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第八話 学級裁判は終わりの始まり

「緊張しますね……」

 俺は、思わず言葉を漏らす。

 普段は面会室のこの場所も、今となっては『学級裁判』の控え室だ。

 昨日の夜、北刑事に大探偵さんが捕まえられ、供述の裏も取れず、そのまま起訴された。

 で、部屋には例の如く生徒会メンバー達総員。弁護役に俺を指名され、助手に猩々緋を指名。

 学級裁判と言っても、本当に大探偵さんが捕まるか決まる。

 その被告人の彼女はずっと俯いて、何も喋ろうとしない。部屋の中を、ピリピリとした空気が張りつめた。

「おい緑川、僕がいるんだから。平気だぜ」

 声が震えている。震えてるという事は、助けたい気持ちも強いのだろう。

「私は出れないからな。しっかり頑張ってこい! あと、これお守り」

 頬を桃色に染めながら、ムーンカフェの制服渡さないでください。

 と、言いつつもこれを着ないと気合が入らない気がするので、結局着る。

 いつもの服装? に身を包みながら、会場である体育館へ足を運ぶ。





 弁護席に俺と猩々緋。向こう側にはイジゲンさんがいる。

 あの人、後々風音さんに聞くと検察らしく、人喰い事件を長い間追っていたそうだ。

「こんにちは、ミスター・緑川。ミスター・猩々緋」

「あ、どうもこんにちは」

 変に緊張するな。敵であるはずなのに、敬意を感じてしまう。

「普通に挨拶してどうすんだ。堂々としよう」

 全くだ。

 裁判長の席にふと目を遣る。誰かと思えば、葉山さんが普通に座っていた。気怠そうに、机に肘をついて、手を頬に当ててるな。

 どこぞのゲームみたいに、生徒達が傍聴で裁判を見つめ、ざわめく。

「えー、裁判長は私葉山瑠菜がしまーす。これより、大探偵の裁判を始める」

 一人だけ異次元にいるように緊張感がない。

「はい! 質問ですが、」

「物事には順序がある。それを待て緑川」

 指摘されてしまった。頭よりも口が先走ってしまう。

 小難しい話がダラダラを始まって、終わる。要するに、大探偵さんは人喰いの犯人だーって事。

「あの、人肉は筋が張って美味しくないので、好んで人間が食べるものじゃないと思うのですが」

「落ち着けミスター・緑川。これから検察が立証する。そのために、まずは被告人である大探偵の女王の話を聞きたいと思う」

 証人の召喚が認められ、ど真ん中に大探偵さんが立つ。頑張れ、いつものように錯乱しないよう祈るばかり。

 証言の内容に求められたのは、事件当日の事。話す前に、俺に尋問をするようにと、葉山さんから指示がある。

「猩々緋さん……尋問ってなんですか」

 ビックリ仰天の仕草を見事にありがとうございます。でも知らないんです。

 姿勢を直して、説明が始まる。

「まあ、お前用に簡単に言うと、嘘や矛盾がないか確かめ、あったら指摘するやつだ。分かったな」

 実に分かりやすい。

 あの大探偵さんが、嘘をつくのは思えないが、一応耳を傾けておこう。

 内容は当日俺、葉山さん、風音さんの4人でナントカホテルに行き、イジゲンさんの話を聞いていた。そこで恐怖の化け物を見て、人を食べていった。怖くなって遠くへ逃げていた所に、北刑事に捕まったという。

 恐怖の化け物。本当にいるのだろうか?

