んでいいのだろうか。その質問をぶつける。
「大丈夫だ、入学予定者ときもだめしという名目で校長に申請を出しておいた」
なんじゃそら。
「じゃ、お二人さんいってらっしゃーい」
寒いだろうと、この恥ずかしいピンクのフードを貸していただいた。というか、無理矢理着させられた。下は白いTシャツを着て、生徒会長と書かれた腕章が腕に巻かれている。
察するに超絶優しい高校、以下優しい高校の生徒会長だと思う。
いきなり葉山さんが俺の前に回り込んで、抱き上げてきた。意外と胸大きいなこの人。
「最初見た時からさ! 凄い可愛いって思ってたんだよ! 私の人形にならない!?」
どうやら、優しい高校の生徒会長は恥ずかしいという感情を持ち合わせてないらしい。やめて人いないけど他人の視線が痛い。
一瞬の出来事だったもんで、返事するまでに優しい高校の門までいつの間にか着いていた。ちなみに、返事の内容はいいえだ。まあ、はいと答える方がアレだけどな。
拒否されたのに離す気配はなく、寧ろ余計に上機嫌。まるで、本当に人形になってしまった気分。
正面からは入れないらしいので、いつも解放してるという裏口から入る事に。無論、俺は抱かれたまま。
中学1年の頃、友人達と校舎に忍び込んだ事があったが、そこまで怖くなかった。今回は、二重の意味で恐怖を覚える。
犯罪者というお化けが潜んでる可能性と、この状況を見られる可能性だ!
長時間彼女の腕の中にいるせいで、夏みたいに暑い。全国の男に申し訳ないが、ついに胸の感覚に慣れてしまった。次は掌にこの感触を収めたい所だが、それこそ『降参』になってしまう気がして、手が出ない。
いや、何を考えてるんだ俺は。調子に乗るのはよくない。気に入られたとはいえ、今日出会ったばかりの人の、しかもお偉いさんかもしれない人間の胸を揉むなど……。
そうこう思考をこねくり回してる内、とある部屋に入る。部屋の明かりがつき、全貌がうかがえた。
校長が座ってそうな、木でできた大きな机の上に、珈琲の渋がついた白いカップ、俺の写真と捜査資料らしき書類が幾つか、あとワサビと小皿? 父親を思い出す構図だ。セットで柔らかそうな椅子まで。
「ここは生徒会室だ。そんなに広くないが、ゆっくりしてくれたまえ」
たまえ、ときたか。
「あの、そろそろ解放してくれないでしょうか。とても暑い」
「おっと失礼、しっかし可愛いやつだな~」
ついでにピンクのフードも返す。
状況は一転して、重苦しい雰囲気に変わる。
「ノリで来たのはいいが、何も案がない」
一言で表すなら、えっ。
「まあまあ。いざって時は私が守るから安心しろ」
明後日の方向に視線を向けて言わないでください。
「とりあえず、落ち着こう」
俺は至って冷静です。
「う、う」
泣き出しそうなんですが?
「やだー! じにだぐないー!」
騒いだら犯人に気づかれますよ!
ロッカーにある下着やら、ノートやら文房具やらを放り出し、銃まで出てきた。葉山さん銃まで持ってるのか。
「よし! これで今いる連中を全員撃てば解決だな! 我ながら妙案だ」
声がすごい震えてるし、妙じゃなくて凶と例えれるくらい悪い案なんですが。
「会話文で話して」
その発言は読者が困るからやめろ。
「う、ごめん……」
「まずは落ち着いてください、ほら深呼吸」
「ひっひっふー、ひっひっふー」
それ出産の時のやつ。
やれやれ、コントをやってる場合じゃないのだが。葉山さんの手を引っ張って生徒会室を出ようとして、ノブを捻った。悪寒が走る――――
開かない。
まずい、開かないという事実を言えば、余計に焦らせてしまう。
「葉山さん!」
「ひっ! 何だよ」
俺は葉山さんの両手を持ち、精一杯の笑顔を作って。
「やっぱり俺、貴方の人形になります! だからもうしばらく生徒会室にいましょう」
「……やっぱり、緑川はセンスある人だと思ったんだよ。もう離さないからな!」
また抱きつかれた。さて、気づかれないようにどう調べるか。
何となく部屋の隅を見ると、カメラがある事に気づいた。
――――???
