第八話 学級裁判は終わりの始まり
「緊張しますね……」
俺は、思わず言葉を漏らす。
普段は面会室のこの場所も、今となっては『学級裁判』の控え室だ。
昨日の夜、北刑事に大探偵さんが捕まえられ、供述の裏も取れず、そのまま起訴された。
で、部屋には例の如く生徒会メンバー達総員。弁護役に俺を指名され、助手に猩々緋を指名。
学級裁判と言っても、本当に大探偵さんが捕まるか決まる。
その被告人の彼女はずっと俯いて、何も喋ろうとしない。部屋の中を、ピリピリとした空気が張りつめた。
「おい緑川、僕がいるんだから。平気だぜ」
声が震えている。震えてるという事は、助けたい気持ちも強いのだろう。
「私は出れないからな。しっかり頑張ってこい! あと、これお守り」
頬を桃色に染めながら、ムーンカフェの制服渡さないでください。
と、言いつつもこれを着ないと気合が入らない気がするので、結局着る。
いつもの服装? に身を包みながら、会場である体育館へ足を運ぶ。
弁護席に俺と猩々緋。向こう側にはイジゲンさんがいる。
あの人、後々風音さんに聞くと検察らしく、人喰い事件を長い間追っていたそうだ。
「こんにちは、ミスター・緑川。ミスター・猩々緋」
「あ、どうもこんにちは」
変に緊張するな。敵であるはずなのに、敬意を感じてしまう。
「普通に挨拶してどうすんだ。堂々としよう」
全くだ。
裁判長の席にふと目を遣る。誰かと思えば、葉山さんが普通に座っていた。気怠そうに、机に肘をついて、手を頬に当ててるな。
どこぞのゲームみたいに、生徒達が傍聴で裁判を見つめ、ざわめく。
「えー、裁判長は私葉山瑠菜がしまーす。これより、大探偵の裁判を始める」
一人だけ異次元にいるように緊張感がない。
「はい! 質問ですが、」
「物事には順序がある。それを待て緑川」
指摘されてしまった。頭よりも口が先走ってしまう。
小難しい話がダラダラを始まって、終わる。要するに、大探偵さんは人喰いの犯人だーって事。
「あの、人肉は筋が張って美味しくないので、好んで人間が食べるものじゃないと思うのですが」
「落ち着けミスター・緑川。これから検察が立証する。そのために、まずは被告人である大探偵の女王の話を聞きたいと思う」
証人の召喚が認められ、ど真ん中に大探偵さんが立つ。頑張れ、いつものように錯乱しないよう祈るばかり。
証言の内容に求められたのは、事件当日の事。話す前に、俺に尋問をするようにと、葉山さんから指示がある。
「猩々緋さん……尋問ってなんですか」
ビックリ仰天の仕草を見事にありがとうございます。でも知らないんです。
姿勢を直して、説明が始まる。
「まあ、お前用に簡単に言うと、嘘や矛盾がないか確かめ、あったら指摘するやつだ。分かったな」
実に分かりやすい。
あの大探偵さんが、嘘をつくのは思えないが、一応耳を傾けておこう。
内容は当日俺、葉山さん、風音さんの4人でナントカホテルに行き、イジゲンさんの話を聞いていた。そこで恐怖の化け物を見て、人を食べていった。怖くなって遠くへ逃げていた所に、北刑事に捕まったという。
恐怖の化け物。本当にいるのだろうか?