「化け物、ですか」

「わたくし見たんですの! 本当ですの!」

 具体的な内容を聞く。お餅のような見た目で単眼、鋭い牙を持つ。本当なら、確かに未知の生物に違いない。

 嘘なんて、どこにもなさそう。猩々緋に意見を求める。

「僕も実は本物の裁判見るの初めてでよ、よく分からなくてな」

 初心者二人と、相手は現役の検察。勝てる気がしない。でも、大探偵さんのために、頑張るしかない。

 ここで、イジゲンさんが動き出す。

「確かに穴のない証言ですが。貴方を犯人として考えるならば、一つ矛盾が生まれます」

 猩々緋が異議を唱える。

「矛盾つっても、証拠がなければ世迷言にすぎないぜ」

「証拠なら、ある」

 あるのか。

 人参カブーキがいつの間にか現れて、イジゲンさんに写真を手渡す。

 白い髪にすらっとした背後、足元から出るように、餅のような何かが伸びて、人を飲み込んでるのが見える。

 独特に跳ねた髪の毛は、多分大探偵さん。

「なあ大探偵、これって……」

 流石の猩々緋も、笑っていられない様子。被告人の彼女も、冷や汗を流す。

「わたくし……いや、わたくし、やってなんか」

「決定ですね。裁判長、判決を」

 葉山さんは、黙って頷く。若干不満がありそうなおもむき。

 いきなりピンチだ。何か打開策は。

 またしても、猩々緋が異議を唱えた。

「確かに大探偵の言った謎の生物が映ってるようだが、よく見てほしい」

 いったん写真を借りて、餅みたいな生物を指さして。

「本当に被告人から出てるのか」

 確かにそうだ。別の誰かかもしれない。何とか、首の皮一枚繋がったぞ。

 イジゲンさんが腕を組んで考えている。よし、勝てる。

 猩々緋が「油断するな」と小声で呟いた。でも、相手から出せる証拠は。

「よかろう。提示しようではないか。被告人が化け物……妖魔と呼ぼう。その、持ってる証拠を!」

 またしても、人参カブーキが現れて、スイカを検察席に置く。

 大探偵さんの影が不自然に動きだし、影の色が白くなった。そこから、見た事もない生物が姿を見せる。

 伸びた餅のような色合いに見た目、単眼、鋭い牙。大探偵さんが言ってた化け物だ。

「そして、矛盾を発見できなかった弁護側の失態でもある」

 う。

 傍聴人や葉山さんの視線が痛い。物理的に痛くないけど、痛い。

 歯をギリギリ鳴らす猩々緋、よほど悔しかったのだろうな。諦めたのか、若干俯いて、サングラスを光らせる。

「すまん緑川、大探偵、僕の力では……」

 正直ここまでされたら、手の打ちようが。

 どうしたらいいんだ。

「おうおう緑色と赤色、オレっち人間なんか食わないっつーの!」

 喋れるんかい!

「主を守るために嘘をつく……そうだな、人間を食べれるかについて、証言してもらおうじゃないか」

「食えないものは食えない! 人間の肉は筋張って不味い!」

 え、これを尋問するんですか。

 やれと言わんばかりに、葉山さんが見てくる。笑顔の芽久より怖い。

「じゃあ、妖魔さん何食べるんですか」

 普通の会話なんだよなぁ。

「スイカとカレーとカツとうどん! 美味いんだよな~」

 あ、はい。

 こういう時、どう反応すればいいんだ。いや、以降こういう時なんて来ないだろうけど。

「美味しいですよね。俺も、カレー大好きですよ」

「だろ? 緑色、友達になれそうだな!」

 友達か。人間以外の友達は記憶のある中で初めて。

「ええ。この際友達に……」

 イジゲンさんから待ったがかかる。ダラダラ続く日常的な会話に、お怒りの様子。

「ふざけてるのか? 裁判中だぞ」

「えっと、報告します。嘘はなさそうです」

 検察が写真を指さして。

「そんなはずはない。この写真が実際に被告人の足元から伸び、人を食べてるではないか」

「そ、そうに見えるが、オレっちじゃない。はず」

 自信持ってください。

 俺まで自信なくなってくる。大丈夫なのか。

 もう一度、写真をよく見る。大探偵さんの背後から伸びて、右側からまた白いのが伸びているな。ん、右側?

