第88話 布石解放に喜ぶ吸血姫。
それからしばらくして。
リリナは落ち着いたのかリンスから離れ、余韻に浸る先輩達を眺めた。そして、ひとときの間を置いて疑問気な顔でリンスに問い掛ける。
「それで、結局・・・この御夫人は殺され損なのでは?」
リンスは被害者からの思いも寄らない言葉を聞ききょとんと呆ける。
「う、う〜ん? 血液を抜かれたんですよね? 死に掛けたほどに」
そのうえで一度聞いた事を意識下で反芻し、疑問気なままリリナに問い返した。どちらも疑問気な顔をしているあたり、会話が噛み合ってないように思える。
「それはそれなのですが、話を聞けば、この方も被害者ですし」
リリナはリンスの問い返しに対し、御夫人を同情した。リンスとしては結果が全てなので、改めて問い返す。
「それで・・・味はどうでした?」
「え? あぁ・・・もの凄く甘かったです。〈フルー・フィッシュ〉なんて目じゃないほどに」
結果として極上の甘みを持っていたのだ。
それを聞いたリンスはそれが正解とでも言うように、私を呼ぶ一言を暗に告げる。
「でしたら、この方は処刑されても問題はないでしょう。おそらくですが、カノンさんなら更に詳しい記憶を得ているでしょうし」
いや、呼ぶ前に海上へと空間跳躍してたんだけどね? 海上で呆けるバカ共を一人ずつ目覚めさせるためにユーコ達を連れ立って。
私はリンスの一言を聞いた後に〈希薄〉を解き、リリナの背後から声を掛ける。
「そいつは死んでも問題無いわよ? 血液を抜く以前だと・・・ルーナ・ルーシスを飼い殺しして鱗を皮膚毎、強制的に剥いて出血多量で殺してるから。遺体はダンジョン内で魔物の餌としてるし。まぁ毒耐性のある魔物だけが生き延びたけど」
「え? ルーナ・・・姉様?」
リリナは私の声を聞きながら振り返り、私が言った名前を聞いて呆ける。
そう、ルーナ・ルーシスという姉が確かに居たのだ。リリナの地位は第二王女だった。
しかし、海底にある貴族領の視察の際にルーナは行方不明となったらしく以降はリリナが第一王女として公務を行っていたのである。
この情報はアインスから齎されたもので、その魂はダンジョンに囚われており助ける事が不可能という・・・否、ボスモンスターとしてダンジョンに利用されているため、一時閉鎖させない限り転生も叶わないらしい。
だから私は現在知りうる情報をしれっとリリナに明かす。
「ええ。失踪した元第一王女で現第一王女までも失踪して、今じゃ第三王女が第一王女となってしまったけど」
するとリリナはなぜか安堵した。
「あぁ・・・ローナが継いだのね」
おそらく・・・跡継ぎという重荷がのし掛かっていたのかもしれないが。
私はリリナの安堵を見つつ笑顔となり、楽しい仲間を紹介する事にした。その仲間は事前に私が呼び出し、頃合いを見計らっていたのである。
この時間停止結界は海中にも影響が及ぶためクラーケンも寄って来ないのだから。
「女系だからこそって事でしょう? ま、第一王女なら・・・生きてるけどね? ほら?」
「ふぇ? わ、私? え? 昔の私? へ?」
「どうも! 生き延びました!」
いや〜、ハルミとサーヤの時も面白かったけど、この反応は別の意味で楽しかった。
そう、後部甲板の真下から、もう一人のリリナが〈希薄〉を解いて顔を出したのだ。それは海に放流した直後、もう一人のリリナをバラスト水の中に強制転移させたからだ。
実は放流した直後に〈鑑定〉し〈どんな水でも保有魔力があれば生きられる〉との理由が載っていたため、ナギサの目を盗んで亜空間庫経由で移動させたのだ。
それと実を申せば、分離体の者達も私が指示を飛ばせば〈希薄〉スキルを行使出来るうえ、〈魔導書〉と〈魔力炉〉以外の各種スキルも私とシオン同様、所持している。大元は私の分離体だもの。
普段は無効化して使えないけど。
だから当然、ニナ達でも使わせようと思えば使えるの。私がニーナ達に言ってないだけで。
なお、心核位置はニーナ達と同じであり、本来の各レベル・魔力量は私と同一で現状は各レベルと魔力量自体に段階的な封印を施しているのだ。
そういう情報も普段は偽装で隠しており、のちのちの布石としていた私である。
私はリリナの反応を見てリリナとの違いを感じた。否、そういう風に個が確立されたようだ。