「化け物、ですか」
「わたくし見たんですの! 本当ですの!」
具体的な内容を聞く。お餅のような見た目で単眼、鋭い牙を持つ。本当なら、確かに未知の生物に違いない。
嘘なんて、どこにもなさそう。猩々緋に意見を求める。
「僕も実は本物の裁判見るの初めてでよ、よく分からなくてな」
初心者二人と、相手は現役の検察。勝てる気がしない。でも、大探偵さんのために、頑張るしかない。
ここで、イジゲンさんが動き出す。
「確かに穴のない証言ですが。貴方を犯人として考えるならば、一つ矛盾が生まれます」
猩々緋が異議を唱える。
「矛盾つっても、証拠がなければ世迷言にすぎないぜ」
「証拠なら、ある」
あるのか。
人参カブーキがいつの間にか現れて、イジゲンさんに写真を手渡す。
白い髪にすらっとした背後、足元から出るように、餅のような何かが伸びて、人を飲み込んでるのが見える。
独特に跳ねた髪の毛は、多分大探偵さん。
「なあ大探偵、これって……」
流石の猩々緋も、笑っていられない様子。被告人の彼女も、冷や汗を流す。
「わたくし……いや、わたくし、やってなんか」
「決定ですね。裁判長、判決を」
葉山さんは、黙って頷く。若干不満がありそうなおもむき。
いきなりピンチだ。何か打開策は。
またしても、猩々緋が異議を唱えた。
「確かに大探偵の言った謎の生物が映ってるようだが、よく見てほしい」
いったん写真を借りて、餅みたいな生物を指さして。
「本当に被告人から出てるのか」
確かにそうだ。別の誰かかもしれない。何とか、首の皮一枚繋がったぞ。
イジゲンさんが腕を組んで考えている。よし、勝てる。
猩々緋が「油断するな」と小声で呟いた。でも、相手から出せる証拠は。
「よかろう。提示しようではないか。被告人が化け物……妖魔と呼ぼう。その、持ってる証拠を!」
またしても、人参カブーキが現れて、スイカを検察席に置く。
大探偵さんの影が不自然に動きだし、影の色が白くなった。そこから、見た事もない生物が姿を見せる。
伸びた餅のような色合いに見た目、単眼、鋭い牙。大探偵さんが言ってた化け物だ。
「そして、矛盾を発見できなかった弁護側の失態でもある」
う。
傍聴人や葉山さんの視線が痛い。物理的に痛くないけど、痛い。
歯をギリギリ鳴らす猩々緋、よほど悔しかったのだろうな。諦めたのか、若干俯いて、サングラスを光らせる。
「すまん緑川、大探偵、僕の力では……」
正直ここまでされたら、手の打ちようが。
どうしたらいいんだ。
「おうおう緑色と赤色、オレっち人間なんか食わないっつーの!」
喋れるんかい!
「主を守るために嘘をつく……そうだな、人間を食べれるかについて、証言してもらおうじゃないか」
「食えないものは食えない! 人間の肉は筋張って不味い!」
え、これを尋問するんですか。
やれと言わんばかりに、葉山さんが見てくる。笑顔の芽久より怖い。
「じゃあ、妖魔さん何食べるんですか」
普通の会話なんだよなぁ。
「スイカとカレーとカツとうどん! 美味いんだよな~」
あ、はい。
こういう時、どう反応すればいいんだ。いや、以降こういう時なんて来ないだろうけど。
「美味しいですよね。俺も、カレー大好きですよ」
「だろ? 緑色、友達になれそうだな!」
友達か。人間以外の友達は記憶のある中で初めて。
「ええ。この際友達に……」
イジゲンさんから待ったがかかる。ダラダラ続く日常的な会話に、お怒りの様子。
「ふざけてるのか? 裁判中だぞ」
「えっと、報告します。嘘はなさそうです」
検察が写真を指さして。
「そんなはずはない。この写真が実際に被告人の足元から伸び、人を食べてるではないか」
「そ、そうに見えるが、オレっちじゃない。はず」
自信持ってください。
俺まで自信なくなってくる。大丈夫なのか。
もう一度、写真をよく見る。大探偵さんの背後から伸びて、右側からまた白いのが伸びているな。ん、右側?
「どの道妖魔はコイツしかいない。別の可能性を提示しない限り、全て嘘になる」
もしかしたら、別の可能性があるかもしれないぞ。
「緑川。そのいけ好かない目、諦めてないようだな僕も、もうちょっと考えるぜ」
考えてる暇はない。人差し指を伸ばして、手を伸ばして異議を唱えるんだ。
「俺に、可能性の提示をする準備があります!」
猩々緋が感動したように、背筋を伸ばす。
写真を取り、妖魔の右側から伸びてる方を指す。そう、方なのだ。
何が言いたいというメッセージを込めてるのだろう、イジゲンさんが睨んでくるが、ここまで来たらお構いなし。
パーティ会場には、二匹目の妖魔がいたのではないか? 適当に浮かんだ考えでも、ピンとくるものがある。
それを告げると、傍聴人達がさらにざわつく。葉山さんがそれを沈めた。
「二匹目の妖魔だと? だがパーティには大人数いた、その中で特定など」
妖魔がニヤっと笑い、ぐいっと俺の方に近づく。あまりの迫力に、自分の心臓の鼓動が早くなる。
「なあ緑色、友達として教えてやる。妖魔を飼ってる人の秘密を、な」
是非教えてもらいたいものだ。俺は、黙って頷く。
①飼い主の髪が真っ白に染まる。
②妖魔は必ず好物の食べ物がある。
これらが、妖魔飼いの秘密らしい。
髪が白い人というと。
「……私は妖魔なんて飼ってないからな!」
はいはいそうですね。
裁判長に疑いの眼差しが向けられるも、何事もないように裁判は進む。
猩々緋が机に寄りかかりながら。
「イジゲンと言ったな。僕達に呼んだ人のリストを見せてくれないか」
しかし、断られる。葉山さんからも提出の理由がないとされ、申し出を却下。
重要な証拠かもしれないのに、ここで終わるのか……!