「どの道妖魔はコイツしかいない。別の可能性を提示しない限り、全て嘘になる」

 もしかしたら、別の可能性があるかもしれないぞ。

「緑川。そのいけ好かない目、諦めてないようだな僕も、もうちょっと考えるぜ」

 考えてる暇はない。人差し指を伸ばして、手を伸ばして異議を唱えるんだ。

「俺に、可能性の提示をする準備があります!」

 猩々緋が感動したように、背筋を伸ばす。

 写真を取り、妖魔の右側から伸びてる方を指す。そう、方なのだ。

 何が言いたいというメッセージを込めてるのだろう、イジゲンさんが睨んでくるが、ここまで来たらお構いなし。

 パーティ会場には、二匹目の妖魔がいたのではないか? 適当に浮かんだ考えでも、ピンとくるものがある。

 それを告げると、傍聴人達がさらにざわつく。葉山さんがそれを沈めた。

「二匹目の妖魔だと? だがパーティには大人数いた、その中で特定など」

 妖魔がニヤっと笑い、ぐいっと俺の方に近づく。あまりの迫力に、自分の心臓の鼓動が早くなる。

「なあ緑色、友達として教えてやる。妖魔を飼ってる人の秘密を、な」

 是非教えてもらいたいものだ。俺は、黙って頷く。


 ①飼い主の髪が真っ白に染まる。

 ②妖魔は必ず好物の食べ物がある。


 これらが、妖魔飼いの秘密らしい。

 髪が白い人というと。

「……私は妖魔なんて飼ってないからな!」

 はいはいそうですね。

 裁判長に疑いの眼差しが向けられるも、何事もないように裁判は進む。

 猩々緋が机に寄りかかりながら。

「イジゲンと言ったな。僕達に呼んだ人のリストを見せてくれないか」

 しかし、断られる。葉山さんからも提出の理由がないとされ、申し出を却下。

 重要な証拠かもしれないのに、ここで終わるのか……!

「どうした弁護人。もう手は無いのか。まあ所詮素人、よく頑張った方と褒めてやる」

 傍聴席から「決まったな」「怪しいと思ってたんだよね。大探偵という名前も含めて」「だよね」など、終息を迎えるような雰囲気が漂ってきた。

 俺も猩々緋も、俯いて異議を唱えようとしない。

 もう、終わりなのか。

「待って!」

 この声は、風音さんだ。気のせいかな。今までの楽しい思い出が、頭の中を駆け巡る。目から汗がぽろぽろ落ちてくる。

 肩を揺すられる。顔を上げると、猩々緋が証言台の所方を指さしていた。

 本当に風音さんだ。腕を組んで、いつもの表情で笑っている。なぜか安心感が湧く。

「うちに証言させて、会場にいた全員の名前言えるから」

 う、嘘だろ? 嘘でも、すがるしかない。

「彼女はパーティに参加していました。証言させるべきだと考えます」

「僕も同感だぜ」

 イジゲンさんが机を思いっきり叩く。怖い。

「謎解かない少女よ、トンチンカンなのは行動だけにしろ。そんな超人的な事、認められるはずない」

「じゃあさ、リストと完全一致したら提出して!」

 しばらく検察は考え込む。

 考え終わったようで。

「いいだろう。ただし一人でも漏れや外しがあったら、提出は無し。判決も確定させてもらおう」

 どの道判決は決まりかけていた。この賭けに乗ろう。

 沈黙に包まれる傍聴人。一人一人、名前を発言していった。

 約70人の所で、北刑事の名前が出た。出席してたんだ。

 合計101名。イジゲンさんが冷や汗をかいている。完全に一致したみたい。

 出席者のリストが、無事証拠として提出され、俺と猩々緋は血眼になってリストを見た。

 検察が、冷や汗を拭きながら、不気味に笑う。

「クックック。提出した所で何にもならない。事態が動くなど、有りえないのだ」

 俺達同時に「あ」と漏らす。確かに見ても、犯人を特定する材料は、ない。

 でも、必死に検察は隠していた。不都合な何かが、隠されてるはず。必至になって、もう一度リストを見る。

 ダメだ。何も浮かばない。

 今度こそ終わりなのか。ごめん、協力してくれた皆……。

 ――――

 ―――

 ――

 ―


 葉山さんが指で頭をさしながら、ちらっと呟く。

「北刑事のここ」

 頭? 必死に記憶の中を探る。何か思い出しそう。

「よく分からないけど、葉山さんありがとうございます」

 世の中平等じゃなくてよかった。本当によかった。

「裁判長の癖に、貴様!」

 スナック菓子をぼりぼり食べつつ、俺達に背を向ける。照れ隠しのつもりだな。

「現場の生存者は葉山さん、大探偵さん、風音さん、俺、イジゲンさんの5人だとずっと思ってました。しかし、リストで証明されたのです」

 体が勝手に動く。体の何もかも伸ばして、人差し指をつきつけるんだ。アイツに!

