第89話 お説教で怒鳴る吸血姫。
「今晩はタコパだぁ! 妹達の転化祝いだから! ドンドン食べていいわよ!」
ともあれ、私とユーコ達が遺体処理を済ませた後より待ちに待った夕食となった。船外時間的には相当に遅くなったのだが私達にとっての時間なんて有って無いようなものなので、今更とでもいうようにダイニングへと集まった。
なお、ダイニングに入った瞬間、レリィがハチマキをして大興奮のままたこ焼きを焼くのでその様子を見た者達は呆気にとられていたが。
ちなみに、今は警戒中という事で船橋にはシオンとナギサだけが待機しており、私達の後で夕食に来る事となった。
たこ焼きを焼いているレリィとレイ以外は総じて夕食を頂いた。
「いただきま〜す!」×36
「・・・・・・!」
現在の総船員数は四十一名。
内訳:女性三十一名、男性十名。
そのうち、例外的に男性から女性にTSした者が二名居る。再誕前の保留は十名であり、その内・・・永久放置の男子が四名居る。
ダイニングでの席順も上座に幹部が座り、下座に男性陣が座るという並びである。
食事の挨拶は日本語準拠であるが、リンスとシオン、リリナとリリカはこちらの世界語を使っているため、実際は多言語が入り交じった挨拶となっている。食事風景はいつも通りだが。
「はふはふ・・・たこうめぇ〜」
「ぷりっぷりだ〜」
「紅ショウガなんてどこにあったんだ?」
「なんでもレリィ料理長の手製らしいぞ? 食紅とか酢とかあったらしいから」
「へぇ〜。で、卵は?」
「!!?」×34
ただ、どこかのバカが余計な事を言ったため全員の箸が止まる。私とアンディは無視してモグモグと食べていたけれど。
すると、調理をしていたレリィがたこ焼き器の前から飛び出してバカの前で叱り倒す。
「こらぁ! シロ、オカシナ事を言うな! このたこ焼きの卵は島で仕入れた鳥卵だからね!? ルー達の〈魔卵〉は最高級品で別管理だから使ってないわよ! 大体、貴方たち魔力回復してないわよね? してたら・・・あっ」
今は調理途中だったため、レイが代わりに焼いていたが。しかし最後に失言してしまい、サッと視線をそらした。
そう、ルー達の〈魔卵〉を利用している料理には魔力回復の効果があるのだ。
だからこそ、普段から食している〈だし巻き魔卵〉だけが回復効果を持つため気づいた者達はレリィに訝しげな視線を向けた。
「あっ!?」×20
この手の食品は他にもあり、ルー達の〈魔卵〉から魔力回復効果を減らす〈フルー・フィッシュ〉の出汁を使った〈魔卵とじ〉や菓子類も複数存在し、その存在を知るのは私とナギサ、レリィとレイだけである。その菓子類を食べている者達も女子が殆どなので、この場では黙っておく。
だが、仲間割れというのは飯が不味くなる要因でもあるため、私はレリィを睨む一同に対し、私がかつて見た戦場を観せる幻覚魔法を一時的に施した。
「食べないなら貰うわよ? もったいない。大体ね・・・もっと酷い戦場だと・・・」
というように幻覚を観せながら、懇切丁寧に説明しようとする。
直後、猛烈な拒絶と共にたこ焼きを口に放り込む一同であった。
「ヒッ!? た、食べます! すみませんでした!! もう文句は言いません!!」×20
「まだ続きがあったのに・・・知らなくてもいいの? ルー達の〈魔卵〉なんてまだまだ、生易しいわよ? この世界でも・・・」
「カ、カノンさん? しょ、食事時ですので・・・それ以上は」
流石に食事時に観せる映像ではないため、リンスからの諫めが入ったが、私は未だに口へと放り込んでは・・・鳥卵なのに身悶える者達に気づき、現実を思い知らせようとして・・・リンスに服を引っ張られたので後日にまわした。
「リンス・・・そうね? また今度と致しましょうか。王寺達がユーコ達の・・・いえ、やめておきましょう」
そう、意味深な言葉だけを残して。
すると、話題に自身の名が出た事で身悶え筆頭の二人が反応を示す。
「え? なに? なんなの?」
「その終わり方、気になるんだけど? ねぇ? ユーコ?」
「う、うん」
私は後日にまわそうとしたが、求める者が居ると知る。だからリンスの苦笑の頷きをもって二人に指示を出し、かつての映像を観せた。
「そうね? 意識を戦闘に切り替えれば吐くこともないでしょう」
「は、吐く事なの? き、切り替えたわ・・・〈魔卵〉への忌避感が消えた」
「・・・わ、私も、ホントだ」
「異世界の常識が悪さしてるからね? さて、ユーコ達にはあの後の光景を観せるわね?」
はい、観せました。
「「!? マジで?」」
リンスはこの事実を知っているため、少々渋い顔をしているが。
そう、王寺達がユーコ達の。
ナディも再誕前に王寺達と。
「ナディ、ドンマイ」
「うん。ごめんねナディ、辛い思いさせて」
「ふぇ?」