「どうした弁護人。もう手は無いのか。まあ所詮素人、よく頑張った方と褒めてやる」
傍聴席から「決まったな」「怪しいと思ってたんだよね。大探偵という名前も含めて」「だよね」など、終息を迎えるような雰囲気が漂ってきた。
俺も猩々緋も、俯いて異議を唱えようとしない。
もう、終わりなのか。
「待って!」
この声は、風音さんだ。気のせいかな。今までの楽しい思い出が、頭の中を駆け巡る。目から汗がぽろぽろ落ちてくる。
肩を揺すられる。顔を上げると、猩々緋が証言台の所方を指さしていた。
本当に風音さんだ。腕を組んで、いつもの表情で笑っている。なぜか安心感が湧く。
「うちに証言させて、会場にいた全員の名前言えるから」
う、嘘だろ? 嘘でも、すがるしかない。
「彼女はパーティに参加していました。証言させるべきだと考えます」
「僕も同感だぜ」
イジゲンさんが机を思いっきり叩く。怖い。
「謎解かない少女よ、トンチンカンなのは行動だけにしろ。そんな超人的な事、認められるはずない」
「じゃあさ、リストと完全一致したら提出して!」
しばらく検察は考え込む。
考え終わったようで。
「いいだろう。ただし一人でも漏れや外しがあったら、提出は無し。判決も確定させてもらおう」
どの道判決は決まりかけていた。この賭けに乗ろう。
沈黙に包まれる傍聴人。一人一人、名前を発言していった。
約70人の所で、北刑事の名前が出た。出席してたんだ。
合計101名。イジゲンさんが冷や汗をかいている。完全に一致したみたい。
出席者のリストが、無事証拠として提出され、俺と猩々緋は血眼になってリストを見た。
検察が、冷や汗を拭きながら、不気味に笑う。
「クックック。提出した所で何にもならない。事態が動くなど、有りえないのだ」
俺達同時に「あ」と漏らす。確かに見ても、犯人を特定する材料は、ない。
でも、必死に検察は隠していた。不都合な何かが、隠されてるはず。必至になって、もう一度リストを見る。
ダメだ。何も浮かばない。
今度こそ終わりなのか。ごめん、協力してくれた皆……。
――――
―――
――
―
葉山さんが指で頭をさしながら、ちらっと呟く。
「北刑事のここ」
頭? 必死に記憶の中を探る。何か思い出しそう。
「よく分からないけど、葉山さんありがとうございます」
世の中平等じゃなくてよかった。本当によかった。
「裁判長の癖に、貴様!」
スナック菓子をぼりぼり食べつつ、俺達に背を向ける。照れ隠しのつもりだな。
「現場の生存者は葉山さん、大探偵さん、風音さん、俺、イジゲンさんの5人だとずっと思ってました。しかし、リストで証明されたのです」
体が勝手に動く。体の何もかも伸ばして、人差し指をつきつけるんだ。アイツに!