「6人目の生存者がいた事を! そして妖魔の証言である飼い主の条件『白い髪』も満たしてます!」

 猩々緋も生き返ったように立ち上がって。

「今すぐ北刑事を召喚してくれ! いいだろ、葉山!」

「焦るな。召喚は認めるからちょっと休憩してて」

 こうして裁判はいったん中断される。





 緊張と疲れから解放された俺は、控室のソファでくつろぐ。ガラスの机を挟んで反対側に、猩々緋が座った。

 遅れて大探偵さんが来て、滝の涙を流しながら、駆け寄ってきた。そして俺の右手を両手で握って。

「ありがどうございまず! みどりがわざまやざじいでずね!」

 やれやれ。騒がしい人だ。こういう人を失いのは、とても辛い。だから何としてでも無実を証明しよう。

「僕も頑張ったんだぜ? ……無視か」

 相変わらずヤツには手厳しい模様。

 そうだ、逃げた真相を聞かないといけないな。個人的に気になっていた。

「逃げた理由。わたくし人喰いの瞬間を見て、とても怖くなりましたの。本当に、人間をお食べになられる妖魔がいるなんて」

 目が怯えている。怖かったのだろうな。

「猩々緋さん、」

「猩々緋でいいぜ、緑川」

「……わかりました。顔を洗ってきます。猩々緋」

 手だけあげて、炭酸飲料を飲み始めた。

 戻ってくる頃には、開始ギリギリくらいだったという。





 再び体育館の特設裁判所。

 生徒達の声で、会場はざわざわと騒々しい。

 被告人であるはずの大探偵さんが、なぜか弁護席に来て「わたくしも頑張りますの!」なんて、シャドウボクシングしながら張り切っている。まあ、諦めてない方が、俺としても安心できる。