ナディは対象ではないため、この事実を知る事はない。ユーコ達の場合、被害者という体があるため過去の映像を観せたのだ。
「そういう世界なのよ。食料に困ったら仲間でさえ頂くっていうね? ルー達みたいに献身的に〈魔卵〉を与える者ではなく、強引に殺して奪うっていう世界なの。ここは」
私の警告の意味に気づいた者は総じて絶句していた。二人に観せた過去の映像はそういう事が実際にあったという証拠なのだから。
すると、意識切替中のユーコが困ったように呟いた。
「今だから言えるけど、〈魔卵〉の風味はいいのよね」
フーコが首肯しつつも、イヤなものを見たという遠い目で語る。
「うん。ユーコの言う通り風味はいいの・・・濃厚で。でも、産卵風景を見せられなければ」
先ほどまで黙っていたユーマが同じく遠い目で呟く。
「見張り台って真下からは丸見えですからね」
ユウカがゲンナリした表情でルー達に苦情を告げる。
「金網の足場があるだけだから。監視台の外扉から上を見ると丸見えだし」
「そうそう。ハシゴを登ってルー達を呼びに行ったら、目前にドン! って〈魔卵〉が出たのは驚いたわ・・・」
最後はショウがユウカの主張に同意を示し、当時を語った。その光景は余りにも悲惨だったのだろう。一同が遠い目をしているのだから。
それは会話に参加してない者達も同様だった。流石の私も鳥頭達の行動にイライラが溜まってきたので怒鳴りつけた。
「ルー! コウ! 産む時は工房内の産卵部屋を使いなさいって言ったでしょ!?」
しかし、ルー達はきょとんと呆けて問い掛けてきた。
「「そんな部屋あったの〜?」」
「以前、内覧会の時に教えたでしょう?」
「「そうだった〜!!」」
それは事前に指示していた事だ。
だが、実際には守られておらず二人は見張り台で産卵をしていたらしい。
私もレリィもまさかという状態であった。
私は有翼族共に厳重注意する。
「大体ね? 貴女達の無精卵はマナ・ポーションそのものなのよ? それも神級の! 自分達をそこらの野良有翼族と一緒と思うのはナシだからね? 二人はどちらかと言えば聖鳥に属する・・・魔の女神の御遣いなのだから!」
「「!!?」」
立場が違うのだ。不老不死の有翼族。
ある意味で不死鳥なのだが、その身に宿す性質は野良有翼族と異なる。
ルー達は事実を思い知り、反省したらしい。
女神像の下で産卵というのはバチ当たりと思っているのだろう。肝心のユランスは気にしないだろうが。その後の私は席を立ち、他の黙り勢にも注意する。
「それから貴方達! 目の前に金貨をはたいても手に入らない最高級の食材があって、それの産み方を見たからって忌避するの? 言っとくけど、ルー達の無精卵ってね? 一個あたり、大白貨百枚・一千億リグ、日本円換算で一兆円だから覚えておきなさい!」
「!!?」×35
そう、〈魔卵〉の価値を改めて示した。これには産み主のルー達も一同と共に目を見開いて固まった。私は親としてイヤな気分のまま己が気持ちを吐露した。
それは稀少価値に群がる人族達の行動ね?
そして亜人や魔族への人族からの迫害の真相、素材扱いという事実を示した。
これも人魚族の件である程度の理解を示してくれたけどね? 実はアインスが禁忌としている教義はこういった人族から守る事にある。
ただ、教会とは異なる迫害もあるがこれは暴走した人族が行う事で教会とは反するのだ。
逆に魔族の方の教義は人族を扱うことを禁忌として定めている。ユランスのお膝元である浮遊大陸は教義が大変緩いが、地上は割と厳格であり、人族を殺す事は可だが人族の奴隷は禁止としているのだ。それは救うために群れて襲ってくるという人族の行動ゆえだろう。
私は元人族の認識を持つ魔族や亜人に同類になるなとも示した。
「素材云々で判る通り・・・明日は我が身というしね? 人族は平気で裏切るからその点も注意が必要ね? 話がだいぶそれたけど、ルー達は〈魔卵〉を産む事で仲間を助ける。貴方達は助けられた事に感謝する。普通なら絶対に手に入らない〈魔卵〉だからこそ、その価値に感謝して食べて欲しいのよ。金額を教えたのはそういう意図があっての事ね? 外に流れて人族の目に触れる危険性も教えたから判るわよね? レリィもレイもそれを知ってるから大事に扱うの。まぁルー達が約束を守らず上で産んでたのはガッカリしたけど。で、ここからが本題よ? この〈魔卵〉の本質は一つ食べるだけで最大九十五万MPが回復するわ。それはルー達へと流れている眷属供給の魔力が圧縮されて収まっているからなの。一回の産卵で一つという事はそういう事ね? 使った分は私からゴッソリ持っていってるからね? そんな重要な魔力を〈魔卵〉に封じ込めているの。魔力消費の多いこの地上界で、食べずに放置して霧散させるとか流石にもったいないでしょう?」
「!? レリィ、〈だし巻き魔卵〉頂戴!」×35