「6人目の生存者がいた事を! そして妖魔の証言である飼い主の条件『白い髪』も満たしてます!」
猩々緋も生き返ったように立ち上がって。
「今すぐ北刑事を召喚してくれ! いいだろ、葉山!」
「焦るな。召喚は認めるからちょっと休憩してて」
こうして裁判はいったん中断される。
緊張と疲れから解放された俺は、控室のソファでくつろぐ。ガラスの机を挟んで反対側に、猩々緋が座った。
遅れて大探偵さんが来て、滝の涙を流しながら、駆け寄ってきた。そして俺の右手を両手で握って。
「ありがどうございまず! みどりがわざまやざじいでずね!」
やれやれ。騒がしい人だ。こういう人を失いのは、とても辛い。だから何としてでも無実を証明しよう。
「僕も頑張ったんだぜ? ……無視か」
相変わらずヤツには手厳しい模様。
そうだ、逃げた真相を聞かないといけないな。個人的に気になっていた。
「逃げた理由。わたくし人喰いの瞬間を見て、とても怖くなりましたの。本当に、人間をお食べになられる妖魔がいるなんて」
目が怯えている。怖かったのだろうな。
「猩々緋さん、」
「猩々緋でいいぜ、緑川」
「……わかりました。顔を洗ってきます。猩々緋」
手だけあげて、炭酸飲料を飲み始めた。
戻ってくる頃には、開始ギリギリくらいだったという。
再び体育館の特設裁判所。
生徒達の声で、会場はざわざわと騒々しい。
被告人であるはずの大探偵さんが、なぜか弁護席に来て「わたくしも頑張りますの!」なんて、シャドウボクシングしながら張り切っている。まあ、諦めてない方が、俺としても安心できる。
証言台の方に目を向けると、前と雰囲気の変わらない、堂々とした北刑事が立っている。
俺は机に手を置いて、息を整える。これから迎えるであろう、強力な敵に問う。
「呼ばれた理由、貴方なら察すると思います」
ちょっとだけ俺の方を向き、優しい目線でゆっくり口を開く。
「はて、自分には、分かりかねますな。緑川さん」
ぶつけてやれと言わんばかりに、猩々緋とがこっちを向く。言われなくても、ぶつけてやるさ。妖魔を持ってる確かな根拠なんてないけど、とりあえずやれるだけやる。
「妙に事件の捜査の手回しがいいと思いました。意味不明な大探偵さんを捕まえるのも、容易じゃなかったはず」
今度は、大探偵さんが不満そうな表情で鋭い視線を送ってきた。気にしない。
「何より、捜査してる貴方自身、パーティに参加してた事を隠してたのです」
それでも、相手は表情を変えず、山のようにたたずむ。
流石にベテランで現役の刑事。多少の揺さぶりじゃ、全く動かない。
「その言い回し、何度も聞いた。要するに、自分を告発したいのだろうか」
「……その通りです」
北刑事の目がくわっと開く。くわっと。鬼の形相とは、この事だと実感した。証言台を思いっきり拳で叩く。終始騒いでいた生徒達、誰一人口を開かなくなった。
俺も猩々緋も、大探偵さんもが黙りこんでしまう。
「若造が。所詮数ヶ月優しい高校にいただけで、調子に乗るでないわ! ワシを告発するなど1000億光年早い」
それ、距離です。
まるで言動が別人で、火山が噴火したくらいの変貌。噴火を見たら思うのが、逃げたくなる衝動だ。
肌が逆立つ。とにかく、衝動に駆られても、引き下がる理由はない。立ち向かうべき。
こういう怖気づきそうな時こそ、笑うんだ。それもニッコリと。ついでに、腕も組んでやろう。
「ええ、たかが若造に立証されると思うと、それはそれは悔しいでしょうね」
弁護席の雰囲気が明るくなる。皆の恐怖を払う事ができたかもしれないな。
舌打ちをされる。挑発に乗るという事は、余裕が無い証。
「んで、告発する材料はあるのだろうな?」
「あるよな! 緑川!」
「緑川様ならきっと」
証拠は勿論、えっと証拠は、証拠。とりあえず何も考えずに言ったから、証拠なんて持ってないのに今更気づく。
青ざめる俺に、猩々緋も大探偵さんも青ざめてきた。
「ほら見ろ。若造の戯言にすぎぬ。今なら、告発も許してやろうではないか」
交渉か。確かに乗れば、俺達のリスクは放免される一方、被告人は莫大なリスクを背負う事になる。
「分かってるな。僕達に選んでる余裕なんて、無い。だがこのままでは解決しないから『提案』がある」
提案次第では、事態は大きく動く。何も言わず、黙って耳を傾け、相手のサングラス越しに目を合わせた。
「証拠が無いなら証言だ。それが、唯一大きな証拠となる。とりあえず、証言をさせるんだ」
「ふん。身の潔白は見るも同然。証言など」
葉山さんがメロンソーダを飲みながら。