 証言台の方に目を向けると、前と雰囲気の変わらない、堂々とした北刑事が立っている。

 俺は机に手を置いて、息を整える。これから迎えるであろう、強力な敵に問う。

「呼ばれた理由、貴方なら察すると思います」

 ちょっとだけ俺の方を向き、優しい目線でゆっくり口を開く。

「はて、自分には、分かりかねますな。緑川さん」

 ぶつけてやれと言わんばかりに、猩々緋とがこっちを向く。言われなくても、ぶつけてやるさ。妖魔を持ってる確かな根拠なんてないけど、とりあえずやれるだけやる。

「妙に事件の捜査の手回しがいいと思いました。意味不明な大探偵さんを捕まえるのも、容易じゃなかったはず」

 今度は、大探偵さんが不満そうな表情で鋭い視線を送ってきた。気にしない。

「何より、捜査してる貴方自身、パーティに参加してた事を隠してたのです」

 それでも、相手は表情を変えず、山のようにたたずむ。

 流石にベテランで現役の刑事。多少の揺さぶりじゃ、全く動かない。

「その言い回し、何度も聞いた。要するに、自分を告発したいのだろうか」

「……その通りです」

 北刑事の目がくわっと開く。くわっと。鬼の形相とは、この事だと実感した。証言台を思いっきり拳で叩く。終始騒いでいた生徒達、誰一人口を開かなくなった。

 俺も猩々緋も、大探偵さんもが黙りこんでしまう。

「若造が。所詮数ヶ月優しい高校にいただけで、調子に乗るでないわ! ワシを告発するなど1000億光年早い」

 それ、距離です。

 まるで言動が別人で、火山が噴火したくらいの変貌。噴火を見たら思うのが、逃げたくなる衝動だ。

 肌が逆立つ。とにかく、衝動に駆られても、引き下がる理由はない。立ち向かうべき。

 こういう怖気づきそうな時こそ、笑うんだ。それもニッコリと。ついでに、腕も組んでやろう。

「ええ、たかが若造に立証されると思うと、それはそれは悔しいでしょうね」

 弁護席の雰囲気が明るくなる。皆の恐怖を払う事ができたかもしれないな。

 舌打ちをされる。挑発に乗るという事は、余裕が無い証。

「んで、告発する材料はあるのだろうな?」

「あるよな! 緑川!」

「緑川様ならきっと」

 証拠は勿論、えっと証拠は、証拠。とりあえず何も考えずに言ったから、証拠なんて持ってないのに今更気づく。

 青ざめる俺に、猩々緋も大探偵さんも青ざめてきた。

「ほら見ろ。若造の戯言にすぎぬ。今なら、告発も許してやろうではないか」

 交渉か。確かに乗れば、俺達のリスクは放免される一方、被告人は莫大なリスクを背負う事になる。

「分かってるな。僕達に選んでる余裕なんて、無い。だがこのままでは解決しないから『提案』がある」

 提案次第では、事態は大きく動く。何も言わず、黙って耳を傾け、相手のサングラス越しに目を合わせた。

「証拠が無いなら証言だ。それが、唯一大きな証拠となる。とりあえず、証言をさせるんだ」

「ふん。身の潔白は見るも同然。証言など」

 葉山さんがメロンソーダを飲みながら。

「黙れジジイ。現場にいた以上、証言はしてもらう。いいな」

「き、貴様までブジョクするつもりか! ……ま、証言ぐらいなら許そうではないか」

 乗った! これで、大探偵さんを助ける道すじが、どうにか繋がったぞ。

 しかし、妙にイジゲンさんが静かだ。何かまた、隠し持ってると思うと、少し怖い。

 そして、その彼女が動き出す。

「証言の前に一つ。ワタシから北刑事の身の潔白の証拠を」

 嘘、だよね? んなもの、持ってるはずなさそうだけど。

「招待したのはのは認めよう。だが、名前を出さなかったのは、欠席の届けが出たからだ。自分の携帯を証拠として提出する」

 ……確かに、送り主は北刑事。内容は欠席を伝えるものだ。関係ないけど、オジサンでも携帯持ってるんだな。俺は持ってないのに。

「ハッハッハ! ワシの勝ちだ。弁護士も被告人も、相応の罰を受けて貰う!」

 無理だ。ここまで決定的な証拠を出されれば、証言で崩すなど。


 ――――諦めるな。


 この声は、気のせいではない。猩々緋が発したもの。

「僕は、欠席の届けが嘘の嘘だと主張するぜ!」

 一同騒然。腕を伸ばして、腕を振りかざす彼は、頼りのあるように見える。

 葉山さんがまた頬杖のつきながら、ニヤっと口を曲げ。

「面白い。言ってみろ」

「パーティには多くの人間が参加していた。こっそり紛れても、誰も気づかないだろ? それとも、ジジイには不在証明(アリバイ)を証明するのはできるのか」

 北刑事とイジゲンさんが歯をギリギリ言わせている。どうやらアリバイを証明するのは、できないみたい。

 かくして、事件当日の証言が始まる。

 自宅で一人でマグロを食べていた所、大規模な人喰いが起きたと聞き、急いで出勤したというもの。

 一見隙のない証言には見えるが。

「中々早い出勤でしたね。俺が戻る頃には警察が来てましたし」

「長年の勘というやつだ。ハッハッハ……」

 実に枯れた笑いだ。

 アリバイは証明されてないが、証言を否定する材料もない。どうしたものか。

 何やら二人が騒いでるので、横を見る。大探偵さんが、イジゲンさんの携帯をいじっていた。

「大探偵、大事な証拠でも消えたらどうするんだ」

「おー! これが携帯! 初めて触りましたわ」

 風音さんといい俺といい、携帯持ってない人多かったようだ。

 画面は写真が色々映ってるのへ。適当にいじくり回し、ある画面で止まる。

 逃げ惑う人達を映した写真だ。どうして、こんなものが。

 様々な色の服があるな。スーツが目立つけど、その中でもオレンジ色が際立つな……オレンジ?