「何漫才をやっている」
真っ暗な部屋、影に包まれた誰かが、怒り気味の口調で言葉を漏らす。
背後には、手足と口をガムテープで縛られた猩々緋朱の姿があった。意識は未だにない。
「扉とカメラの存在に気づかれた。ここを離れるか」
ゆっくりと影は手足が縛られた影に近づく。
「ふっ、謎解かない少女が動かないのは幸いだ。おかげでヤツとの競争は長くなりそうだ。クックック……」
余裕を持って扉を開けようとした。だが、こちらも。
「開かないだと!? クッ、やられた」
――――緑川。
悟りを開いた。もう、人形でもしもべでもいいさ、と。
よかったじゃないか、美女に捕まえられて。髪白いけど、目の光失ってるけど、格好恥ずかしいけど。
その場をしのいだのはいい、まともに調べられない。葉山さんの携帯を借りて誰かに助けを求めようとも考えたが、確かアレ優しい高校専用回線だよな。
恐らく、生徒会室を知り尽くしてるであろう彼女に調べよう、と言っても不自然だ。やっぱり正直に話すべきだったか。
今度はクローゼットをガサゴソし始めた。流石女子だけあって種類が多いこと。
「あったぞ」
丁度俺が着れそうなサイズの、お揃いのフードが出てきた。まるで、自分みたいな人が現れるのを想定してたかのような用意周到さだ。どこに売ってるんだよそれ。
人形として、着る事への使命感に駆られた。案外悪くないなこういうのも。という乾いた笑いを心の中でする男性、緑川優、中学3年、卒業間際。
「胸にあてるパッドと、スパッツと、スカートと同じ下着と……」
へ、変態だー!
このままでは俺が男の娘に仕立て上げられてしまう! いや人形みたいに可愛いって昔から言われてたけど! 俺は、俺はどうあがいても男なんだ! あれ、もしかして自分は女なのでは? いやいや、何を言っている。多分、数少ない男子との二人っきりで冷静さを失ってるだけだな、きっとそうだ、そうに違いない。
いけない。葉山さんといるだけで冷静さを失ってしまう。とりあえず落ち着くんだ。
すーはーすーはー、ふー。
「うむ。そこに脱衣所があるから、そこで全部着ろ」
やむを得ず着替える。
普段はズボンしか履かないカッコ当たり前カッコ閉じるだが、スカートは足元がスース―する。着た経験あるとはいえ、かなり久しぶりなので変にドギマギして落ち着かない。
傍から見たら、これは葉山さんが変態なのではなく、俺が変態になってしまう。上手く他人に弁明しなければいけないな。
「じゃ、部屋を出ましょう」
ガチャガチャ。
しまった。閉まったという事実を忘れていた。まだリカバリーできるよな?
「緑川、これって……閉じ込められたんだよね」
嗚呼、ついにばれてしまった也。
俺の顔から、血の気が引いてくのがよく分かる。
葉山さんの息遣いが荒くなった。この状況を打開しなければ、また暴れ出してしまう。
まずするべき事項は、葉山さんを落ち着かせる。次に脱出の手立てを考える。これで行こう。
「焦ったら閉じ込めた犯人を思うツボです」
さきほど見た部屋の隅を指して。
「そこにカメラが堂々と仕掛けられてますね? 監視されてるかもしれません。俺達が入って閉じ込めたという事は、近くにいると確信できるでしょう」
「じゃあ、さっさと脱出すればいいわけだな」
「はい。次は脱出経路ですね……丁度カメラの上辺りに排気口があるのですが、非常に高い」
170cmはありそうな葉山さんなら、簡単に届きそうではある。つまり、俺が肩を組んでもらって次に葉山さんが行くと。ただ一つ問題は生じる。
この恰好で彼女に後ろから見られるという事だ! 普段の格好に着替えても、この案を承諾しないという確信だけは持てた。
「緑川のスカートを背後から覗けるのか!」
「いくら俺でも見られたくありません。時間差で行きましょう」
何とかしのいだ。
どうにか廊下に出た。辺りはまだ暗い。