こうして、価値を理解した者達は総じてレリィに〈魔卵〉を求めた。
それはルー達とリンスやリリナ達ですら頼むのだから理解出来る話であろう。
「え? あぁ判った。レイ、急いで作るよ!」
「はい! 姉様」
話は長くなったが、つまりはそういう事である。私は席に座り直し一人で夕食に戻った。
「では、いただきます・・・冷めてもイケるわね?」
すると、船橋から降りてきていたシオンがツッコミを入れてくる。
「話が長い! カノンって怒ると無駄に説教が長くなるわよね〜」
「あら? シオン居たの?」
「居たわよ!! 途中で気づいてたの知ってるからね?」
「そうなの?」
「はぁ〜。また無視された・・・まぁ気持ちいいからいいけど」
ま、この辺はいつも通りのやりとりなので割愛します。そんな私達姉妹のやりとりを見ていたナギサは、たこ焼き片手に目前の席に座りシオンを慰めた。
「まぁまぁ。でも大変ためになりましたよ? この世界の価値ってどうしても判りづらいですから。特に〈魔卵〉の価値とか」
「あぁ・・・あれね? 女神様曰く・・・一番安くてって事らしいわ」
私は・・・現実をこの場に居る者だけに示す。
「「「「へ?」」」」
私の右隣にはルー達も居たため、シオン達と同じような反応を示した。リンスはレリィの元へと〈だし巻き魔卵〉を貰いに行っているが。
「仮に・・・いえ、確実かしら? 今後、ルー達が経験値を蓄えてレベルアップするでしょう? そうなると、今度は魔力以外の要因も影響を受けるそうなの。これは女神様からの話だけどね? ルー達がレベル100を越えるとスキルレベルの向上まで影響が出るらしいわよ? それこそ冒険者垂涎の〈金の魔卵〉ってわけ。例えるなら、今のまま人目に触れる高い場所で産卵を続けたとして・・・ルー達の産卵姿を覗いてでも拾いに来る変態が増えるわよ〜? 高い金を払ってでもってやつね?」
私は隣に座るルー達を意識して起こりうる事案を示すと、ルー達は隣で悲鳴をあげた。
「「ひっ!?」」
「女の子としてそれは避けたいでしょう? 前世・・・ルイやカオリの姿であれ男性に見られたくなかったはずよね?」
「「うん」」
「なら、決まった場所で産卵しないとね?」
「「判った!」」
こうして、ルー達は産卵部屋で〈魔卵〉を産むようになった。今までは有翼族の本能が勝っていたようで高いところで産むという・・・羞恥やらなにやらが抜け落ちていたらしい。それであっても中身は異世界人の女の子なのだから。
言葉として変態を使う方が手っ取り早い。
三バカ男子が覗いている事は黙っておいた。
ともあれ、その後の話題は先ほど決まった例の案件の事である。
「それでも雄がいない事には二人は繁殖が出来ず、無精卵を生み続けるしか出来ないけどね」
「まぁそれは本人達が望めばの話ですが。それで・・・今後はどうなさいますか? 〈変化〉で人材を用意するとしても、ルイさん以外は飛ぶ事に忌避感がありましたし」
実は、先ほどの片付け前に一度、内部に残る者達に確認を取ったのだ。〈変化〉で空を舞う事に対するアンケートとでも言えば良いだろうか?
実質Sランク。レベル100から浮遊魔法がその身で扱えるようになるのだが例外的に有翼族に〈変化〉すればその不文律は影響せず、空を舞う事が可能になる。
しかし、肝心の回答は「地に足が付かないのは不死者といえど恐怖しかない」と返された。
結果、ナギサの言う通り惨敗したのだ。
シオンも魔法のある世界に関わらず、異世界の常識に囚われていた事を哀れんだ。
「そうそう。誰であれ、人が空を舞うという事が信じられないみたいね〜」
私は亜空間庫から捕縛者リストを取り出して眺めた。
「そこなのよね? 一応、ショウ以降は保留としていた再誕で有翼族のみを選ぶと、スキルの関係で三名が確定しててね? その中には永久放置としていた男子、雄が一名だけ含まれていたけどね? 男子の場合、人格面が判断出来ないから困っていたのよね。そこの三バカとタツトが例外なだけで」
「なるほど。ちなみに雄とは誰なんですか?」
「確か・・・二回留年してた四組の白鳥剛ね? 私は面識ないけど」
ナギサの問い掛けに応じつつ、リストを眺めてあっけらかんと答える私だった。
その直後、ルーの隣に座るコウが大慌てで立ち上がり、声を荒げた。
「お兄ちゃん!?」
間延び発音しかしないコウが素に戻った事で周囲は驚いた。
「コウがハッキリ喋った!?」×35
私は苦笑するナギサを見つつ、不可思議な縁に困惑した。
「またも身内が居たのね」
ナギサは元教師であったため、それが誰なのかは直ぐに理解を示していたが。
ちなみに残り二名の女子は五組の新山杏と九組の副島遼子という、こちらも私は面識が無いがナギサだけは元教師という事で面識があるようだ。伊達に進路指導の担当を受け持っていないという事だろう。