「黙れジジイ。現場にいた以上、証言はしてもらう。いいな」
「き、貴様までブジョクするつもりか! ……ま、証言ぐらいなら許そうではないか」
乗った! これで、大探偵さんを助ける道すじが、どうにか繋がったぞ。
しかし、妙にイジゲンさんが静かだ。何かまた、隠し持ってると思うと、少し怖い。
そして、その彼女が動き出す。
「証言の前に一つ。ワタシから北刑事の身の潔白の証拠を」
嘘、だよね? んなもの、持ってるはずなさそうだけど。
「招待したのはのは認めよう。だが、名前を出さなかったのは、欠席の届けが出たからだ。自分の携帯を証拠として提出する」
……確かに、送り主は北刑事。内容は欠席を伝えるものだ。関係ないけど、オジサンでも携帯持ってるんだな。俺は持ってないのに。
「ハッハッハ! ワシの勝ちだ。弁護士も被告人も、相応の罰を受けて貰う!」
無理だ。ここまで決定的な証拠を出されれば、証言で崩すなど。
――――諦めるな。
この声は、気のせいではない。猩々緋が発したもの。
「僕は、欠席の届けが嘘の嘘だと主張するぜ!」
一同騒然。腕を伸ばして、腕を振りかざす彼は、頼りのあるように見える。
葉山さんがまた頬杖のつきながら、ニヤっと口を曲げ。
「面白い。言ってみろ」
「パーティには多くの人間が参加していた。こっそり紛れても、誰も気づかないだろ? それとも、ジジイには不在証明を証明するのはできるのか」
北刑事とイジゲンさんが歯をギリギリ言わせている。どうやらアリバイを証明するのは、できないみたい。
かくして、事件当日の証言が始まる。
自宅で一人でマグロを食べていた所、大規模な人喰いが起きたと聞き、急いで出勤したというもの。
一見隙のない証言には見えるが。
「中々早い出勤でしたね。俺が戻る頃には警察が来てましたし」
「長年の勘というやつだ。ハッハッハ……」
実に枯れた笑いだ。
アリバイは証明されてないが、証言を否定する材料もない。どうしたものか。
何やら二人が騒いでるので、横を見る。大探偵さんが、イジゲンさんの携帯をいじっていた。
「大探偵、大事な証拠でも消えたらどうするんだ」
「おー! これが携帯! 初めて触りましたわ」
風音さんといい俺といい、携帯持ってない人多かったようだ。
画面は写真が色々映ってるのへ。適当にいじくり回し、ある画面で止まる。
逃げ惑う人達を映した写真だ。どうして、こんなものが。
様々な色の服があるな。スーツが目立つけど、その中でもオレンジ色が際立つな……オレンジ?
「あの、いいですか北刑事」
「うるさい!」
「そうですか。黙ります」
おそらくテロップで点が流れてる事だろう。あれ、素直に黙ってよかったのか。
やたら沈黙が続く。あの、誰かツッコんでください。
ようやく猩々緋が。
「なあ緑川、黙ったら進まないだろ!」
ありがとう。ほんっとうにありがとう。一度ボケなるものをやってみたかった。
「イジゲンさんの携帯の写真に、オレンジ色の背中が映ってるのですが。北刑事ですよね」
色合いも概ね一致してる。会場で着てるのは、彼ぐらいだろう。
「ワシによく似た誰かじゃろう」
「そうはいかないぜ」
猩々緋がサングラスを怪しげに光らせ、満タンだった炭酸飲料を一気に飲み干す。
「写真にある袖のボタンは四つ。お前の袖のボタンも、四つだ。そこでも一致している」
よく気づいたな。俺だけだったら、確実に見落としていた。
「たまたま一致、」
さらに異議を唱え。
「ボタンが四つのコートなんて珍しい。たまたま一致なんて言い訳、通らないぞ」
またも、北刑事が悔しがる。現場にいた事は証明できた。
展開はこちらが有利に進んでるように見えた。しかし。
「フ、フハハ。認めてやろう。だがな、結局ワシが『化け物』を持ってる事を証明できない限り、人喰いの犯人としては告発できん!」
「……来ると思ったが、僕にできるのはここまでだ」
隣の彼は笑顔でこっちを向いて、
「後は頼んだぜ。相棒」
ハイタッチを決める。
多分、これが最後だ。相手の影から妖魔を引き出せば、おそらく勝てる。
北刑事が焦った様子で、証言台に身を預けながら、俺達に交渉。
「いいのか。仮に人喰いの妖魔を引きずりだせば、君たちが食われるかもしれんのだぞ」
目を瞑って、自分の心に問う。答えはただ一つ。
「自分達はいつだって、お互いを支えてきました。だから俺を滅ぼそうとも、友達を守る覚悟です!」
「クッ……! やってみろ! ワシが妖魔を持ってる、その証拠を!」
根拠なんて、どこにも無い。でも、つきつけるんだ。相手に!