時間差で行きましょうって言ったのに、すぐついてきて荒い息がよく聞こえてきた。手を合わせてごめんごめん言ってるけど、反省の色は全く見えないので辛い。
「で、これからどうするかですね。いったん風音刑事の所に戻りましょうか?」
「犯人が逃げるかもしれないのに、このままとんぼ返りするつもりか、全くだらしないな」
「これだけ時間かけてるのに、逃げてない確信はないと思いますが」
俺に指をさしてきて、
「逆に、君に逃げてる確信はあるのか」
鋭い瞳で睨んでくる。
最もだった。遺留品がある可能性も考えると、調べた方がよさそうだ。
葉山さんがスマートフォンのライトをつけて、隣の部屋の扉付近を見た。ダンボールやら荷物やら沢山積まれてて、明らかに怪しい場所が一つ。
「なんだこれ」「なんですかこれ」
ほぼ同時に発せられた。まるで、魔物やゾンビでも閉じ込めようとしてるような、禍々しい雰囲気まで感じ取れる。
「まずは慎重に、開けたらゾンビ、じゃなくて魔物が飛び出してくるかもしれません」
「まっさかー。開けるぞ」
「何が起きても知りませんよ」
納得はしてないが、バリケードを取り払う作業にかかった。
作業の途中。
「なあ緑川、ちょっと太もも触らせろ」
「さっさと作業してください。終わったらいくらでも触っていいですから」
「おう!」
人間一人動かすのは大変だ。
ようやく作業が終わり、葉山さんに銃を構えるよう促す。スマートフォンを借りて、俺が照らす係りに。
バッ! と扉を開けると。
「動くな! 撃つぞ!」
俺以外の男性の声、それも聞き覚えがあった。
ライトと俺達の視線の先には、田中二郎さんが拳銃を構えて、激しく震えている。
一発銃声が鳴り響き、葉山さんが銃を右手から落とす。
「だ、大丈夫ですか!」
と、よそ見をした瞬間横目で見えた。こっちを銃口が覗いてるのを。
葉山さんが俺にダイビングして間一髪弾丸を避ける。
「ふっ、やっと抱けたぜ。緑川」
右手を撃たれ、すさまじく緊迫してる状況なのに、よく冷静でいられるものだ。
「それより、私なんか置いて追いかけろ。早く!」
「はい!」
銃を拾いながら後を追う。階段を駆け上がり、屋上についた。
相手も俺も、お互い銃口を目先にいる人に向け、肩で息している。動かない。腕が、足が硬直してる錯覚に陥る。きっと相手も同じ事を考えてるのかもしれない。
場面が場面なのに、太陽が昇りそうなんて考えてる。実際、段々と日が昇ってきた。
「こっちだ!」
また男の声、聞き忘れるはずもない声。暗くても、田中が声の方に首を傾けるのが見えたので、数発足元を撃って、一発命中。倒れて拳銃を手元から落とした隙に拳銃を蹴る。多分校舎庭でも落ちた事だろう。
緊張が解けて足元から崩れる。そのまま、意識が遠のいていく――――
ぼやけた視界から解放されたのは、数分くらい経った頃。いたのは病院ではなく、風音刑事の寝室だった。
右手に包帯をした葉山さん曰く、猩々緋がここまで運んできたらしい。自分には信じられないが。
特に体調不良も感じられないので、起き上がって適当にストレッチして体をほぐす。
「おう、元気そうでよかったな」
「ええ、ヤツが運んできたのは信じないので葉山さんが運んだ事にしますが、貴方も無事でよかったです」
自分で言ってておかしいが、これでいい。
「緑川を抱くためなら右手くらい犠牲にしてやるわ」
相変わらずで安心。一息溜息をつく。
そうこう適当な会話をしてる内、風音刑事も入ってきて、俺の姿に瞳を大きくした。それもそうか。
「ミドリんって、男だよね?」
はい。
「その下着とか胸とかフードとかも、ミドリんの?」
それは流石に違う。というか普通に立ってて見えるとか、どんだけ短いんだ。
「どっちでもいいけど、うち確信ついた」
ゆっくり俺に近づいてきて。腕を大きく振りかぶったのが見えた。
「この、へんたいがー!」
とても重いビンタを喰らった。
第一話 さらわれたレッド Fin.