「あの、いいですか北刑事」

「うるさい!」

「そうですか。黙ります」

 おそらくテロップで点が流れてる事だろう。あれ、素直に黙ってよかったのか。

 やたら沈黙が続く。あの、誰かツッコんでください。

 ようやく猩々緋が。

「なあ緑川、黙ったら進まないだろ!」

 ありがとう。ほんっとうにありがとう。一度ボケなるものをやってみたかった。

「イジゲンさんの携帯の写真に、オレンジ色の背中が映ってるのですが。北刑事ですよね」

 色合いも概ね一致してる。会場で着てるのは、彼ぐらいだろう。

「ワシによく似た誰かじゃろう」

「そうはいかないぜ」

 猩々緋がサングラスを怪しげに光らせ、満タンだった炭酸飲料を一気に飲み干す。

「写真にある袖のボタンは四つ。お前の袖のボタンも、四つだ。そこでも一致している」

 よく気づいたな。俺だけだったら、確実に見落としていた。

「たまたま一致、」

 さらに異議を唱え。

「ボタンが四つのコートなんて珍しい。たまたま一致なんて言い訳、通らないぞ」

 またも、北刑事が悔しがる。現場にいた事は証明できた。

 展開はこちらが有利に進んでるように見えた。しかし。

「フ、フハハ。認めてやろう。だがな、結局ワシが『化け物』を持ってる事を証明できない限り、人喰いの犯人としては告発できん!」

「……来ると思ったが、僕にできるのはここまでだ」

 隣の彼は笑顔でこっちを向いて、

「後は頼んだぜ。相棒」

 ハイタッチを決める。

 多分、これが最後だ。相手の影から妖魔を引き出せば、おそらく勝てる。

 北刑事が焦った様子で、証言台に身を預けながら、俺達に交渉。

「いいのか。仮に人喰いの妖魔を引きずりだせば、君たちが食われるかもしれんのだぞ」

 目を瞑って、自分の心に問う。答えはただ一つ。

「自分達はいつだって、お互いを支えてきました。だから俺を滅ぼそうとも、友達を守る覚悟です!」

「クッ……! やってみろ! ワシが妖魔を持ってる、その証拠を!」

 根拠なんて、どこにも無い。でも、つきつけるんだ。相手に!

「猩々緋! マグロを持ってきてください。慈悲として、飛びっきり美味いやつを」

「任せろ」

 イジゲンさんが検察席を叩き。

「なぜ、マグロだと思う」

「印象に残ったから、ですかね」

 すぐに、どこで買ったか分からないマグロの刺身を、猩々緋が北刑事の前に叩きつけた。

「やめろ! ワシの前にマグロを出すでない! 妖魔が、ワシの妖魔が出てきてしまう!」

 大探偵さんの時のように影が白くなり、怪しく動き始め、二匹目の妖魔が姿を現す。

 違う点と言ったら、まつ毛がなく男性的と言った所。

 その妖魔が、俺の目の前に迫ってきた。もしかして、食われるのか、俺。

 刹那がとても長く感じる。今までの長いようで短い思い出が、頭の中を駆け巡る。

 ありがとう、そしてサヨナラ。

 目を瞑る。痛みも何も感じない。あれ、まさか助かってるのだろうか。ゆっくり目を開けた。

 大探偵さんが、妖魔に腕を噛まれていた。出血はしてないみたい。

「だ、大探偵さん!」

「おい! 大丈夫か大探偵!」

 彼女は笑顔になって、

「天下無敵の大探偵! 体は丈夫でしてよ」

 思い返せば、高い場所から降ってきた虹川さんを受け止めたのは、大探偵さんだ。謎の丈夫さを見越して、俺を助けてくれたんだ。

 二匹目の妖魔が引き下がり「ぺっ! まず!」とむせる。

「……もうちょっと手間取るかと思いましたが、人を食べようとした。それが、何よりの証拠です」

 北刑事が元の優しい雰囲気に戻って。

「負けたよ、緑川さん。流石名探偵の息子だね」

 メロンソーダを飲み終えた葉山さんが、質問を投げかける。

「自白、と捉えていいな。人喰いの真犯人として」

 その問いに、黙って頷いた。

 逆に、北刑事から葉山さんに質問。

「葉山さんも、妖魔を持っているはずだ。なぜ、堂々としていられるのだ」

 またも裁判長である彼女はニヤっと笑い、

「無実だからだ。だから堂々としていられる。ただ、それだけ」

 ドーナッツを食べ始めるのであった。

 北刑事の自白をへて、裁判は閉廷する。





 控室に戻って、最初に出迎えてくれたのは天野さん。遅れて葉山さんと大探偵さんも戻り、風音刑事やお父さん、芽久に百合までいる。

 お父さんが肩を俺と肩を組んで、あのガッツポーズ。芽久が頭を撫でてきて、葉山さんが顔を触ってきた。

「やったな優! 俺、お前を冷たいやつって言った事あるが、撤回してやる!」

 あはは、ありがとう。

「ミドリんならやってくれると信じてた! うちの探偵依頼を達成してくれて、ありがとう!」

 そういえば風音さんの依頼だったな。

 猩々緋が腕を組んでニッコリ笑顔で、

「結局いい所を取られちまったなー。ま、相棒だから許すけど」

 炭酸飲料を飲み始めた。

「ンー。さすが英雄、自分の感じた通りだったよ」

 掌で顎をさする天野さん。変わらないな。

 わしゃわしゃされる俺の前に、大探偵さんが立つ。皆、動きを止める。

「あの、緑川様。本当にありがとうございます。わたくし、本当に……!」

 綺麗な涙を流す。やっぱり思った通り、可憐な人だと思う。

 友達や家族皆でドンチャン騒ぎを起こしながら、事は夕方まで続いた。





 第八話 学級裁判は終わりの始まり Fin.

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