「猩々緋! マグロを持ってきてください。慈悲として、飛びっきり美味いやつを」
「任せろ」
イジゲンさんが検察席を叩き。
「なぜ、マグロだと思う」
「印象に残ったから、ですかね」
すぐに、どこで買ったか分からないマグロの刺身を、猩々緋が北刑事の前に叩きつけた。
「やめろ! ワシの前にマグロを出すでない! 妖魔が、ワシの妖魔が出てきてしまう!」
大探偵さんの時のように影が白くなり、怪しく動き始め、二匹目の妖魔が姿を現す。
違う点と言ったら、まつ毛がなく男性的と言った所。
その妖魔が、俺の目の前に迫ってきた。もしかして、食われるのか、俺。
刹那がとても長く感じる。今までの長いようで短い思い出が、頭の中を駆け巡る。
ありがとう、そしてサヨナラ。
目を瞑る。痛みも何も感じない。あれ、まさか助かってるのだろうか。ゆっくり目を開けた。
大探偵さんが、妖魔に腕を噛まれていた。出血はしてないみたい。
「だ、大探偵さん!」
「おい! 大丈夫か大探偵!」
彼女は笑顔になって、
「天下無敵の大探偵! 体は丈夫でしてよ」
思い返せば、高い場所から降ってきた虹川さんを受け止めたのは、大探偵さんだ。謎の丈夫さを見越して、俺を助けてくれたんだ。
二匹目の妖魔が引き下がり「ぺっ! まず!」とむせる。
「……もうちょっと手間取るかと思いましたが、人を食べようとした。それが、何よりの証拠です」
北刑事が元の優しい雰囲気に戻って。
「負けたよ、緑川さん。流石名探偵の息子だね」
メロンソーダを飲み終えた葉山さんが、質問を投げかける。
「自白、と捉えていいな。人喰いの真犯人として」
その問いに、黙って頷いた。
逆に、北刑事から葉山さんに質問。
「葉山さんも、妖魔を持っているはずだ。なぜ、堂々としていられるのだ」
またも裁判長である彼女はニヤっと笑い、
「無実だからだ。だから堂々としていられる。ただ、それだけ」
ドーナッツを食べ始めるのであった。
北刑事の自白をへて、裁判は閉廷する。
控室に戻って、最初に出迎えてくれたのは天野さん。遅れて葉山さんと大探偵さんも戻り、風音刑事やお父さん、芽久に百合までいる。
お父さんが肩を俺と肩を組んで、あのガッツポーズ。芽久が頭を撫でてきて、葉山さんが顔を触ってきた。
「やったな優! 俺、お前を冷たいやつって言った事あるが、撤回してやる!」
あはは、ありがとう。
「ミドリんならやってくれると信じてた! うちの探偵依頼を達成してくれて、ありがとう!」
そういえば風音さんの依頼だったな。
猩々緋が腕を組んでニッコリ笑顔で、
「結局いい所を取られちまったなー。ま、相棒だから許すけど」
炭酸飲料を飲み始めた。
「ンー。さすが英雄、自分の感じた通りだったよ」
掌で顎をさする天野さん。変わらないな。
わしゃわしゃされる俺の前に、大探偵さんが立つ。皆、動きを止める。
「あの、緑川様。本当にありがとうございます。わたくし、本当に……!」
綺麗な涙を流す。やっぱり思った通り、可憐な人だと思う。
友達や家族皆でドンチャン騒ぎを起こしながら、事は夕方まで続いた。
第八話 学級裁判は終わりの始まり Fin.