王女というよりそこいらの女の子として。
「軽っ! ま、まぁ名前はリリナがこちらに居るからリリカね?」
私は名前を呼びやすいよう、似てるかもしれないが名前を変えさせた。最初に考えた名前でも良かったけど人魚でそれだと某パチンコと同じ扱いになるから別の名前で指定した。
メタだけどね・・・。
「はい! 今度から、リリカと名乗ります!」
「よし、それならリリカ。中に空間跳躍して、転移で海中に戻りなさい!」
「はい! 行ってきます! あ、お姉ちゃんもあとで来てね? 私の部屋に」
そう言って、リリカは一瞬で空間跳躍した。私達が直前に話した内容を聞き、リリナはきょとんと質問する。
「へ? お姉ちゃん? 部屋? い、一体、どういう事ですか?」
「実はこの船ってね? 姿勢制御のために最底部に数百モルの純水を蓄えてるのよ。その純水も常時浄水してて、純水専用亜空間にも予備純水が入ってるのね? だからリリカが人魚として寝泊まりする部屋はバラストタンクの中なのよ。もちろん、リリナも今の姿で入る事が可能だからね? 姿形は人でも人魚族には変わりないから。それと、リリカは貴女の前の肉体から生まれた妹ね?」
ということで、私は捲し立てるように一気に説明した。リンスやユーコ達からは苦笑いの表情を頂いたが。
するとリリナは想定通りの驚きを魅せる。
「ふぇ? そうなんですか・・・・・・・・・・・・妹ーぉ!?」
だが、理解が及んでないのか、ひとときの間を置いて絶叫した。私はその絶叫を無視しつつ微笑みのまま続きを語る。
「で、妹の件は置いといて・・・その中でならリリカも気兼ねなく過ごす事が出来るの。ずっと白い鉄の檻に入っちゃうけど、中の様子は〈スマホ〉経由で覗けるから寝泊まりだけでもどうかと思ってね? クラーケンもこの船には触れないし、触ったら〈死ね〉っていう付与を与えるから。もちろんクラーケンだけね? 他の生物なら〈寄りつくな〉という付与を与えるから船底部に一瞬でも触れると無意識にどこかに行っちゃうの」
「き、気を付けます!」
「まぁ気楽にね? 一定距離を過ぎると意識が戻って転移魔法が使えるようになるから」
「ほっ」
リリナは私の補足説明を聞き、安堵した。
直後、銀髪碧瞳となったリリカが勢いをつけて浮上してきた。鱗も従来の碧から碧銀に変化していたが。
そして海中からジャンプし〈変化〉ののちに足を生やし、着地と同時に満面の笑みでリリナに歩み寄る。
「戻りました! お姉ちゃん、ご飯一緒に食べましょう?」
「「!?」」
もちろん全裸で。元々羞恥心のない種族だ。
今更という様子でトテトテと歩き、リリナの左腕に抱き着いた。リンスとリリナはその様子に、それぞれ別々の事を考えながら呆けた。
リリナは(私と同じ見た目?)と考える。
リンスは(〈変化〉した!? なんで?!)という状態で私を見る。
これにはユーコ達も同様に驚き目覚めさせたニーナ、レリィ、ルーと後部甲板上に居るハルミとサーヤも上部倉庫前に佇むニナ達・・・笑顔の元人族をみつめて固まった。
「!!?」×7
私は待ちに待った布石の大暴露としてリリカと同様自我がある分離体一同に指示を出し、この場へと呼び出した。
そして、全スキル解禁、各レベル・魔力量の部分開放、眷属進化を行った。
ニナとルイとレイは姉と同じ種族に〈変化〉させ、意識が向くのを待った。
この各レベル・魔力量の部分開放に関してはそれぞれの姉達より一律10低くしている。
各人の体型も姉同様の変化をみせ、ルイに至っては産卵が出来ない代わりにルーと同等に飛び回る事が可能となった。
ちなみに自我ナシのアンディと元勇者達は継続封印中であり、浮遊大陸に残るナディ達の元肉体は動かす・反応する以外の一切が剥奪済みである。それは指示して動く、または反応して動くと、考えて動く事の差であろう。
ニナ達に至ってはニーナ達の努力の結果、正しく自我が芽生えたのだから。それでも私という親の命令優先順位は姉達より上だけどね?
少ない魂と混ざったナツミ、サヤカ、リリカも同様である。そう、仮に自我が芽生えても離反は永久不可という状態にしているのだ。
私は驚き呆ける一同を見て、右腕だけのガッツポーズを行う。そして、空気を読んで問い掛けた・・・満面の笑みで!
