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一時間早起きして一時間歩き続ける毎日

 中学生だった頃の冬。僕と母はマンションを出て、新しいアパートに引っ越すことになった。


 もともと住んでいたマンションは学校から近く、登下校に約十分しかかからないほどだった。


 ところが引っ越し先のアパートは、学校からかなり遠く、一時間近くかかるほどの距離だ。


 だから、今までよりも早く起きて、長い時間歩き続けるのを毎日繰り返さないといけない。他にも色々不便なことが、アパートでの新生活ではたくさんあるのだ。


 そのこともあって、母と初めてアパートを見学したとき、最初は少し嫌だと心の中で思った。


 後日、作業が終わり引っ越しが済んだ。新しい通学路は、土手側の桜並木の道に変更された。


 一時間早く起きて一時間歩き続ける。これを月火水木金と繰り返すのかと思うと、毎日面倒臭そうだなと感じた。しかし、そう思っていたのも、最初のうちだけだった。


 引っ越して初めて学校に行く日。六時に起きる。今までよりも一時間早く起きると、見える光景も変わる。


 朝日が窓越しに部屋を照らしていた。今まで毎日浴びた朝日よりも、今日のは爽やかで優しい光だ。爽やかな光を浴びると、気持ちまで爽やかになってくる。

色々と身支度を済ませた後、七時に家を出る。


 アパートを出て左へまっすぐ進み、交差点に着いたら左へ曲がり、土手道へ登った。土手道の右側には、広大な田畑が広がっていた。明るい太陽が昇るのが見える。さらに見渡すと、電波塔や工場、役所も見える。


 土手道を過ぎてしばらくはまっすぐ道を進み、歩道橋を渡る。歩道橋の下には川が流れている。きらきらと朝の光を反射する川の両端には、草花がたくさん生えていた。それから横断道路を三回渡り、学校へ到着した。


 早朝の空は、淡い水色をしていた。それは、爽やかな色だった。


 しかし夕方の空も同じように、美しい色だった。淡い水色の朝空に対して、夕空は鮮やかなピンク色をしている。雲や日の光も、朝空とは違う感じだ。


 下校するときは、登校するときと同じ道を逆に歩いて戻る。田畑の反対側には、家や工場が建っている。時たま小さな農園も見かけた。


 向こうの公園や小学校には、遊んだり走り回ったりして活発な子どもたちの姿が見えた。子どもたちを見守っていると、聞き覚えのある歌が流れてくる。午後五時を知らせるチャイムだ。


 引っ越して初めて学校に行った今日は、いつもよりぐっすり眠れた。


 毎日土手道を歩くのは、思った以上に楽しかった。


 機嫌がいい日には、歌を歌ったりスキップしたり。ときどき、想像を膨らませたり素敵な考えをひらめいたりもした。


 逆に気分が沈んだ日も、歩いているうちに嫌な気分を忘れ、いつの間にか楽しい気分で歩いていた。


 毎日の些細な変化はもちろん、季節の変化に合わせ、土手道の桜の木もさまざまな姿を見せる。


 春には、花が咲くので花見したり歩いたり。夏には、お祭りの行灯が飾られたり。秋には、キノコが生えるので帰りにじっくり観察したり。


 もちろん、距離はとても長く一時間かかるくらいなので、疲れるかといわれれば、疲れる。

 けれども、以前ほど面倒臭いとは思わなくなった。むしろ適度に疲れるから、身体に良い刺激が加わり、夜は眠れるようになった。気持ちも安定し、毎日楽しく過ごせた。


 今日もまた僕は、土手道を歩いて学校に行くのだった。


「行ってきます」



おわり

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