「ドッキリ大成功!! というのは置いといて・・・どう? 妹達が同じ見た目になった件について、なにか反応はないの〜?」
「そ、それって、聞いてないよ〜!!?」×5
「言ってないもの〜」
その後はオチとして私のそばに驚く者達が駆け寄り、一斉に質問攻めにされた。
§
私の盛大な大暴露ののち、それぞれの面々は後部甲板にて妹達と語り合う。ルーとコウは有翼族に〈変化〉した、モジモジ姿のルイと。
「ついにルイちゃんと一緒に飛べる!!」
「うん。お姉ちゃんと一緒に飛べるよ? でも・・・流石に産卵は出来ないけどね?」
「それは仕方ないよ〜。元々が人族だし〜」
「でも種族的には吸血鬼族なんじゃ?」
「カノンさんが言うにはそうらしいよ? 今までは人族の域で留めていたらしいからね? 部分開放されたあと・・・〈変化〉する前は銀髪碧瞳に変わったもの」
「なら〜、リリカちゃんは〜?」
「吸魚族っていう新種だって」
「「カノンさんぱねぇ〜!?」」
ま、まぁ、リリカの種族に関してはそういう事らしい。アインスもこれにはビックリ・・・してないわね。想定通りの結果だったようだ。
ハルミとサーヤはナツミとサヤカを相手に、どうしたものか? という困惑顔で話し合う。
「ここまで似ると、ナツとサヤも同じにならないと・・・どう思う? ハルミ?」
「いやいやいや。自我ナシだとスキル解禁と部分開放は不可だって言ってたし」
「なら、自我が芽生えたら、可能って事よね」
「だと思うけど? でも、ニーナ達が言うには結構大変だったらしいよ? 最初は赤子同然で基本は子育てと同じだって。そのうえこの世界特有の生理もあるから周期を把握する必要があったらしいよ? 従来の私達は起きないから」
「た、確かに・・・この世界に来ておかしな周期になったわね? そんな生理のある赤子とか、ニーナ達を改めて尊敬するわ」
「うんうん。そうだよね〜? ナギサさんも同室のナギの処理を自身で行ってるそうだから」
「へ? ど、どうやって?」
「ゴニョゴニョ」
「ナギサさん尊敬しちゃう!!」
「元々自分のだし、平気らしいけどね? ナギサさん曰く、介護だって」
「なるほど。そういう認識なのか」
「「お姉ちゃん? それはいいから、ご飯行こ?」」
「「そ、そうね」」
ま、まぁ、こちらも途中からナギサの話に脱線したが、結果的にナツミとサヤカに引っ張られて後部甲板を離れた。肝心のナギサは船橋からシオンと共に苦笑していたが。そしてレリィとニーナはレイとニナを相手に涙を流して感激していた。
レイとニナは困惑したまま固まっているが。
「うぅ〜。これって子育てに成功したって事よね? ニーナ?」
「そうだね、レリィ。そのお陰で一緒に冒険が出来るもの・・・それに」
「うん。せーの!」
「「さらば! 大変だった周期管理!!」」
「「ね、姉様? 流石に恥ずかしいです!」」
流石に最後の叫びだけはレイとニナも羞恥に悶えた。その反応は三者三様であり、残りとして佇むリリナとリリカは呆然なリンスと共に私とユーコ達の片付けを見ていた。
「この遺体の片付けが終わらないと夕食にならないみたいですね? リンス様」
「え、えぇ。餌とするのは海賊だけで貴族衆は証拠隠滅しないと面倒ですからね・・・ってそれよりも、リリカ様の洋服を着せないと!」
「えー、戻った時に邪魔になるよ? このまま裸じゃだめ?」
「いえ、この船には男性方も居られるので」
すると、リリカが全裸のまま男子達に手を振り、一瞬で前屈みに変化させた。
「男の人? あ! ホントだ!! おーい!」
「「「「!!?」」」」
Gカップの両胸が両腕を振るうたびにブルンブルンと揺れたからだろう。我が船の男子達は・・・おっぱい聖人が多いようだから。
それを見たリンスは慌ててしまい、こちらの事や先ほどの事は忘却してしまったようだ。
最後は王女殿下という教育係が顔を出し、リリカを叱り続けるリンスであった。
「リリカ様! 丸見えのまま手を振らない!!」
「気にしてないのにぃ〜」
「それではいけません! 淑女として、せめて下着・・・いえ、水着は着て下さい!」
「水着?」
「水着ってなんですか? 私も普段は裸で泳いでますが?」
「リリナ様もですか・・・」
ちなみにこの〈変化〉大暴露事案以降のリリカはリンスの部屋でリリナと共に寝るようになった。二人が泳ぎたいとする時だけ水着に着替えて、バラスト区画上部に設置した専用転移陣を通じて、内部で泳いでいる。
これは外で泳ぐ事は危険という意識が働いたからだろう。




